第8話 強襲
「どうすっかな……」
唯一の目的がなくなり、元来た道を辿りながらぼやく。俺の行動範囲なんて、そもそも病院しかない。廃がついているかどうかの差だけだ……。
「……あっ、だからか……」
ふとあることに気付き立ち止まる。ドロシーは『探しに行く』と言っていたが、家の中で探し物するのとは訳が違う。このだだっ広い場所で、自由に動く人を捜すのなんて至難の技だ。それなのに、簡単に捜しに行くなんて言ったのは、俺の行動範囲が狭いのを見越してのことだったんだろう。
――て、ことはだ。廃病院に戻っている俺に、廃病院から病院に進んでいるであろうドロシーが、目の前の暗闇から現れる可能性は濃厚。
『捜しちゃったわよ~♪ 無事でよかったわ。帰りましょ』とか、言って。
「……はあ、もういいや。かえろ……」
俺は諦め、再び廃病院に歩き始める。これ以上ドロシーに心配かけてはいけないだろうと思ってのことだ。……だったら、最初から一人で飛び出すなって話だけど……。
反省しつつ歩いていると、中間位置に当たる大きな十字路に差し掛かった。深夜だからか、車は一切通っておらず、信号も黄色で点滅し続けている。
気にせず俺は、左の横断歩道を進んで行く。
「――やっと、見つけた」
横断歩道の真ん中辺りで、突然の声に思わず立ち止まってしまう。しかし、その声は思っていたドロシーの声ではなかった。だけど聞いたことのある声だ。
外れて欲しいと願いながら、恐る恐ると声が聞こえた右を見ると、予想通りの男が立っていた。
その男の出で立ちは、暗闇でありながらも映える黒いコート。そして、見たことのある赤い髪。この二つだけで、あいつが誰かを判断するには充分だった。
――フレアだ。
この世界で最初に出会い、そして、俺の命を狙ってきた男。
「ハッハー」
薄ら笑いを浮かべ近づいてくるフレア。何をしに来たか分からないがこれだけは言える。友好を結びに来たわけではなさそうだ。
「いや~、探したぜお前たちを。あの時のお礼をしなきゃならねぇと、ずっと考えていたからなあ」
むき出しの敵意が向けられるが、俺は努めて冷静に考える。
――ハッキリ言って俺に勝ち目はない。こいつに会った時点で、俺は逃げるしかないが、こんな遮蔽物ない大きな十字路では、相手の炎に背中を焼かれて終わりだ。俺が助かる方法は一つ。ドロシーに助けてもらうしかなかった。
「……で、あの魔女はどこだい?」
フレアは自分の周りを確認している。ドロシーを捜しているようだ。
「ここにはいない。ドロシーに何のようなんだ?」
俺の質問を鼻で笑うと、『何言ってんだ?』と笑いかけてきた。
「言ったろ? お礼をしに来たのと。以前の俺とは違う。俺の能力はレベルが上がったんだ。これなら――」
フレアはそう言いながら、右手を前に出して手の平を上に向けると、右手が眩く発光する。
「あの魔女にだって、負けやしない!」
すると、天高くそびえる火柱を作り出した。炎は前回より強大で熱が俺に伝わってくる。
「……くそッ」
もはや炎どころではない――マグマ。あの炎に掠っただけでも大ダメージを受けるだろう。
「あの魔女がいないってんならお前をエサに呼び出してやるよ。お前がやられたら、あの魔女のことだ。すぐに飛び出してくるだろ?」
そう言うと、火柱が段々と小さくなって――違う、右手に留めているだけだ。先ほどまで火柱になっていた炎は、ボールのように丸く成形され、右手の平に収まった。
……嫌な予感しかしない。フレアは右手を少し引き――、
「死ね」
薄ら笑いを浮かべ、俺に向けて右手を突き出した。すると、右手から強大な火炎放射。何もしなければ待っているのは死。今の俺が出来ることは……、
逃げる――背中を焼かれて死。
避ける――避けられる規模ではない。
――だから、俺が出来る最善の策は能力で対抗することのみ。
左手を迫り来る炎に向ける。
