第11話 ドロシーの最後

 ほんの一瞬の一幕だったが、ドロシーが安心している意味がようやく分かった。

 ――鋼鉄のシュウ。この名は伊達ではないことに……。

 吹き飛ばされたフレアがよろよろと立ち上がる。口が切れたのか、左手の甲で口元を拭っていた。

「くそ、今度は左かよ。……しかもさっきより痛ぇ……」

 フレアが立ち上がると、シュウは相手に向かって走る。その途中で、シュウの両手が光りを放ったと思ったら、その両手には刀を握りしめていた。その剣を構えることなく、地面に引きずらせながら近づいていく。

「……ちっ。何の能力か分からねぇが、剣なら俺に分がある。――フレアソード!」

 フレアも対抗しようと、両手に炎の剣を出した。二人の距離が狭まり、フレアは剣を構えるが、シュウは依然として構えず引きずっている。

「――――――」「死ねええええ!」

 無言で剣を下から引き上げるシュウ。それを迎え撃つフレア。この二人の剣が交わった。

 ――瞬間、シュウの刀が折れ曲がった。……いや、少し違う。折れたんじゃない、溶けたんだ。刀身は溶けて折れ曲がり、最後には、乾いた金属を立てて地面に刀身が落下した。

 シュウは短くなった刀を捨てると、一歩逃げる。

「ハッハー。俺の剣は防御不可能だ。全部溶かす。そうやって逃げるしか――」

 シュウは一歩引いた場所からすぐに踏み込んできた。俺とフレアの見解は間違っていたようで、シュウは逃げたのではなく、一歩引いて体勢を整えただけだった。

 ……だけど、飛び込んだ先には炎の剣がある。あのまま飛び込めば、ドロシーのように串刺しなのにも関わらず、シュウは炎の剣など気にも止めずに飛び込んだ。

 すると、当たり前だが、そのままシュウの体は二筋の炎の剣が貫いた。

「ハッ! 自分から串刺しになりやがった」

 ――だが、鋼鉄のシュウは、串刺しになりながらも突き進む勢いは消えない。

「……なんで? 死なない……」

 間合い近づくと、シュウは右拳を振るった。

 ――また吹き飛ぶフレア。さっきの焼きまわしを見ているようだ。フレアが吹っ飛んだことにより、炎の剣が消えると、そこには何もなかったように何の痕もなかった。

 フレアが吹っ飛んだ末に止った場所を確認すると、シュウは握り締めた両手を胸で交差させる。その両手は光りを放ち、こぶしを開きながら両手を横に広げる。

 ――すると、シュウの両横には、両手で数えられるぐらいの剣が出現した。

 その剣を無造作に両手に掴むと、シュウはフレアに向かって投げた。投げ方はとても雑で、当たればいいという気持ちが滲んでいた。投げては掴み、投げては掴みを繰り返した。

 フレアに向かって飛んでいく剣は、的確にフレアを襲った、それをフレアは、避けたり、炎の盾によって防いだりしているが、いつまでももつとは思えない。

 ……何故なら、当に十本以上投げているが、シュウの横にある剣は無くならない。……正確にいえば無くなってはいるが、シュウの両手が光ると次々と出てくる。

 剣を作り出すのが、シュウの能力なのだろうか……。

 尚も乱雑に投げられた剣が、フレアを襲っている。接近戦で負け、遠距離でも苦戦を強いれば、後は時間の問題だけだ。

 俺の目に写る光景は、シュウはフレアを完全に圧倒していた。

「……どう? シュウは勝ってる?」

 しばらくシュウの戦いに目を奪われていた俺は、ドロシーの言葉に反応が遅れてしまった。抱えたままのドロシーを窺うと、戦っているシュウを見ていた。

