第9話 瀕死
「ドロシーーーー」
俺はすぐに、炎に貫かれたドロシーの傍に駆け寄ろうとする。
「来ちゃ駄目!」
――が、その本人が俺を制して踏み止まる。ドロシーを貫いた炎はすぐに消えたが、彼女の表情は苦悶を浮かべている。風穴が開いたであろう場所を左手でお腹を押さえるドロシー。
「……はあ、どうやって……ぐっ……生きてたのかしら……」
ドロシーは弱りながらも後ろを振り返えると、視線の先の黒煙から、服がボロボロになりながらも――フレアが現れた。
見た感じでは、それほどダメージを負ってはいないように見える。
「……ふう。自爆すると見せかけてのスタングレネードには驚かせてもらった。……だが、偶然にも腕を顔に持ってきていたおかげで、目がそれほどやられずに済んだ――」
立ち止まり、まるで生きていたことを自慢するように話すフレア。
「――閃光の中、微かに見えた爆弾、そして俺の傍を離れるお前。この二つを結びつければ、俺は爆弾に誘い込まれたんだと結論に至るのは、そう難しい話じゃない」
「……分かっていても……防げるもんじゃない筈よ……」
弱りながらも反論するドロシー。それを鼻で笑うフレア。
「火災旋風というものを知っているか?」
……確か、竜巻が炎を纏ったようなもので、自然災害の一種。
「……知ってるわ……はあ……竜巻とは原理が違う旋風。言うなれば……渦巻く火柱……でしょ。……だけどそれが何? ……火柱ごときじゃ、あたしの爆弾は防げない筈よ……」
ドロシーは息も絶え絶えで、さらには必死に立っているように見える。
その反対にフレアはまだまだ余裕がありそうだ。
「爆弾に囲まれた瞬間に、俺自身の周りを火災旋風で覆ったんだ。賭けだったんだが……、俺はこの通り生きてる。――炎が爆風を制したんだ。ハッハー」
生きていたことが、よほどうれしいようで、笑い続けている。
「滑稽ね……」
ドロシーの発言に、フレアの笑い声がピタッと収まり、鳴りを潜めていた敵意を向けた。
「何か……言ったか?」
フレアの返しに、何度か咳き込みながらも前を向いたドロシー。二人の視線が交差する。
「……滑稽って言ったのよぼーや。あたしの攻撃を防いでみせたことには賞賛に値するけど……ぐふっ……生きていたことを喜ぶなんて滑稽だわ……」
「言っている意味が分からないな……。俺は死なずに生きている、生きていることを喜んで何が悪いんだ?」
考える素振りも見せず否定すると、自分の正しさを主張したフレア。
「……それが滑稽なのよ。『生きていることを喜ぶ?』……何を言っているのかしら。……あたし達は自殺をしたのよ……」
盲点を突かれたような表情を見せるフレア。
「……あたし達は生きる喜びがないから……自殺をしたのに、死んだこの世界で生きている喜びを感じるなんて……おかしいでしょ? ……がはっ……生きている喜びを感じていいのは、自殺なんて愚かな選択肢を選ばなかった人間だけよ。……分かったかしら、ぼーや……」
「……ふん、そうかよ」
フレアは無理矢理話を打ち切ると、右手から炎の剣を出した。
「……もうそんな減らず口も、聞けなくしてやるよ。魔女」
ゆっくりと、それでも確実に近づいていくフレア。殺されると分かっている筈なのに、逃げずにまだお腹を押さえているドロシー。……逃げないじゃない、逃げれないんだ。
……どうする!
「リン!」
俺を見ずに名前を呼んだドロシー。彼女に注目すると、さっきまで気付かなかったが、ドロシーの下には血溜まりが出来ていた。
「――一人で、逃げなさい!」
――えっ?
「今のあたしじゃ……あなたを守れない……だから、一人で逃げて!」
悲痛な叫びだった。……俺に、本気で逃げろと言っているんだ……。
「ハッ。逃げなくてもあいつを相手にするつもりはねぇよ。俺の目的は、『黒煙の魔女』と呼ばれるあんたを殺すことだからな!」
フレアは走り出し、ドロシーとの間合いが段々と詰まっていく。
「……ぐっ。お生憎さま、あたしは……あんたの手で死ぬつもりはないわ!」
そう言ったドロシーの右手が光りに包まれる。何かを作り出すつもりなんだ。光りが徐々に収束されて、ドロシーの右手には爆弾――いや、閃光弾か。
それを目にしたフレアは立ち止まった。……さっきの教訓が身に染みているのだろう。
「また目眩ましか?」
「……残念だけど……これは本物の爆弾よ。あたしはねぇ……あんたと違って……いつ死んでもいいと……思っているのよ。……あたしに近づけば……『ドカン』よ」
ドロシーは必死に体勢を整えて気丈に振舞い、右手に持った物を遊びながら答えた。
「……ハッタリだ」
確証はないのだろう。フレアの言葉に自信が感じられない。爆弾か、閃光弾か、知っているのはドロシーだけ。
――さすがだ。どれほど劣勢でも主導権を握っている。これではフレアも迂闊に近づけない。
だけど、事態が好転したわけではない。こう着状態に陥っただけだ。些細なことで、この均衡は崩れてしまう。
「――――」
一瞬、ドロシーと目が合う。口元が笑っていたのを見て――俺は確信した。
「うん? ……あっ、そうか。お前はそいつを守っていたんだったな。だったら、そいつに危害が出てしまう爆弾はありえない。だったらそれは――閃光弾だ!」
俺とドロシーとのやり取りを見て曲解したのか、再びドロシーに近づくフレア。
――違う。あの目は語っていた、俺に逃げろと。あれは――爆弾だ。ドロシーは自爆するつもりなんだ! だから俺に逃げろって……。
だけど俺は、そんなもの聞くつもりはない! ドロシーに向かって走る。
――が、すでに二人の均衡が崩れている。
「閃光弾なら怖くはねぇ!」「死になさい!」
二人の距離が詰まる前に、ドロシーは右手の爆弾をフレアとの間に投げた。
……くそ、このままじゃ間に合わない!
