第12話 ドロシーの意思

 ――――――――――――。

 誰かの声が聞こえてきた。声というよりかは会話……のようだ。

「――戦っていて分かったんだが、あいつは炎を操ることは出来ても、炎に耐性があるわけではない。こんな馬鹿でかい炎……防ぐ術はないだろうな」

 もしかしてシュウの声?

「じゃあ、あの炎の人は死んでるってこと?」

 アイの声……だろうか?

「だろうな。それよりも――」

 ……どうなったんだ? 俺は生きているのか? いったい――、

「いったい、どうなってんだ? これは……」

「分からないけど。これのおかげで、炎が私たちに届かず、私たちが死なずにすんでいるようね。そしてシュウの能力でも、私の能力でもないなら、残っているのはリンの能力だけ……」

 よかった。生きていたんだ。……たぶん、俺の能力で防いだんだ。喜びたいが体がピクリとも動かない。さらには、少しでも気を抜くとまた落ちそうになる。

 ……言っていたな、体に負荷が出ると。これがその反動か……。

 意識を失えば、二人を守れなくなってしまうかもしれない。だから、しばらく二人の会話を聞くことしか出来なさそうだ。

「ああ、分かっている。小僧の力なんだろうが、これは何の力なんだ? ……前に言っていたよな? 死に神の力は、生前で決まるって」

「ええ、そうよ。私たちの能力は、死ぬ間際に欲しいと思った能力が死に神として現れる。……それは確かよ」

「だったら『炎を防ぐ』なんて力はありえないよな。……まさか炎に追い込まれた末に、自殺した……なんてありえないな。仮にあったとしても、それは事故としてカウントされる筈だ。……だったらどんな死に方をすれば、こんな半ドーム上に炎が届かない空間を作ることが出来る力を授かるんだ? まったくもって、不思議だ……」

「変に手を出さない方がいいわよ」

「分かってる。ん……手を出さない方が良いって分かるってことは……。やっぱりこれ。お前の力じゃないのか?」

「違うわ。わたしの能力は、あなた達とは少し違った能力。だから、こんなマネどころか、何の超常現象も起こせないわ」

「……そうか、悪かったな。まあ、俺はお前が助かっていれば……それでいい」

「私のことを守ってくれるのは嬉しいけど、……あなたの気持ちには答えられないわよ」

「そんな必要はない。あいつがいなくなってしまった今、俺の存立基盤がうねりを上げ始めている。いつか俺は……暴走してしまうかもしれない。そんな時にお前がいれば……俺は、人でいられる。だから、俺にはお前が必要なんだ、アイ」