「どうって、見ての通りですよ。圧倒しています」

 だけど、ドロシーの反応は悪く。『ふーん、そうなんだ』と人事のように返した。どうしたんだろうと思っていると、不意にドロシーのか細い声が届いた。

「……もう、眼がちゃんと見えなくてね……あいつの勇姿が見えないなんて……残念ね……」

 え? それを聞いて、しっかりとドロシーを見る。俺はドロシーの目に合わせるが、ドロシーの目は俺を見ておらず、生命という物感じない虚ろな瞳だった。

 そんな、まさか――、

「……死んだり……しないよな」

 嘘であって欲しい気持ち一杯で搾り出した。ドロシーの反応は笑顔――だったが、悲しい気持ちを精一杯押し殺した、そんな笑顔だった。

「……ごめん……なさい。あたしはもう……死ぬわ……」

 何を言って……。

「今こうして生きているだろ! それなのに……死ぬなんてありえない!」

 思わず声を荒げてしまった。認めたくない、そんな気持ちの表れだろう。

「……自分の体のことは……自分が一番知ってるわ。なかを……焼かれたんだから……助からないわ……」

 そんな。……いや、まだ手はある筈――、

「能力! ドロシーの能力を使えば、助かるんじゃ……」

 ドロシーの能力は万能だと思い口に出したが、だったら、すぐにドロシーが使っていると思い、尻すぼみな言い方になってしまった。

「……無理よ……命の延命なんて……出来ないわ……」

 無理して喋っているのが分かる口調だった。

 ……本当に助からないのか。

 そんな気持ちに苛まされていると、ドロシーの左手がゆっくりと俺に向かって伸びてくる。俺はその手を掴むと、その手からは熱が伝わってこず、とても冷たかった。

「……リン。短い付き合いだったけど……楽しかったわ。……あなたを拾ったことは……間違いじゃなかった……」

 何を言ってるんだ? そんな訳がない。

「ドロシーが俺を拾わなかったら、あなたはこんな目にあわずにすんだんじゃないのか?」

 首をほんの少しだが、確実に振るドロシー。

「ううん。あたしはずっと前から死にたいと思っていたから。……あなたに会わなかったら……あたしはもっと前に……死んでいたかもしれない……」

 聞き間違いかと思った。だって自殺する人を止めていたドロシーが、死ぬつもりでいたなんて言う筈がないと思い込んでいたから。

「ふふ……現実の世界で死んでここにいるのに、……また死にたいと思うなんて、おかしいでしょ? ……でも、あたしはそう考えてたの。人に必要とされないあたしなんて……」

「……人に必要とされない……」

 思わず反射する。

「うん。あたしは生前……誰からも必要とされなくて、どうして生きているんだろうって思うようになったの……。それから何度か自殺未遂を繰り返して……、幸か不幸か……死ねたわ。そしたら……こんな世界にあたしはいた。……ここには『死』というもの以外何もない。……来てすぐに分かった……ここは、地獄なんだって……」

 ドロシーは思い返すようにそう言った。

「だから……せめて、あたしのようにはなって欲しくなくて、……自殺しようとしている人を止めることに決めたの……」

 ドロシーは一息呼吸を入れる。もう喋るのも辛そうにしている。

「だけど、それはあたしのエゴだったのかもしれない。……あたしは正しいことをしているという名目で……自殺を止めていたのは、生前のあたしが求めていた、人に必要とされていると……思いたかっただけなのかもしれないって……」

