第7話 アイ
「ああ~、びっくりしたわ。まさか、シュウとまた会うことになるなんてね~♪」
ドロシーの部屋に戻ると、開口一番にそう言ったドロシー。さらには嬉しそうにしている。そんなドロシーの態度に、俺の疑心はどんどんと募っていく。
――あれから、ここまで帰ってくる途中『もう勝手にどこかいっちゃ駄目よ』とドロシーに言われる以外は何事もなく、ドロシーの住処に戻ってくることが出来た。
ドロシーは、トンガリ帽子と魔女服のローブを自分のベッドに投げると、『あっ!』と一言。何かを思い出したようだ。
俺に振り向くと、左手を腰に、右手の人差し指を立てる。その格好は、小さい子供を説教する姿そのもの。
「リン、もう勝手にどこかに行っちゃ駄目よ。あなたはまだ、自分の能力が分かってなくて、自分の身を守る術がないんだから、気をつけないと……」
散々に心配してくれるドロシー。既に二回命を助けられている俺は、ドロシーには全幅の信頼を置いている。
――だからこそ、俺たちとは全く考えが違うあの男と、嬉しそうに話をするドロシーに納得することが出来なかった。
「……ん? どうしたの?」
そんな思いが態度に出ていたのか、ベッドに座り首を傾げるドロシー。
もう自分の中に溜め込められないと思い、俺は意を決して隣のベッドに座り訊いた。
「どうしてあの男と仲良くしていられるんですか? あの男は、ドロシーの思いを真っ向から否定しているのに。……知っているんですよね? シュウのやっていること……」
首を交互に傾げるドロシー。質問の意味を理解しようと何度も咀嚼しているように見えた。しばらく何度か首を動かすと突然止まり、にんまりと笑う。なんだ? そのまま、ニコニコしながらこちらを見てくる。
「ふ~ん、なるほどね~。つまりはあれね、やきもちね」
……は? 曲解したドロシーは、頬に両手を当てて悶え始める。
「僕にだけ優しいお姉ちゃんが、突然現れた昔の知り合いに取られちゃったから、僕はとても悲しいです――」
有り難いことに、途中から耳に入ってこなくなった、ドロシーの妄言。
「――気持ちは痛いほど分かるわ。あたしのフェロモンに当てられた男が、どうなってしまったことか……。でもね、あたしは自分自身が一番大切なの。だから――」
まだ続いている。今度は自分の体を抱きしめ悶えていた。
……いい加減、俺との温度差に気付いて欲しい――、
「冗談よ」
と思ったら、急に真面目になるドロシー。急転直下の落差を感じさせるほどの変貌だった。
「……確かにそう思うわよね。あたしの場合、自殺しようとしている人を見かけたら止めていいるけど。あいつは違う、自殺しようとしている人を見かけたら、止めるなんてせずに殺してしまう。あたしとあいつがやっていることは全くの逆。だから、最初はあいつを認めていなかったし、あいつもあたしを認めていなかったわ。――だって、お互いがお互い、自分こそが正しいと信じていただもの」
まるで自嘲するかのように語ったドロシー。俺は反論する。
「ドロシーは間違ってない! 自殺を止めずに殺すなんて、そんなの人でなしだ!」
俺の反論に『そうなのよ』と呟く。
「人としてなら自殺を否定してもおかしくない。……だけど、あたし達は人ではない――死に神なのよ。あたしは死に神について知らないけど、死に神が自殺を止めるなんて滑稽だとは思わない?」
思わない――そう言えばいいだけなのに、その一言が出ない。俺たち死に神は、死ぬかもしれない人間を感じることが出来る。それは、殺すためじゃないだろうか?
「別に思わない、って言ってくれて良いのよ。どっちが正しいとかないんだから……」
ドロシーの言葉に、自分の考えを否定してしまいそうになるのを何とか踏み留めた。
「だからあたし達は、お互いこそが正しいと信じて何度もぶつかったわ……言っとくけど、言論じゃないわよ、殺し合いでよ」
昔は不仲であったことを、話してくれているが、
「そんなおおごとにまで発展していたんですか?」
そういえば二人、そんなことを言っていたな。あれはマジのやり合いだったんだ……。
「ええ。だけど、何度もやり合っている内に、あいつが何を考えているか分かってきたのよ。あいつの『思い』っていうものをかしら……」
感慨深げにそう言ったドロシーを目の前にして、俺はシュウの言っていたことを思い出した。
『俺はあいつを認めることは出来ないし、あいつも俺に納得していない。それでも、理解はしているつもりだ。あいつの『思い』をな……』
同じなんだ。二人とも相手を認めてなくても、相手の『思い』は理解し合っている。
「シュウの『思い』を知ってからは……。まあ、今でもあいつのやり方を認めることは出来ないけど……。あいつ自身は信じているし、認めてもいるわ」
楽しそうに言うドロシー。
「どう? シュウとの仲が悪くない理由。これで納得できたかしら?」
納得は出来た――と言いたいが、
「ドロシーの『思い』と、シュウの『思い』って何?」
気のせいかもしれないが、『思い』って言葉で逃げられた気がしたので、一応。
「……それは――」
目を合わせよとしないドロシー。
「……今のあなたに言っても、たぶん、納得できないと思うわ……」
ドロシーらしからぬ言葉を濁していた。
「――でも、あたしとあいつの『思い』は一緒よ。だからこそ信頼できる」
自信を持ってそう言うが、俺には分からなかった。
――自殺を止めるドロシー。
――自殺を止めず、むしろ殺すシュウ。
この二人の『思い』が一緒?