「……そう」

 そんな二人の会話を盗み聞きしているようで罪悪感を覚える。だけど収獲もあった。

 ――死に神の能力とは、生前に欲しいと思った能力が手に入る。……つまり、俺の記憶が完全に戻ったら、俺は――俺が欲しいと思った能力が分かるってこと。

 だけど、記憶は全然戻っていない。いったいどうすれば……。

 ……あっ、目が霞んできた……意識が……。……俺の意識がなくなっても、能力は続くのだろうか……。

「ん? 炎が弱まってきたな。……あのガキ、くたばったか?」

 そっか。もう大丈夫だよな……。

 俺の意識はそのままに暗闇に落ちていく。……たぶん、起きた時には、今の会話のほとんどを忘れているだろうな――。


 ――――――――。

「あっ、りんくん。お見舞いに来てくれたんだ」

「――――」

「うん、そうだよね。昔、約束したもんね。にっふふー」

「――――」

「にやけてないわよ。にひひ」

「――――」

「違うわよバカ。……そんなにしつこいと男は嫌われるのよ。ママが言ってたもん」

「――――――」

「ちちち違う違う。りんくんのことを嫌いになんかなったりしないよ。だって誓いあったんだもん。破ったりしないよ」

「――――――」

「うん、わたしもりんくんのこと信じてる。だって、病気になっているあたしのことを好きでいてくれて、ちゃんと約束を守ってくれているんだもん。ありがとう、りんくん」

「――――」

「……りんくんもにやけてるよ。……待っててね、すぐに元気になるから。そんでもって、りんくんが死にそうな大病にかかったら、あたしもお見舞いに行くからね」

「――――――」

「ふふ、冗談よ。……そうだ、今小学校でどんなことやってるの? ――」

 ――――――――。


 ――夢を見ていた気がする。夢の内容は覚えていた。僕……いや俺は、女の子のお見舞いに行っている夢だった。……たぶん、前にも見ていたと思う――こんな優しい夢。どうしてこんな夢を見たのか分からないが、とても心地よい夢だった。……あと、可愛い女の子だった。

 意識はすでに覚醒している。だから、今自分が冷たい石の上に横向けで寝ていて、申し訳程度に薄い布が被さっているのも分かっていた。目に写る景色からは、まだ夜は明けてないように思え、耳からは、シュウとアイの会話が聞こえてくる。

「いったいあいつの能力は何なんだ?」

「……まだ言ってるの?」

 どうやら二人も助かったようだ。……それにしても、あの後いったいどうなったんだ? 俺の能力(?)を使われたまで覚えているのだが、それ以降がどうしても思い出せない。

 今の自分を見て、

「だったら早く起きればいいだろ」って誰かが言うだろうな……。

 ――だけど、考えてみて欲しい。

 辛い現実を味わった人間が優しい夢を見たら、その夢を忘れて、簡単に現実に戻ることは出来るだろうか? ……答えは否。

 夢――それは現実からのひと時の逃亡。

 夢を見ている間は、辛い現実なんて意識は頭にはない。さらには、自分の潜在意識が求める物が夢には出てくる。

 それは甘く、とても甘美。……傷ついた人間に抗う術などない。

 ――だから、まだ寝ている振りをしようと思った。意識を内から外に向けると、二人の会話が聞こえてくる――。

「……もしかしたら、炎を防いでいたという考え方が間違っているのかもしれないな」

「というと?」

「あの空間は、炎どころか熱さえも感じさせなかった。だから、炎を単純に防いでいたのではなく、死に神の力、そのものを消す能力と」

「はぁ。……何回も言っているけど。生前に欲しいと思った能力を身に着けるのよ。……死ぬ直前に『死に神の能力を消す能力』が欲しいって思うわけないでしょ。……こんな世界、生前の人間が知る由もないんだから……」

「そっ……いや、分からねぇぞ。死にたいと完全に思っていない奴でも、死に神が殺せばそいつも死に神になる。もしかしたらこいつは、死に神に殺され――」

「ちょっと待って! 今なんて言った! 自殺しなくてもこの世界に来ることが出来るの?」

「な、何だ急に?」

「答えて!」

「……ああ。死にたいと思っていない奴でも、死に神が殺せば死に神になる。……言ってなかったか?」

「………………」

「何だ、そんな重要なことなのか……」

「……ねぇ、シュウ。正直に答えて……リンを――殺した?」

「いったい……ふう、えーっと……殺してきた奴の顔は全員覚えているが、こいつの顔には見覚えがない。俺は殺してねぇよ」

「……そう」

「一応補足しておくが、死に神が殺せるのは少しでも死にたいと思っている奴だけだぞ。さらに言えば、死にたいと思う気持ちが低ければ、同時に殺されて死ぬ可能性も低くなる。そんな死にたいのかどうか分からない奴を俺が殺すわけないだろ」

「でも、たくさん殺してきたでしょ?」

「俺が殺すのは自殺したいと思っている奴だけだ。そもそも俺たちが嗅ぎ分けられるのは、自殺しようとしている奴だけで、ただ死にたいと思っている奴は分からねぇよ。自殺しようとしている奴、そういう奴を殺してきたんだ、お前も納得していただろう?」