何の能力か今だに分かっていないが、最初にこいつと会った時、あの炎を防いだのは俺だとドロシーは言っていた――その言葉、信じるぞドロシー。
炎に向けた左手が、光り輝き能力の発動を教えると同時に、炎が俺を襲う――。
左手の眩しさと炎の恐怖で目を瞑っていた。今自分かどういう状況か分かっていないが、これだけは言える――俺は生きている。
どうなっているのかとゆっくり目を開けると――、
俺の周囲は炎で包まれてはいたが、炎は俺には届いておらず、その炎でかたどったように、半球体のような空間が俺を中心に出来上がっていた。俺は自分の両手を見つめる。
「……これが俺の能力……」
最初に使った時は、炎が別れたのかと思ったが違うようだ。炎が別れたのではなく、炎が俺の周りに届いてなかったんだ。
俺の能力は、『炎を防ぐ能力』と考えた方がよさそうだ。
俺を殺したと思ったのか、だんだんと炎が収まっていく。すると相手の顔が窺えた。その表情は、一言で言えば驚愕。
「……どうして生きてやがる。あれほどの炎をどうやって……」
生きていただけでも驚きなのに、俺はいたって無傷。狐に抓まれたでは済まない驚きであったのだろう。
俺の能力はあまりに限定的だが、こいつに対してはかなり有効だ。
「……そうか。それがお前の能力か……」
フレアは、能力を能力によって防いだという結論は受けいれたようだ。先ほどまであった薄ら笑いはなくなった。何か考える素振りを見せる。
「……何の能力かは分からないが、俺の炎を防いだのは事実。どんな能力か見極めてやる……本当は、あの魔女に対して使うつもりだったが……こんなのはどうだ?」
右手を前に突き出す。ここまでは炎を出す時と同じモーションだが、手の平を上に向けず、こぶしを握っていた。そのまま右手が発光する。
「――フレアソード」
技名だろう名を言うと、その右手には赤く輝きメラメラと燃える棒のような物を握っていた。能力と技名から察するに、炎の剣――と見てよさそうだ。
……あの炎の剣も俺の能力で防げるのだろうか? さっきは上手くいったが、また上手くいくとは限らない。
そんな俺の心配をよそにフレアは剣を構え、踏み込む体勢整える。
「……ただの剣じゃないぞ。切れない――炎の剣だ」
……聞き間違いか? だが、聞き直す暇はなく、こちらに踏み込んできた。
俺は、防御しようと能力を発動させる。さっきはこれで炎を防いだんだ。これで――、
手は発光して、能力の発動を教えるが、相手の炎の剣は消えていない。
それなのに着実にフレアは近づいてくる。同時に死も。
――あと三歩で間合いに入ってしまうが、まだ炎の剣は消えない。
――あと二歩、まだ消えない。
――もう待てない! 俺は炎の剣を回避するために、勢いづいて近づくフレアの剣をかわそうと、右に飛び込み前転の形で避ける。俺は無傷でフレアの背後に回った。
後ろに逃げれば追撃されてしまうので、不意をついた回避だったが、上手くいったようだ。
「ちッ、この前もそうだが、逃げるのだけは上手いな」
すぐにこちらに振り返り毒ついてきた。確かに避けることは出来たが、事態は好転していない。今だに俺の命は狙われている。
さらに悪いことに……、
「だけど、この炎の剣は防げないようだな」
そう。俺の能力で炎の剣を消そうとしたが消えなかった。単純に炎を消す能力と考えない方がよさそうだ。そんな俺の危機を知ってか、フレアは次の攻撃の準備に入る。
「いつまで避けられるか、見物だな」
フレアは足に力を込めて、飛び掛ってこようとする――刹那。
――突如、大きな銃声が響いた。同時に、フレアは途中で盛大にこけて地面に倒れた。
銃声のした方を見ると、暗闇に紛れてうっすらと魔女服が浮かび上がった。走りにくそうな服なのに、こちらに走って駆け寄ってくるドロシー。
「……はぁはぁ。大丈夫……リン?」