 ドロシーの告白からは、自分は間違ったことをしていたと、言っているように聞こえた。だから俺は、それを全力で否定する。

「ドロシーは間違っちゃいない。例え、そこに私欲があったとしても、正しいことをしていたんだ。自殺は止めなきゃいけない。死なせたら、駄目なんだ!」

 俺はさらに続ける。

「俺にはドロシーが必要なんだ。だから死なないでくれ!」

「……あたしを、必要としてくれるの?」

 ぎこちなく笑いながら、涙を浮かべるドロシー。

「ああ、必要なんだ。だから……」

 俺も自然と頬に涙がつたう。

「あなたのために生きたい。死にたくない……」

 ドロシーは最後の願いのように呟いた。

 ――すると、その言葉を待っていたかのように、ドロシーの体が淡い光りに包まれた。

「……そっか。あたし、タブーを踏んじゃったんだ……生きたいと本気で願って……消滅なんて……」

 タブー。確か、それを踏むと消滅するって……。

「……あたしのタブーは、『人に必要とされて、自分自身が生きたいと思うこと』なのよ。死を待つ前に消滅……しそうね……」

 俺が必要として、ドロシーが本気で生きたいと思ったから。

「……ごめんなさい、リン……」

 ドロシーは寝顔のような表情を見せると、光りが段々薄まっていき、腕に抱えたドロシーの存在も希薄になってきた。この存在を消してはいけないと思い。

「ドロシーーー」

 涙ながらに叫ぶが、ドロシーはゆっくりと光りの粒子となって消えていった。

「…………ぁぁ」

 ドロシーを抱えた腕には何も残らず、ただ呆然とした俺と、シュウとフレアの戦いの音だけが響いていた――。

 ドロシーはいなくなった。その事実だけが俺を押しつぶしてくる。知らず知らずの内に流れる涙。俺はそれを拭うことなく、ただ静かに泣いた。

 大切な人が死ぬというのは、こういう気持ちなのだろう。

 ……どれほど涙を流しても、

 ……どれほど現実を否定しても、

 ……たとえ、受け入れたとしても、

 ――ドロシーはもう帰ってこない。

 そんな現実からは、誰も逃げることは出来ないんだ。

 冷静を装いながら、人の死について考えていると、いつまでも流れ続けると思っていた涙は止まっていた。頬に感じる涙の跡を残して……。

 まだ涙の残る目には、シュウとフレアの戦いがまだ写っていた。だけど、今の俺にはどうでもよかった。

「大切な人だったの?」

「……ああ」

「辛い?」

「……ああ……」

「……好きだった?」

「――」

 俺はいったい誰と喋っているんだ? 声の聞こえた後ろを振り返る。

「……アイ」

 そこには、黒いコートで身を包み、スッポリ被ったフード姿の死に神がいた。これといった特徴がなかったが、二回目なのですぐに分かった。

 だけど、いつの間にここにいたのだろうか? ……まあ、気付かなかっただけだろうが。

 アイは俺の傍によると、俺と同じ目線になるように座り込んだ。

「大丈夫?」

 彼女を見ると、目はフードに隠れ見えないが、たぶん俺の目を見てそう言っていると思う。

「……大丈夫じゃない……」

 彼女から視線を外して俺は抜け殻のように言ったと思う。手を見つめるが、さっきまであった人の重みはすでに感じない。

「……あなたの気持ち……あたし、分かるよ……」

 慰めのつもりで言ったのだろうが、俺は不快に感じた。

「何が分かるってんだ! ……俺のことをずっと助けてくれた恩人が……死んだんだぞ……」

 語気を荒げたが、現実を口に出したことで、語尾が段々と弱まってしまった。……もう俺のことなんか、放っていて欲しかった……。

「……わかるよ、リン――」

 俺の左肩に手を置くアイ。そんなもの気にならなかったが、呆然としている俺に、気になる言葉が届いた。

「あたしも同じ、だったから……」

 どういう意味だろうかと思った俺は、彼女に向き直ると、アイは肩においていた左手を背中に滑らせ、右手を背中に回してきた。手を相手の背に伸ばせばお互いの体は密着する。それは抱きしめるような体勢で、俺はいつの間にかアイの胸の中にいた。

「え?」と口を動かしたが、声は出なかった。

「辛いよね。好きだった人が急にいなくなるのは……。わたしじゃ、これくらいのことしか出来ない……」

 背中に回された腕が段々と締め付けてくる。とても暖かく、思いやりを感じる抱擁。それを跳ね除けようとは思わなかった。この温もりを少しでも長く感じていたいから。

「……ふう。元気、出た?」

 だけどその温もりも、彼女が離れたことによって終わった。アイは俺の返事を待たずに離れる。時間にして十秒もなかっただろうけど、とても長く抱きしめられていたように思えた。

 アイは離れると俺に背を向け、シュウとフレアの戦いの音が聞こえる方を向いた。

「……早く、終わらせればいいのに……」

 アイのおかげか、少し気分が紛れた俺は、彼女の横につく。

「なんだ、あれ……」

 そこから見える彼らの戦いは、凄絶たるものだったんだということを思い知った。

 二人の周りには、シュウが投げまくった剣と、フレアが撒き散らした炎が散乱してあった。戦場を見れば、お互いの戦いは拮抗しているよう見えなくもないが、戦況は依然としてシュウの圧勝のようだ。それは二人を観察しても分かる。

 ――膝を着き、服がボロボロのフレア。

 ――涼しい顔で、相手を見下している無傷のシュウ。

 実力差は確実だ。……だけど、それだったら、どうして止めを刺さないのだろう?