「そうね。……私自身そうだったしね……」

「お前、記憶が戻っているのか?」

「…………」

「それに、……どうしてそこまで執着するんだ? あいつに……」

「…………」

「……だんまりか。お前は少し、隠しごとが多すぎるな……」

 何だこの重苦しい空気。起きるに起きれない。

「……まあいい、ふう。……ん、もう夜明けか。……そろそろあいつを起こしてやらねぇと……」

 後ろから近づいてくるシュウの足音が不意に止まった。

「……人っておかしなものでな。嘘を吐くと時、変に口数が多くなることがあるんだ。何でだか分かるか?」

「……知らないわ」

「それはな。嘘を突き通すことに必死になってしまうからだ。嘘がばれないためには、平常心でいることが大切なのに……この場合もそうだ。寝ている振りをすることに集中するあまり、呼吸の音を必死に消そうとする。その所為で、本来一定間隔である無意識な寝息のリズムが狂ってしまうんだ。――いつから狸寝入りだ、小僧?」

 ばれてる! このまま嘘を突き通すか? ……いや、嘘に嘘を重ねたら、余計心象が悪くなってしまう――起きよう。

 俺はすぐに立ち上がる。ここは……。

 目に写る景色から分かるのは、どうやらここは屋上だということ。それを認識すると、すぐに後ろを振り返る。

 そこには、タバコをくわれたシュウと、あらぬ方を見ているアイがいた。

「悪い。意識が戻った時、なんか二人で話してたから、起きるに起きれなくて……」

 嘘は言ってないと思う。多く言葉を重ねないことで、盗み聞きしていた事実を合法になる。

「……まあいい。別に聞かれて困るような話はしていない。そうだよな……アイ?」

 俺のことなど興味がないように、アイに意識を向けるシュウ。

「……そうね」

 聞かれたことに対して普通に答えるアイだが、俺にはあまり喋りたくなそうに思えた。

「さっきの話の続きだが、完璧な嘘を吐きたければ喋らないのが一番だ。何故なら、喋れば喋るほど、嘘という粗が目立ち、綻びが出てしまう可能性があるからだ」

 ……何が言いたいんだ? したり顔のまま、シュウは喋り続ける。

「……だが、思わぬ落とし穴もある。極力喋らないことで嘘はばれなくても……何か隠しごとを持っているんじゃないかって疑われてしまう――」

「何が言いたいの!」

 アイから聞いた中で一番の怒声だった。……一瞬、時間が止まったような錯覚になるが、シュウが再び動き出す。したり顔ではなくなっていたが、自分自身を笑うような笑顔だった。