息切れしながらも、俺を叱責するではなく、身の安全を確かめてくるところドロシーらしいと思いもしたが、何度も助けられている俺にとっては、怒られた方が心情的にはマシだった。
とりあえずドロシーに簡単に大丈夫だと伝える。
「そうよかったわ。火柱が上がっていたから、急いで駆けつけたけど……、ビンゴだったようね。それにしても、あなたよく狙われるわね~」
火柱……そうか。あれですぐにここの位置が分かったのか。
「ああ~痛てえ。足に掠った……」
地面に倒れたフレアは、よろよろと立ち上がった。撃たれたようだが軽傷のようだ。立ち上がると、すかさずドロシーが俺とフレアの間に入った。
「ぼーや、一度目は許したけど、二度目はないわよ。二度もリンを狙うなんて許さない」
冷たく言うドロシー。その言葉は嘘ではないのだろう。相手に向けてはいないが、すでに両手には拳銃を握っていた。だが、ドロシーの脅しにも屈せず、フレアは鼻で笑った。
「そいつを本気で殺すつもりはなかったよ。殺しちまったら、お前が出てこない可能性があったからな。俺の用はそいつではなく、お前だ」
そう言って、ドロシーを指さすフレア。
「……あら、ごめんなさい。自分勝手な男って嫌いなの。悪いけど他当たってくれるかしら?」
ドロシーらしく袖にするが、そう上手くはいかないだろう。
「ふん、口の減らねぇ女だ。お前に対する用件は二つある。一つはこの前のお礼」
そんなことを言っていたな。
「んでもって、もう一つは、『黒煙の魔女』と呼ばれるお前を、ぶっ倒したくてなあ!」
言い終らない内に、フレアは右手を突き出した。すると、すぐに火炎放射が俺たちを襲う。ドロシーは俺を左に突き飛ばすと、すぐに逆の右に走った。たぶん、俺に危害が出さない為であろう。道で倒れた俺の横を炎が通り過ぎる。
「……前より強くなってそうね。さっさと終わらせてあげる!」
体勢を整えると、ドロシーは二丁拳銃を構え数発発砲する。
――しかし、フレアの動きの方が速く、左手の平を前に出す。
「フレアシールド!」
手の平から縦に広範囲の炎が展開された。その炎が銃弾を受けるが貫通を許さず、銃弾を防いでみせた。……前回のようにはいかないようだ。
「……炎の盾ってとこかしら?」
銃弾を防いだ盾を賞賛するようにドロシーは言った。フレアの盾が消える。
「……ただの炎の盾じゃない。超高温の炎の盾だ。銃弾だろうが何だろうが一瞬で溶かす。そして――」
フレアの右手が光り、先ほど俺を襲った炎の剣が出現した。
「フレアソード。お前を倒すために編み出した攻撃手段だ。とくと味わえ!」
フレアは炎の剣をろくに構えずドロシーに突進する。
「――――――」
向かってくる相手にドロシーは、冷静に二つの拳銃を構えて発砲する。
「無駄だ!」
またも炎の盾を自分の前に広げ防いでみせるフレア。ドロシーは玉が切れるまで撃ったが、フレアを止めるには至らなかった。
「ドロシー!」
思わず叫んでしまう。
「――」
――一瞬、ドロシーがこちらにウインク。『心配しないで』と俺にはそう思えた。
そんなやり取りの間にも、ドロシーの目の前には――、
「お前の弱点は近距離だ。近づけば拳銃なんて怖くはない!」
そう言って、ろくに構えていなかった炎の剣が、弧を描いて切りかかるフレア。ドロシーは身じろぎ一つ見せず、ただ右手が発光する。
すると、右手に銀色の大きな布を持ち自分を守るように翻した。その布によって、ドロシーの姿が隠れてしまう。……あれは確か、俺を守ろうとした時の耐火カーテン。
「これもだ。切るではなく、溶かす」
急に現れたカーテンを気にすることなく、炎の剣を真横にカーテンを両断した。俺からは、カーテンは切ったという表現よりも焼き焦がしたように見えた。
――自由落下するカーテン。大丈夫かと思い見るが、そこにドロシーは影も形もなかった。どこにいるのかと辺りを見るが見当たらない。どこにいったんだ?