「くそったれええええ!」

 素人でも分かるやけくそながらの炎の剣で切りかかるフレア。

「ふん……」

 だが、そんなものシュウに通じる訳もなく、最低限に横に避けると、足をかけて転ばせた。

 フレアは無様に転んだが、すぐに悪態を吐きながらも立ち上がる。だけどまっすぐには立てず、上下にフラフラしていた。

「殴っても死なねぇ……焼いても死なねぇ……刺しても死なねぇ……。いったいお前は、何なんだ?」

 荒い呼吸をしているフレア。ドロシーの仇は、今にも死にそうにしていた。その姿に同情したのか、ドロシーの仇を討とうという気持ちが芽生えなかった。

「自分で言っていたではないか……鋼鉄と。それが答えになるんじゃないか?」

 俺が知るなかで、戦いが始まって初めてシュウは億劫そうに喋った。フレアが歯軋りでもしそうな表情を見せる。

「……なんでだ。あの魔女には勝てたのに……どうして……」

 自問に対して自答はない。もちろん、シュウからも――、

「……ドロシーの後ろに、あの小僧がいたからだ」

 ない。と勝手に思っていたが、答えを言った。

「あいつは人を守るなんて戦い得意としていない。それなのに必死に守ろうとして、あんな結果になってしまっただけだ。あいつ一人なら、お前如きにゃあ負けやしねぇよ。そして俺も、お前如きに負けるつもりはない。ここでゆっくり殺してやる……」

 そう言って口から紫煙を吐いた。

 シュウの言葉に触発されたのか、フレアの両手が眩しく光り輝く。

「――もういい。ここで俺が死んでしまうぐらいなら、俺という者の存在を嫌でも覚えさせてやるよ!」

 何をするつもりか分からないが、暴挙という言葉が頭に浮かんだ。追い詰められた人間がすることなんて限られてる。

 輝きを放った両手から炎が飛び出すと、その炎は俺たちを襲わず、フレアを囲い始めた。

「くそっ!」

 俺たちの前でシュウは厳しい顔を見せる。フレアの手の輝きを見ると、シュウはすぐにこちらに向かって走ってきていたからだ。

「早めに倒していた方が良かったか。あいつが憎くていたぶっていたらこのざまか……。俺もあいつを笑えねぇな……」

 シュウはフレアが何をするつもりか理解しているのか。俺たちに背を向け両手を広げた。

「奴は全方位に炎を撒き散らしてくる筈だ! お前ら俺の後ろにいろ! 俺の背中から絶対に出るなよ! ……いけるか?」

 シュウがそう言うと、アイは俺をシュウの背中に引きずり込み、自身も背中に隠れた――その瞬間。

 ――フレアを包み込んだ炎が一気に爆発した。

 シュウの背中から見える景色は、だんだんとオレンジ色に染まっていた。オレンジの炎はこちらにも届いてくるだろう。とても助かるとは思えないが、さっきまでの戦いを見る限り、この男なら……。

「無理だ」

 突然、頭に声が響いた。無理って聴こえたような……。

「あいつには守れない。規模がでかすぎる」

 何を突然、だったら、どうすれば……あっ! 俺の能力で!

「いや、『空間転移』では無理だ。お前は何もしなくていい。お前の能力はすでにレベルが上がっている。使い方を知らずとも、こちらから勝手に発動させてもらう」

 俺の能力? 何を……。

 ――『時空間転移』能力――発動。

 頭に響くのではなく、脳裏にそんな意味不明な単語が浮かんだ。すると俺の両手が眩しく光りを放ち始める。

 なんだ? いったい何が起こってるんだ?

「いきなり使った反動で、お前の体に多大なる負荷が伴うが、勘弁しろよ……俺」

 その声が頭に響いた時には、俺の意識は、炎が迫っていることを認識するので精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る