「んー。理解できないって顔ね。やっぱりあなたには……早そうね」
子供を相手にするような大人の対応と笑顔。
その対応は、俺のことを思ってのことだと理解できたが、それでも納得できず、教えてもらえない事実が、俺だけ疎外されているんじゃないかと思ってしまった。
「……ちょっと、外に出てます」
なんか頭を冷やしたくなって、すぐに部屋の出口に向かう。
「あっ、じゃあ、あたしも……」
そう言って支度を始めるドロシー。……自分のことを思ってくれているのは嬉しいけど……今は――。
「いえ、一人になりたいんで、ついて来ないで下さい」
返事を待たずに、速足で部屋を出て行く。後ろの方から『あんまり遅いようなら探しに行くからね!』と聞こえてきた――俺は子供か?
……子供……だよな……。
「……はぁ」
溜息一つ。
階段を下りていく。そんな時も、俺は複雑な気持ちで一杯だった。
――これじゃあほんとに、やきもちを妬いているみたいだ……。
衝動に任せてみたが、廃病院を出たところで結構頭が冷えていた。戻ることも考えたが、落ち着いた今、戻るのは恥ずかしかった。……やっぱり子供だな。
状況を確認する。時間帯は夜。シュウと会ってから数時間しか経ってはいないけど、もう日は跨いでいるだろう、そんな真夜中。辺りを見渡すが、人は全くいない、もちろん死に神も。
誰かが死ぬ匂いもしないし、目的もない。
……どうしようか? ここ以外で、俺の知っている場所っていったら――、「ここしかないよな」
さっきとは違い『廃』はついていない病院。俺が他に知っている場所って言ったらここしかなかった。まさか、この病院に三度来ることになるとはな……。
別に、ここしか知らないからという理由だけではない。ここには何か、俺に関わるものがある気がする……。
具体的にいえば、あの病室。邪魔が入って結局入れなかったが、あの病室には何かがある気がする。まあそれが、知っていいものかどうかは分からないけど……。
あの時、入ろうとした時の自己防衛は凄まじく、何度も俺に『入るな』と訴えかけてきた。
だけどまた、あの場所に行きたいと思う自分がいる。たぶん、怖いもの見たさの気持ちに似ているんじゃないだろうか?
今度こそはあの場所に入ろうと意を決して、病院の玄関に向かう。
「ここに何をしに来たの?」
あと一歩で病院に入れるところで声がかかった――初めて聞いたであろう女性の声。誰だろうかと思い声の方に振り向く。
――が、暗闇でよく見えない。ただ、人影がこちらにゆっくりと近づいてくる。誰だ?
「……お前は……アイ?」
暗闇にから浮かび上がった姿は死に神――であることは真っ黒のコートですぐに分かったが、フードを被っているので誰か分からない。だから、勘だった。
フードをすっぽりと被った姿で、ドロシー以外の女性で知っているのは、さっき知った名前――アイだけだったからだ。
フードで顔は見えないアイ(?)は、こちらの顔がギリギリ分かるであろう一定の距離で止まる。こちらからは顔は見えないが……。
「……質問に答えて、ここに、何をしに来たの?」
再度の質問。表情は見えないが、冷たい詰問に感じる。
「ちょっと気になる場所があってな。そこに行こうと思って……」
病院の中を指差して恐る恐る答える。
まだ二人だけだが、初めて会った奴から命を狙われているんだ。慎重にもなる――一応、すぐに逃げられるように……どれほど意味があるか分からないが……足首に力を入れておく。
だが、そんな浅知恵を企む俺をよそに、詰問してきた時よりかは俯き、アイは何かぶつぶつと言っている。
「……戻ってない……そ……馬鹿……かみ……言っていた……」
殆ど何を言っているか聞き取れない。どうしよう、無視して行こうかな……。
とか考えていると、急に頭を上げるアイ。フードの奥の目が俺を見据えた気がした。
「もうあの病室には近寄らないで!」
そう強く言うと、彼女は病院の中に入っていく。激しい拒絶に訳も分からず、見えなくなっていく黒い背中に何も言い返せなかった。
「……なんなんだいったい?」
彼女の背中が完全に見えなくなったところで愚痴ってみるが、もちろん答えはない。
……どうしよう。理不尽な命令ではあったが切実な思いを感じた。なんてゆうか、泣きそうな感じに見え……顔は見えなかったな……。
しばらく考え――結論。
「ま、いっか」
別に急ぐ必要はないしな。来れる時と行きたい時が合わさった時に来ればいい。
たぶん今はまだ、行ける運命にないんだ。前も窓ガラスが割れて入れなかったし、今回は病室どころか病院にすら入れなかったんだから。――うん、そうだ。
自分を適当にこじつけて、元来た道を辿り病院を後にした。
――それから、
『もうあの病室には近寄らないで!』の言葉を思い出して、どうして俺の行きたい場所が、『病室』だと分かっていたのかと考えたのは、しばらく歩いてからだった――。
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