「……やばいわね。あれはあたしの能力で防げるレベルではないわ」
後ろから馴染みの声が聞こえ、振り返ると、そこには目当てのドロシーがいた。
「本気……ださないと不味そうね」
ドロシーは俺の横を通り相手に向かって進んでいく。フレアもこちらに気付いたらしく、右手が光り、火炎放射がこちらに向かって放つ。ドロシーは俺を助けようと戻ろうとするが、それを制止して、俺は前に出る。
これならば防げるはずだ――左手を前に出し能力を発動させる――。
「……ふぅ」
どうやら上手くいき、俺を中心とした周りには炎は届いていない。成功してよかったと、思わず安堵の溜息がこぼれた。
「へぇ~、すごいわね。やっぱり炎を消す能力なのかしら?」
炎の届いていない半球態の空間をあちこち見ながら言うドロシー。
「だったらあの炎の剣も消せないかしら?」
ドロシーから提案が出るが、俺は首を振る。
「さっきも消そうとしたけど消えなかった。単純に炎を消すとは考えない方がいいと思う」
ドロシーは、俺の解釈に短く『そう』と言うと、両手の拳銃を消した。
……どうして唯一の武器を。そんな疑問も問いかける暇もなく、炎が段々と穏やかになる。さっきの攻防が、また始まるのだろう。
炎が収まり視界がクリアになると、お互いに相手の安否が確認できた。
「ちッ。そいつの能力で防いだか。……だが、やはり遠距離主体のお前にとって、近づかれるのは苦手のようだな。防ぐ物もあんな物じゃ――防げねぇよ」
フレアは右手に炎の剣を出す。……今のところ、あれの防御は不可能だ。どうするつもりかとドロシーを見ると、悲しげな表情を浮かべていた。
「……ねぇ。どうして、あたしやリンの命を狙うの?」
優しげな口調。その口調からは思いなおして欲しいという気持ちが伝わってきた。その気持ちが伝わったのか、フレアは立り止まる。
「……俺の存在を……認めさせるためだ。俺は……俺がここにいたという証拠を残したい。お前ら最強と謳われる死に神を倒せば、他の死に神が俺を記憶する。だから! 俺は――くっ!」
途中でフレアは頭を押さえた。ドロシーは相手を見る――いや、観察している。
「……記憶が完全に戻っていないようね。今の頭痛で、また何か思い出したんじゃない? 今、自分がやっていることが、正しくないと分かったんじゃないの?」
「うるせぇ! 分かった口利いて、俺が止めると思うな! 炎の剣を防ぐ手段がないからって、俺を説得しようとしても無駄だ!」
右手の炎の剣を大きく横に振って否定したフレア。
「……そう、分かった。……確かに、ぼーやの炎の剣を府すぐ手段はないわ。だけど、あなたを殺す手段ならある……」
ドロシーの右手が光りを放つ。
「――精々生き残りなさい。手加減出来ないわ……」
右手の光りが収まり、ドロシーは右手に『何か』を握っていた――それを、ポイッと下投げで放り投げる。その『何か』は、フレアの足元に転がった。
「……何だ?」
フレアは、自分の足元に転がった物を確かめようと屈もうとするが、直前で後ろに飛びのいた。ほとんど反射神経の領域だろう。『何だ?』と思った瞬間、それが爆発した――。
さっきまで『何か』あった場所は、爆発後黒い煙を上げていた。俺の想像通りであれば、あれはまさしく――爆弾!