「別に何も。……いや、しいて言うなら嫉妬かな……」

 シュウがそう言うや、アイは勢いよく後ろを向くと、一度も振り返らずに屋上から出て行った。

「あらら、言い過ぎたかな……」

 シュウはそう言って反省してみせるが、すぐに『まあいいか』と頭を掻いた。

「さて――」

 その言葉を合図にこちらに振り向くシュウ。たぶん、ここからは俺に関する本題だ。シュウは俺に近づいてきた。

「小僧。ドロシー・ガーランドの死は受け入れたか?」

 俺をまっすぐに見つめて言った。思いやりなど感じない事実だけの確認。

「……受け入れないなんて選択肢は俺にはない。どれほど悔やんでも――」

「御託はいい」

 俺の言い分をぴしゃりと遮った後に、少し考える素振りを見せるシュウ。

「……いや、そうでもなかったか。お前には受けいれないなんて選択肢は存在しない。お前には、ドロシーと同じ思想を持って貰わないといけないからな」

「ドロシーと同じ思想? それって、自殺しようとしている人を止めることを言っているのか?」

 何を言ってるんだ――みたいな顔を見せるシュウ。

「……あいつに付き従っていたんだ。あいつの考えに納得していたんだろ?」

「半分な」

 ドロシーの考えには納得しているが、相反する考えを持つ目の前の男を、理解していたドロシーに納得できなかったので、そう答えた。

「半分? ……なんだそれ?」

 理由を訊いてきたので、正直に答える。

「ハッ――」

 シュウは鼻で笑った――かと思った次の時には、大声で笑い始めた。

 どれくらい笑っていただろう。その間ずっと不快だった。途中、腹を抱えたりしていたが、シュウの笑いは治まった。

「……なんだ、お前も嫉妬かよ」

 ドロシーと同じこと言いやがった。

「振り向いて欲しい相手が振り向いてくれないと、ヤキモキするよな……」

 自嘲気味にそう言ったシュウ。さっきのやり取りを言っているのだろうか……。

「話を戻すが、あいつが俺を認めていたように、俺もあいつを認めていた」

 はっ? ……シュウもドロシーを認めていた? 何の冗談だ。

「意外か? まあそうか。俺は死にたい奴を殺している。だがあいつは、死にたい奴を助けている。俺たちの考えは真逆、普通に考えれば、お互い相手が目の上のタンコブ状態だからな」

 俺の表情を読んだのか、正確に俺の思いを的確に言いのけた。

「……だがな小僧。コインに表があれば裏もある。光りがあれば闇がある。死に神がいれば天使がいる――のか知らんが。俺がいるからあいつがいる。あいつがいるから俺がいる。そんな関係が成り立っていたんだ」

 真剣に話し始めるシュウ。

「倫理の観点から見れば、お前たちが正しい、それはハッキリと言える。……だけどな。この世には、綺麗ごとだけじゃすまないことなどいくらでもある。――例えばだ、自分の命を守るためにはどうすれば良いと思う?」

 シュウは俺を試すように質問してくる。最初に頭に浮かんだ物を言わずに、俺は無難に間違っていないことを言う。……俺自身、これが正解だとは思っていない。

「護身術を学ぶ」

 俺の回答に『本心ではないから及第点』と言うと、シュウは嘲笑うかのような笑顔を見せる。

「……どうして拳銃とは答えなかったんだ? お前を守るためにドロシーが使っていた物で、まだ記憶に新しいのに……どうしてだ?」

 再度の質問だったが、答える余裕を作らせなかった。

「――命を守るために、命を殺す物で守るなんて矛盾していると思ったからだろ」

 ずばりをついてきたシュウ。俺がそう答えなかった理由を的確に。

「正しいだけでは駄目なんだ。自分の命を守りたかったら、人の命を脅かす、時には間違った物を持たなければならない。――死に神もそうさ。死にたい奴を助けるだけが正しいとは言えない。本当に死にたいと思っている奴を殺すために……俺がいるんだ」

 シュウは諭すかのように言ったことを聞いて、思わず反論が浮かぶ。

「それとこれとは違う。確かに……人を守るためには、人を殺傷する道具が必要なのかもしれない。だけど、死に神が死にたいと思っている人を殺すことが正しいとは思わない!」

 真っ向から反論したが、シュウは声を上げて笑っていた。その笑いからは、俺を馬鹿にするような笑みではなく、懐かしむような笑いに思えた。

「……ドロシーが何でお前を大事にしていたか分かったよ」

 ひとしきり笑うと、『すまなかったな』と話を中断したことに対して詫びた。

「あいつにも、『死にたい人間を殺すことが正しくない』って話をしたんだろ?」

 首を縦に振って肯定する。

「そん時あいつ言ってなかったか? お前は経験が少ないとか、若いとか……」

「……確かにそんなことを言っていた。俺にはまだ早いと……」

 俺の言い分に、少し考える素振りを見せるシュウ。

「……ドロシーがどうしてお前に言わなかったか、お前と話していて分かったよ。ドロシーはお前という真っ白の色に、少しの黒点もつけたくなかったんだろうな。大人からすれば、お前の考えは、子供の理想で眩しすぎるから」

 褒められてないな、ガキ扱いされてる……。

「俺が教えてやろうか? その正しくないことをしている俺を、何故ドロシーが認めていたか? ……まあ、それを聴いたら、お前の考えが根底から覆る可能性があるがな」

 含み笑いを持たせるシュウ。思わぬ言葉に戸惑うが、訊きたかったことが聴けると、思い切って『教えて欲しい』と切り出す。

 シュウは顎を一撫ですると、おもむろに話し始めた。

「その前に話しておきたいことがある。自殺しようとする人間には、大きく別けて二種類が存在する。一つは衝動からの自殺。もう一つが、追い込まれての自殺。前者は特に問題ないが、問題は後者だ。俺の経験から言えば…………」

 シュウの言葉が止まった。何か言い淀んでいるように見える。

「……例えば、そう例えばの話だが。……両手足を失った人が『死にたい』と言ったら、……お前ならどうする?」

 俺の目を真剣に見つめてくるが答えられなかった。さらにシュウは続ける。

「例えば……友や、親、親戚、そういった自分に親しかった人から騙されて、『もう何も信じられない』と言ったらどうする?」

「例えば、親を失った子供が、『パパとママがいる所に行きたい』と言ったらどうする?」

 そのどれにも俺は答えなかったが、なんて言えば良いかは分かっていた。

 ――死ぬな、と。

 ……だけど、それを言って、シュウの例えばの人は、自殺を止めてくれるだろか。答えは分かり切っている。止めてくれるとは思えない。何度も言えば分かってくれる……とも俺は思わない。たぶん、こう言われるんじゃないだろうか?

 ――お前に私の気持ちは分からない、と。

 だったら、自殺しようとしている人を止めるという考えを持っている俺は、どうすればいいんだ? 本当に死にたいと思っている人は、見殺しにしなければならないと、そんな曲げた考えを持たなければならないのか……。

 ……いや、そもそも俺の……ドロシーの考えは間違っていたのか? 生きることは正しくないのか? 死ぬしかないこともあるのか?

 ――自殺は正しい?

「おい!」

 気付いたら目の前にシュウがいて、俺の肩を掴み揺らしていた。……いったいなんだ? 俺と目が合うとシュウは肩から手を離した。支えがなくなってせいか思わず、尻餅をついてしまった。

 立ち上がりシュウと目が合う。心配しているような表情ではなかった。

「……ったく、世話が焼けるな、言ったろ? 自分の考えが根底から来るがえる可能性があると。……ちゃんと気をしっかり持ってろ」

 そう言うと、一息つけるためかタバコの煙を勢いよく吐いた。

「まあこれで、俺が自殺したい奴を殺している理由が分かったろ。追い込まれた人間にガンバレなんて薄情なことは言えない。だから、俺は望みを叶えて殺してやってるんだ」

「それじゃあ、死にたいと思っている人を殺しているお前が……正しいって言うのか?」

 俺は信じたくなかったが、搾り出すように訊いた。だが思っていたのとは違った反応を見せるシュウ。

「いや、そうとは言えない。これは、追い込まれて本気で死にたいと考えている後者の話。本気で死にたくないと思っている奴からすれば、俺の考えは猟奇的な人殺しに見えるだろう。だから、前者の場合は、お前たちの自殺を止める方が正しいだろうな」

「……つまり何が言いたいんだ?」

 自分自身が正しいと言ったり、ドロシーの考えが正しいと言ったりなんなんだ?

「俺もあいつも、自分自身が正しいと信じながらも、相手の真逆の行為を容認なければならなかったんだ。――ドロシーが俺を認めていた理由が分かったか?」

 目の奥の心を見るような透き通った瞳を見せるシュウ。

 ドロシーは言っていた――死に神の世界は地獄だと。自殺を止めていたのは、自分みたいにこの世界に来て欲しくなかったからと。……だけど、時には生きている世界で地獄を味わっている人もいる。その人からすれば、生前の世界より、死に神の世界の方がマシと考える人もいた。

 ――だから、ドロシーはシュウを認めていたんだ。自殺を止めるだけが救いではないと分かっていたから……。

「……まあ、俺はあいつだったから認めていただけ……だけどな……」

 思わずこぼれたであろうシュウの言葉が気になってしまい、どういう意味か訊ねた。

 すると、答えるがどうか迷いを見せるシュウ。だがそれも一瞬だけだった。

「……もし、あいつ以外が同じことを言っても、あいつ以上に関心を示さなかったろうし、他の奴が『自殺はいけない』なんて、偽善らしいことを俺の前でほざいていたら……俺は本気で殺していたかもしれんな……」

 目を逸らしながら言い切ったシュウ。本気でってことは、やっぱりドロシーには手加減していたんだな。

 それほど、ドロシーのことを認めていたんだ。……だけど――、

「――どうして、ドロシーだったらなんだ?」

「考え方のベクトルは反対方向だったが、『人を救いたい』という思いは一緒だったからだ」

 そういえばドロシーも言っていたな――思いは一緒だと。ドロシーは気付いていたんだ。シュウは人を救いたいと思って殺している。

 ――言わば、自分と同類だと。

 理由を聞くと、シュウが殺すことに納得できる気持ちもあるが、それでも俺は、自殺させるよりかは――人には生きて欲しいと思った。

「で、だ。お前にここまで話した理由は最初に言った通り、お前にはドロシーの意思を受け継いで貰わないといけない。……意思が何かなんてもう訊くなよ?」

「つまり、今まで通りお前を否定しろってことだろ?」

 俺の皮肉をニヒルに吹き飛ばす微笑を見せるシュウ。

「理解が速くて助かる。……そのぶんなら大丈夫だな……」

 そう言い終わると、シュウは屋上の出入り口に向かって歩いていく。その後姿に、まだ心残りがあったので呼び止める。

「待て! 言いたいこと言って去るな。……まだ、半分しか話してないだろ」

 俺の制止に歩みを止め、振り返るシュウ。表情からは『何だ?』と読み取れるが、シュウは故意に話していないことが、まだあると確信していた。

「お前がドロシーを認めている理由は話したが、ドロシーのような人間を必要としている理由は話していないだろ」

 ――フレアの攻撃を防いで気絶していた時。俺の記憶にはおぼろげながらも、シュウの言っていたことが耳にこびり付いていた。確かあの時――、

『そんな必要はない。あいつがいなくなってしまった今、俺の存立基盤が揺らぎ始めている。いつか俺は……暴走してしまうかもしれない』

 ――と、言っていた……と思う。

 その言葉からは認めているだけはないように聴こえた。だから、必要とする理由ある筈だ。

 俺の追及に溜息一つ、頭を掻きながらタバコの煙を勢いよく吐いた。

「……理解が速過ぎるのも考えもんだな……」

 そう言って一旦話を止め、そっぽ向き何か考える素振りを見せるが、話してくれるのを感じ取った。だけど、中々に長い沈黙が続く。それほどまでに言いたくないのだろうか。

「……あいつにも言っていなかったことだが。俺は自分がやっていることが最良の策だとは考えていない。だけど、殺して感謝されることなんて間々ある。だから、俺を悪だと認める存在に、常にお前のやっていることは間違っていると……言って欲しいからだ」

 最後までこちらを見ずに早口で捲くし立てると、シュウは屋上の出口に走り出した――が、出入り口の左を通り過ぎ、そのまま柵を飛び越え、声をかける暇もなく屋上から飛び降りた。

 その行為にも驚いたが、シュウが最後に言った言葉にもっと驚いていた。シュウの言葉からは、本当は人を殺したくないと言っているように、俺には聴こえたからだ。


 シュウが屋上を去ってから、とりあえず廃病院に戻ろうと屋上の出入り口を出た。ここはどこだろうかと辺りを見回しながら階段を下りていると、慣れ親しんだ光景にすぐに気付いた――ここがすでに廃病院であることに。

 シュウは廃病院に連れて来ていたようだ。そうならすぐに、ドロシーの部屋に戻った。

 部屋の光景は出て行った時とほとんど同じだったが、この部屋の主が居なくなっただけで、一生完成しないジグソーパズルを渡されたような気分になった。

 これ以上考えても仕方がないと思い、自分のベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。すると、俺の意識は無意識に闇に消えていった――。

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