走りながら、届かないと分かっていても、左手を思いっきり伸ばす。
『あの場所に俺がいれば、爆弾を遠くに投げられるのに』
そんな淡い妄想が頭をよぎった――その時、伸ばした左手が発光した。
「なん――」
――だいったい。何が起きたか分からず、気付いた今、目の前には――フレアがいた。
「なっ!」
俺に驚くフレア。だけど俺も驚いている。……どうなっているんだ?
「リン! あなた何やってるの! 爆弾が! ……あれ?」
後ろからのドロシーの声。……そうか、二人の間に立っているのか。どうやったか知らないが、俺はドロシーを守れる位置に届いたんだ。
爆弾を遠くへ投げたいが見当たらないので、まずは目の前の脅威を相手にすることにした。
「何を」
今だ動揺しているフレアとは違い、俺は現状を把握していた。向かってくるフレアに、破れかぶれの気持ちで、左こぶしをフレアの右頬に叩き込む。
「ぐはっ!」
俺が急に現れた事実と、向かってきてのカウンターが功を奏したのか、フレアは仰向けに倒れ込んだ。それを確認すると、すぐに爆弾を捜す。
――――――ッ。
――が、無常にも、爆発が鳴り響いた。
体を持っていかれそうになるほどの爆風と、照りつけるような熱風が俺たちを襲った。さっきまでの爆弾に比べると、段違いの破壊力で死は間逃れないだろう。
だがそれは――まともに受けていれば――の話だ。
「……どうなってるの?」
そう言うと、ドロシーは頭上を見上げた。俺も追随する。
俺たちの頭上で爆発があった。……状況を察すると、さっきまでここに合った爆弾が爆発したと考えるのが妥当だが。
……さっきまでここにあった爆弾が、どうやって上に移動したんだ? ……俺の能力だろうか? さっきの瞬間移動といい、いったい何の能力なんだ?
そんな疑問を抱えていると、ドロシーが不満げに見つめてくる。
「バカ……何で戻ってきたのよ。がはっ……逃げなさいって……言ったでしょ?」
血反吐を吐きながら叱責してくるが、そんなもの耳に入らないぐらい、ドロシーの容態は明らかに悪い。激しい呼吸と、立っているのがやっとの状態で、さらには、さっきから左手で抑えている腹部の血が止まっておらず、流れた血がドロシーの足元に血溜まりを作っていた。
「……ドロシーを助けたかったんだ……」
ドロシーの状態を見て、思わず語気が弱まってしまう。……生きているんだよな?
「……ふう、バカね。ぐっ……自分の体のことは、自分が一番知ってるわ。あたしはもう――」
「くそがああ!」
ドロシーの言葉を遮った怒声に振り返ると、フレアが起き上がっていた。……あの一発で倒されるほど甘くはないか。
「そんなに死にたいなら、二人まとめて殺してやるよ!」
フレアは両手に炎の剣を出したのを見て、思わず身構えるが手立てがない。
……くそ、どうする? ドロシーはもう戦えない。だったら俺が……俺の能力で――、
「なっ!」
突如、俺の左手が輝きを放つ。また守ってくれるのかと期待を込めていると、誰かの声が頭に響いた。だがそれは、思っていた救いの言葉ではなかった。
――何もするな。
何を言っているんだ……。このままじゃ――。
――何もするな。
再度、頭に響く誰とも知れない命令。……俺にはそれが、お前には何も出来ないからと、諦めた声に聞こえた。
俺の意識が沈んでいくのを感じる――諦め――だろう。だがそれを嫌とは思わない。むしろ認めることで、気分が晴れやかになった。
フレアが迫ってくるが俺には守れない。ましてや自分の命でさえも……。
――だから俺は、守ることを諦めた。……守れないんなら、この命を犠牲に――、
「死ねええええええええ!」
何度刺されようが、焼かれようが。がむしゃらに立ち向かって見せる。
――――――。
――突如、俺の特攻を止めるかのように頭上から何かが無数に降ってきた。それは、俺とフレアの間を横断するように突き刺さり、思わぬ異変に俺とフレアは立ち止まってしまう。
これは……。
何が降ってきたかはすぐに分かった。目の前に突き刺さっている物は、剣、刀、刃、槍。一つとして同じ物がない。そんな気がするほどの、たくさんの刃物が地面に突き刺さっていた。
何が起きたか分からず答えを求めていると、後ろから弱弱しい声が俺に届いた。
「……よかった。これで……」
振り向いた矢先に倒れるドロシーを何とか受け止める。思わずお姫さま抱っこのように抱えるが、手から伝わる彼女の体温は冷たく、生きているのが不思議に感じられるほどだった。
「大丈夫か」と名前を呼ぼうとすると、後ろにストンという微かな音が聞こえた。ドロシーを抱えたまま振り向くとそこには――、
真っ黒のコートで身を包み込み、三つ編みに編み込んだ一本のお下げ髪を後ろに結え、紫煙の煙を漂わせ、赤い刀を左の腰携えた。男の背中があった。
背中越しでも誰かはすぐに分かった。俺の記憶の中で当てはまるのは一人だけだ。
――鋼鉄のシュウ。
「……シュウ……来てくれたのね……」
ドロシーの安堵の言葉には「助かった」という言葉が見え隠れしていた。
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