黒い煙の中からフレアが現れ、こちらに向かって歩いてくる。右手の炎の剣は消えていた。
「ゲホッ、ゲホ。……爆弾か、これがお前の本気なんだな」
煙がこない場所まで歩き立ち止まった。ドロシーとは中間距離の位置だ。
「……ええそうよ。あと、正確には爆弾ではなく、手榴弾だけどね……」
あくまで落ち着いて返すドロシーだが、本当は使いたくない気持ちを感じた。
「……残念だけど、あたしが爆弾で戦ったのはぼーやで二人目。一人目を殺すために考えた戦い方だから、下手したら死ぬわ。だから――」
ドロシーの両手が発光する。その両手には爆弾――いや、手榴弾が。
「これが最後通告よ。やめるなら、今よ……」
ドロシーの悲痛な思い。
「……だから何だ? 遠距離から中距離に変わっただけだ。近距離に持ち込めばこっちの勝ちだ」
そう言って炎の剣を右手に出すと、こちらに走ってくるフレア。
「そうね。近づければ、ね……」
ドロシーは爆弾をフレアとの直線上に投げる。フレアがそのまま進めば、地雷のように爆発する。だからフレアは、こちらから見て左にジャンプする。爆発が起こったが、直撃を避けたのだから、爆風を少し浴びた程度だろう。
――だが、分かっていたかのように、次の爆弾をそこに的確に投げていたドロシー。
「くそっ」
ジャンプしてからではすぐには走れない。……だからだろう、フレアは少しでも爆風を避けようと、腕をクロスさせて頭を守りながら後ろに飛んだ。その瞬間爆発が起り、直撃を避けてはいたが、爆風で倒れこんでしまう。
そこへまた、ドロシーは作り出した爆弾を的確に投げ込む。
「ああ、くそったれ!」
すぐに起き上がり、またも後ろにジャンプして爆弾から離れる。と、爆発した。
「……はあ、はあ、はあ……」
フレアは致命的なダメージは受けてはなさそうだが、爆風と、何度も死ぬかもしれない状況に陥ったことによって、精神的に疲弊しているようだ。
……それにしても、ドロシーの攻撃には無駄がないな。爆弾を投げるのは相手の少し前に投げている。それによって、相手は後ろに飛ぶ以外の選択肢はない。つまりは、ドロシーの得意である遠距離になってしまう。
さすが海千山千のドロシー。シュウとの殺しあったってのも嘘だと感じさせない動きだ。
「……はあ、はあ、くそっ!」
――それからはワンサイドゲームだった。フレアが近づこうとすれば、手前ぐらいに爆弾を投げる。それを回避するために後ろ、もしくは左右のどちらかに逃げるが、それを冷静に対応して爆弾を置いて退かせる。何度もこれを繰り返した。
「……はあ、はあ、はあ。……くっ……」
フレアは見て分かるほどに疲弊、そして生傷があった。さすがに直撃ではないとはいえ、あれ程の爆風を浴びたんだ。多少なりとも傷つくだろう。
「……そろそろね。さて、どちらに転ぶかしら?」
何がだろう? ドロシーの呟きに思考を奪われていると、フレアの動きが怪しくなる。
「くそったれがあああああああ!」
突如叫んだかと思ったら、こちらに向かって走ってきた。爆弾が投げられると分かっての行動ならば、これは特攻だ。自分の身など顧みず、ただ純粋に目的を達せれば良いという行為。
「そう。それがあなたの答えなのね……」
ドロシーは相手の特攻を止めようと爆弾を投げるが、何故か上手くいかず、ギリギリのところで避けるフレア。こちらにどんどん近づいている。
「……残念ね。考え直してくれれば、と思ったのだけど……」
爆弾を作り投げるが相手を止める直撃には至らない。だけど、爆風は確実にフレアにダメージを与えていく。フレアがボロボロになりながらもドロシーに近づく。
「近づいたぞ、魔女!」
そうこうしている内に相手の距離になる。フレアは右手に炎の剣を作り出す。
――あの距離は不味い!
「この距離では爆弾は使えまい。俺の――勝ちだ!」
――そうだ。爆弾を作ることによって形勢を逆転にしたのに、あの距離では、爆弾を作ればドロシーもダメージを受けてしまう。
「爆弾が使えない? 固定観念ね」
そう言うと、ドロシーは右手に――。
「「何!」」
俺とフレアの驚きは同調した。それもその筈、『使えない』、『使わない』と思った距離で、ドロシーは爆弾を作り出したんだから。
フレアは切りかかることを止め、足に急ブレーキをかけて踏み止まろうとするが、そう簡単に勢いは殺せない。その時に集中力が消えたのか、手に持った炎の剣が消える。
「カミカゼは、攻め側だけの手段ではないわ。……わざと飛び込ませて、自爆するやり方もあるのよ……」
そう言うとドロシーは、二人の間に爆弾を投げた。
フレアが踏み止まれた時には、爆弾はいつ爆発してもおかしくはない状況。両者共に、逃げることは不可能だ。
「くそったれ!」
せめてもの防御か腕を交差させて頭を守るフレア。
一方、トンガリ帽子の前のつばを持ち、手前に引っ張り顔を覆うドロシー。
そんなもんじゃ防げない! ……本当に自爆するつもりか。
その真意も分からないまま、爆弾が――、
「――――――」
「――――――」
爆発――ではなかった。だが、それに近い大きな高音と、燃えるような激しい光が辺りを包み込んだ。強い光りを浴びて目は真っ白に染まり、耳には嫌な耳鳴りが響いている。
……この二つの現象を起こす爆弾を、俺は知っているかもしれない。……目にしたのは初めてだが、たぶんあれは……、
――閃光弾。強い光りと音で、相手を無力化する非殺傷兵器。
それをドロシーは使ったんだ。……だが、あの距離ではドロシーも目と耳をやられた筈。大丈夫か確認したいが、視覚も聴覚も利かない。
――――ん?
不意に誰かが体に飛び込んできた。突然の勢いに踏み止まれず、押し倒されてしまう。誰に押し倒されたかはすぐに分かった、ドロシーだ。
何のために押し倒したのか聞きたいが、聞ける耳がない。訳も分からず、どうするのかとドロシーに委ねていると、まともに聞けない耳に、微かに聞こえた爆発音が、連続して鳴り響いた――。
「――丈夫――」
微かに何かが聞こえ上半身を起き上げる。だけどまだ何を言っているか分からない。目の前にはドロシーがいるのだろうが、目に写る景色は翳みがかった白景色。
「――大丈――」
だけど霞がかった景色も次第に晴れて、俺を心配そうに見てくるドロシーの顔が、おぼろげながらも確認できるようになった。
「大丈夫、リン!」
耳も正常を取り戻したようで、はっきりと聴こえるようになった。念のために確認する。
「……閃光弾、ですか?」
早く回復しないかと目を瞬かせながら、ドロシーに訊いた。
「ええ、そうよ。ほら手を貸して」
向けられた手を、距離感に惑わされながらも何とか掴む。すると、『よいしょ』の一言で俺を引き上げたドロシー。起き上がるとドロシーは申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「……ごめんね。閃光弾を使うことを言えれば良かったんだけど。あの状況じゃ、変に言えば警戒されるし、閃光弾を出した瞬間に、『目を瞑って』なんて言ったら、相手も瞑っちゃう可能性があったから言えなかったのよ」
充分な理由だったので俺は気にしなかったが、ドロシーの中で罪悪感があるのか、最後にまた『ごめんね』と一言付け加えた。
「あいつはどうなったんですか?」
正常に戻った目には、ドロシーと黒い煙しか写っていない。俺の質問を聴くと、ドロシーは後ろを振り返り、モクモクと上がる煙を見つめる。
「あいつをわざと近づかせて自爆するように見せかけ、閃光弾で目晦ましした後に、相手の周りにたくさんの爆弾を投げて、あなたと一緒に非難したから、相手の最後は分からないけど。……たぶん、木っ端微塵でしょうね。仮に生きていたとしても、瀕死の状態よ……」
あの時のあれは、爆弾から逃げるために俺を押し倒したのか。そして爆弾から逃げれなかったフレアは死んだ。最後までよく分からない奴だったな……。
あいつを殺してしまったのは悲しいが、殺さなければ俺やドロシーが死んでいた。それに、ドロシーは何度も手心を加えていたんだ、それに答えなかったフレアの自業自得だ。
「ちょっと確認してくるから、ここにいなさい」
俺の返事を待たずに、黒い煙の上がる爆心地へ進んでいくドロシー。その姿を見ていると、あることに気付いた。
――黒い煙を上げて戦う魔女。だから『黒煙の魔女』なんだ。名前の由来が分かったな。そんな勇姿を眺めていると、またあることに気付いた。
よくよくドロシーの服を見れば、閃光弾を使う前とは違い、多少だが破けていたり、分かりにくいが煤けていた。ドロシーは背中で俺を守ったのだろう。
身を挺して俺を守ってくれたのかと思うと、嬉しい気持ちもあるが、同時に申し訳ない気持ちもあった。
だから、もし彼女の命が狙われるような状況になったら(そんな状況、想像もつかないが)今度は、俺が守ってあげようと胸に誓った。
ドロシーは黒い煙をある程度見ると、こちらに振り返り戻ってきた。
――刹那、
黒煙の中から一筋の炎が飛び出した。その炎は無防備な背中を晒しているドロシーの体を貫いた。貫かれた反動で、トレードマークであるトンガリ帽子が夜空に舞い上がり、俺の誓いは無残にも――散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます