第6話 救わない奴

 着いた場所を仰ぐ――俺の記憶が始まった場所だ。

 意を決して、敷地内に入ると疑心が確信に変わった。この場所が俺を呼んで……いや違う。呼ばれたんじゃない――俺がここに来たかったんだ。

 そんな思いを馳せながら、自分の意思に耳を傾けると、

「病院の中……だな」

 中に入るように指示をしてきたので、それに従い中に入る。中は節電の為か暗く、必要最低限の非常用ライトが点灯しているのみだった。

 自分の思い通りに進んでいくと、この場所を何度も通っていたような錯覚に陥った。その所為か少し気分が悪い。何か、思い出してはいけないような……そんな気が……。

 それでも構わず進んでいき、階段も上る。知りたい好奇心と、知ってはいけない恐怖のジレンマが、人知れず俺を襲っていた。やはり来るべきでは無かったのかも知れない。

 だけど、もう遅い――四階に辿り着き、さらに赴くままに進んでいくと――俺が来たかった場所は、もう目の前。ここは病室か。

 ――ここだ。この扉の先。

 扉を前にした俺に、体の各部が異変を伝える。心臓の鼓動が速く、目の焦点が合わず、呼吸が乱れ、冷や汗が流れ、手足に震えが生じ、頭痛が響いていた。

 その頭痛からは、『やめろ!』という幻聴のようなものまで聞こえだす。ここを開けてはいけない。そう分かっていても止まれない。震える左手をゆっくりと引き戸に近づけていく。あと、五センチ――『やめろ』――三センチ――『やめろ!』――二センチ。同時に鼓動も速く打ち鳴らされる。緊張がピークに達した。その時――、

 高音で大きな破砕音が響き渡った。びっくりして手を引っ込めると、鼓動のピークも落ち始め、体の異変のサインは徐々になくなり始めた。

「……なんだ?」

 自分の意思で止められなかった俺を止めた偶然に感謝をして、音のした左の廊下を進んで行く。一応、警戒しながら進んで行くと、すぐに音の正体は分かった――ガラスだ。一枚の窓ガラスが破砕して、床一面に広がっていた。

 床を一通り見るが、砕け散ったガラスだけが散乱していた。それが意味するのは、外から割られた訳ではないということだろう。なぜなら、ここは四階、素手で割るのはありえない。飛べるなら話は別だが無理だろう。また、投石などで割れたのであれば原因が転がっている筈。だけど、そんな物は無い。だから、内部からの犯行。

 もっとも、自然に割れたと言われればそれで解決だが。……もし、このガラスが故意に割れたのであれば、犯人はまだ、この建物内にいるということになる。

 ――ん? ……後ろから、足音。一人や二人ではない足音が迫って来ていた。ここのナースたちか。

 あれ程大きな音が響いたのだから、そりゃ飛んで駆けつけるよな……。

 別に俺は探偵ではないし、それに無関係なのにここに居ると犯人に……いや、俺は見えないから問題ないか。それじゃあ別に……だとしてもここに居る必要はないな。

 だったら、気分を落ち着けようと、自然と天井――より上を見透かして、体の赴くままに進み、そこに向かうことにした。


 体は覚えているかのように目的地に進んで行くが、俺自身、今どこに向かっているか分かっていない。だけど、進むに連れてこの先にある場所を想像するとすぐに分かった。向かっていたのは屋上だ。

 確かに気分を落ち着かせる為に深呼吸でもしようものなら、気分もリフレッシュされるだろう。

 そんなことを考えていると、すぐに目的の場所に辿り着いた。

 ――が、まあ、当たり前だよな。扉の前には『立ち入り禁止』とデカデカと張り紙が貼り付けてあり、何人も通さない感が溢れていた。たぶん、鍵も閉まっているだろう。

「あれ?」

 この時、どうして閉まっているのかと不審に思ってしまった。だけど、それも一瞬で、そんな気持ちもすぐに消える。

 しかし、せっかく来たのに、このまま帰るのはアレなので、一縷の望みに賭け、ドアノブを回してみると、ギィと音を立てて開いた。自然とほくそ笑むと屋上に出た。


 月明かりが雲に遮断された屋上は、だだっ広く、何も遮蔽物は無かった。唯一何かあるとすれば、今出てきた場所から上に行ける梯子が横に掛かっているのみだ。

 適当に進んで止まり、深く深呼吸をする。

 吐いて、吸って。それを何度か繰り返すと、部屋に近づくまでにあったストレスのようなものが無くなり、気分はまさにスッキリになった。

 体が正常を取り戻し、落ち着き始め、周りに目線がいく。初めて見たのに、何度も見たことがあるような感覚がある。

 ……やっぱり、ここに来たことがあるような気がする……それも頻繁に……。だけど、『俺』はありえないとハッキリ言える。だから、もし、何度もここに来たことがあるのであれば、それは死ぬ前の俺。もしかしたら死ぬ前に何度もここに来ていたのかも……。

 もっと詳しく調べようと思い、ここから見える景色を見ようと柵に近づいて行こうとするが――、

「………………」

 足が重くて上手く歩けない。さらに、スッキリした筈なのに、また嫌な汗が出始める。それでも、生きていた頃の記憶が思い出せるかと思い、フラつきながらも柵に近づいていく。

「……なんだ、高所恐怖症の克服中か? ふぅ」

 ――突然聞こえた声。誰かと思い、振り向き目線を上げると、梯子を登った先にある、屋上よりさらに上の場所から、足を投げ出して座っている人がいた。

 声からすると、男なのは確実だが。暗くてよく見えない。

「ふぅー。まあ、どうでもいいがな。所詮は負け犬」

 邪魔な雲が少しずつはけて、ここら一帯を照らし始める。

「――未来で生きることを考えるあまりに、今日を生きることを忘れ」

 そして、男の姿も徐々に浮き彫りになっていく。

「――目の前のたった一つの辛いことから逃げ出した――ただの卑怯者だ」

 月明かりに照らされた姿は、俺たちと同じ黒い格好――死に神だ。

「よいしょっ――と」

 座っている場所から飛び降りてきた。俺と同じ目線になるが、俺よりも背は高く、ドロシーよりも高いだろう。

 いざ、目の前にすると、男の格好はドロシーに比べれば俺に近い格好で、同じ死に神だと分かるが、俺との違いはたくさんある。

 ――まず、ふてぶてしく咥えたタバコ。

 ――俺より年齢が上だろう容姿。

 ――短い青い短髪なのに、三つ編みに編んだお下げ髪が後ろに一本。

 ――最後に一番目を引く日本刀。それを左腰に携えていた。

 俺が男を仔細に見ているのと同時に、男も挑発するかのように目線を投げかけ、あごに手を置く。

「……ふむ、俺に何も聞いてこないってことは、どうしてか知らないが、今の自分の状況を理解しているってことだな……ふん」

 勝手に納得したかと思うと、突然、腰を曲げて俺に顔を近づけた。

「今、どんな気分だ? 折角、痛い思いをして自殺をしたのに、まだ終われない自分を省みて、どういう気持ちでいられるんだ?」

 小馬鹿にした笑いが顔に浮かんでいる。自殺をしたであろう俺を明らかに馬鹿にしている。自殺をしていないって言いたいが言えない。だから、こう返すので精一杯。

「お前も死に神だろ? お前が俺を馬鹿にする資格はあるのか?」

 こいつだって、自殺をしたからここにいるんだ。それなのにどうしてこんなに上から目線なんだ。俺の言い返しに顔をしかめて、顔を離した。

「ふん、お前らと一緒にするな。確かに俺も自殺をしたが、俺の自殺は、お前らみたいな軟弱な理由で死んでねぇよ」

 根拠なんてないが、俺は自分の思うままに言い返す。

「俺は、自殺なんてしていない!」

 ずっと腹に溜まっていたものを吐き出した。それを聴いた男は神妙な顔つきに変わった。

「……自殺をしたと言われて、記憶が戻るまではみんなそうさ。自分が自殺をしたなんて考えられないって……。今の内に受け入れる覚悟を持っていた方がいいぞ。記憶が戻ると、後悔してもしきれない。胸が張り裂けそうな気持ちに苛まされるぞ」

 この男、馬鹿にしたり労わったり、どういうつもりだ……。

「……自殺しなくてもこの世界に来る方法はあるが……。まあ、結局は同じだがな……」

 タバコを吸いながら、ぼそっと呟いた声に、精髄反射のように聞き返す。

「あるのか? 自殺をしなくてもこの世界に来てしまう場合が……」

「……ん、ああ。死に神になってしまう道程は二つある。自殺をした場合と、死に神に殺された場合の二つだ」

 だったら、俺は自殺をしていないって言えるんじゃ……。

「ふん、新事実を知って嬉そうなところ悪いが、言ったろ、結局は同じだって。確かに、死に神に殺されたら死に神になるが、死ぬつもりのない奴には俺たちは認識出来ないし、俺たちも干渉――つまりは殺せない。死に神が殺せるのは死にたいと思っている奴だけだ。簡単に言えば、分かれ道はあっても、死にたいと思う入り口と、死に神になるゴールはひとつ。なっ、結局は一緒だろ?」

 長々と言い終わって、またタバコをふかし始める。その間に俺は、この男が言っていることが事実か考え始めるが、如何せん判断材料が少ない。この場にドロシーが居れば、確認も取れるんだが……。

「感謝しろよ。一つ目はたいていの死に神は気付いているが、二つ目を知っているのは、死にたいと思っている奴を全員殺している俺ぐらいだ……」

 相手の言っていること聴いて、一瞬寒気が走った。

「お前は……死にたいと思っている人を説得することなく、殺しているのか?」

「ああ、もちろんだ」

 悪びれもなく、そう言った。

「自殺したら、何も残らないんだぞ」

「だからなんだ? 死にたいと考えている奴を殺すのが、俺たち死に神だろうが」

 俺たちは一生分かり合えないと理解した。この男にとって、死に神は殺すものと捉えているようだ。

 ……確かに、死に神としての定義なんて存在しないが。それでも――、

「自殺なんてするよりも、生きることが大切だと思わないのか!」

 俺の本気の訴えも、相手には届いていない。

「なんだお前、あの魔女みたいなことを言ってきやがって……」

 魔女? 少ない記憶の中で、その言葉がぴったりな人物は一人だけだ、なんとなしに返す。

「ドロシーのことか?」

「ああ、そうだ。ん、……あの魔女、知っているのか?」

 やっぱりドロシーのことだったか。

「……ん。もしかして、あいつに教わったのか? この世界や、死に神について」

 事実なので俺は頷いた。すると、目線が鋭くなったように感じた。

「だからか……」

 男は勝手に納得して、俺から目線を外した。何か言い返してくるかと思い男の出方を待つ。

 ――が、そのまま、俺の横を通り過ぎて後ろに回る。俺はすぐさま後ろを振り向き、男の背中を視界に捉えた。

「……俺はあいつが嫌いだ」

 背を向けたままそう呟いた。

「まあ、あいつも俺のことが嫌いだろうがな。俺はあいつの考えを認めることは出来ないし、あいつも俺の考えには納得していない」

 たぶん、俺が話を聴いているかどうかなんて、関係なく話している。

「それでも、理解はしているつもりだ。あいつの思いをな……」

 何を言っているのかと考えていると、突然振り向き、男は俺を見る。……不思議にも、この時初めて、俺を認識したと感じた。

「……だけどな。あいつ同じ騙る奴が蔓延るのは許せない。だから――」

 男は右手を左肩ぐらいまで上げ、右手を握る。と、その手は発光した――死に神の能力――そして、そのまま光る右手を右下に振り下ろして、握りを開いた。

 ――すると、男の右手には、既に抜いてある刀を手にしていた。

「……最初に会った死に神が、あいつだったことを後悔するんだな……」

 相手の殺意を感じたときには、男は俺との間合いを一瞬で詰めていた。

「痛みはない。俺の全力で――殺してやる」

 男の目は、フレアの時のような、遊びはまるでなく、本気で俺を殺すつもりなんだと、分からせるには充分だった。

 月明かりに照らされた白銀の刃を、構えることなく下から大きく振り回し、俺に切りかかってきた。

 その一連の動作は美しく、そして冷徹。きっと、この男は人を殺すことに慣れているんだ。

 逃げる猶予もなく――、

 ――――――。

 ――殺される筈が、刃が首に届く前に大きな音が響いた。すると、俺を殺そうとした男は後ろに仰向けに倒れこんだ。刀は男の近くに落ちた。

 この音は知っている――銃声だ。辺りを見渡して、目的の人物がいるか確認する。

「こっちよ、後ろ」

 目的の人物は、俺の後ろにある屋上の出入り口から出てきた。トンガリ帽子を被り、ローブを羽織ったその姿は正しく魔女――ドロシーだ。俺に近づいてくる。

「いや~、危なかったわねぇ。リンの帰りが遅いから、この病院に来てるんじゃないかなーーーーって思ったら案の定だったわね」

 ドロシーは俺の体を爪先から頭までポンポンと触り、怪我ないか調べてくれていた。

「……リン、大丈夫かしら? ん~、思ったより大丈夫そうね」

 最後に目が充血しているか確認して、そう言った。確かに俺は大丈夫だけど、俺は振り返り男を見るが、思ったとおり動いていない。

「……殺したんですか?」

「だって、ああするのが手っ取り早かったんだもん。それに、撃たなかったら、確実に殺されていたわよ。昨日のぼーやなんて、比べ物にならない程の男よ。こいつは……」

 ピクリとも動かない男を脇目にして訊いてみた。

「知っているんですか? この男」

「ええ、知ってるわ。名前はシュウ。あたしが知りうる中で最強の死に神よ」

 ……最強の死に神。微かに呻き声のようなものが聴こえ、まさかと思い振り返ると、さっきまで動かなかった男が――動いていた。

「どれほどの攻撃を受けても、無傷で立ち上がるその体は、『鋼』で出来ていると言われ――」

 生きていた男は、寝起きのようにのっそりと上半身だけ起き上げた。

「そして、冷徹に人を殺すことが出来る心は、冷たい『鉄』で出来ていると噂され――」

 男は完全に立ち上がり、おもむろに、右手を首元から服の中に手を突っ込んだ。何をしているのか思い見ていると、服の中を弄っているように窺えた。

「その二つを合わせて、他の死に神からは、『鋼鉄のシュウ』って呼ばれているわ。――元気そうねシュウ?」

 ドロシーの社交辞令を鼻で笑うシュウ。弄っていた右手を服の中から出して、何かを握っていた。その握っている物を人差し指と親指で摘みなおして見ている――あれは銃弾か。

「久し振りに会った奴に、四十五口径の弾丸を浴びせて『元気ですか?』って、どう考えてもおかしいだろ?」

 皮肉一杯にシュウはそう言うが、ドロシーは全然悪びれてなさそうだ。

「あたしの可愛いツレ――殺そうとしたでしょ? 今度またやったら、今度こそ殺すわよ……」

 後ろから俺を抱きしめたドロシー。抱きしめたまま、右手を相手に伸ばし、能力を使ってだろう拳銃を握っていた。

 男は拳銃を突きつけられると、両手を上げて、降参のポーズを取る。

「分かった、分かった。もうしねぇよ。だから、その物騒なもん消してくれ」

 それを聞くと、ドロシーは拳銃消して俺から離れるが、ぼそっと呟いたのが聴こえた。

 ――どうせ、死なないくせに。

 どういう意味だろう? ……本当に、体は鋼で出来ているとかいうオチだろうか。

 そんなことを考えていると、シュウは俺を見つめた後に、ドロシーに向き直った。

「……何より自由を愛しているお前が、人を引き連れるなんて、どういう心境の変化だ?」

 初対面の俺も不思議に思ったことを、知り合いも不思議に思ったようだ。

「何よ、あんたまでそんなこと言って……。自由を愛しているって言うなら、考え方も自由に変わるわよ。ええ、そうよ。その筈よ。だから、あたしの勝手でしょ……もう」

 頬を膨らまし、口を尖らせて、むくれるドロシー。

「……そんなガキみたいな態度を見ていると、お前が『黒煙の魔女』って呼ばれて、怖れられているのが嘘のように思えてくるな」

 黒煙の魔女? 俺は反射的にその魔女を見る。

「こっち見ないの。リンにその名を教えんじゃないわよ。折角、そんな名前で呼ばれないように、魔法使いだって名乗り続けているのに。……てゆうか、あんたの所為でしょ? あたしがこんな名前で呼ばれるようになったのよ! どうしてくれるのよ!」

 シュウは呆れてそっぽ向くが、すぐにドロシーに向き直る。

「……お前があんなやり方をするからだろうが、あれは俺じゃなきゃ死んでいたぞ」

「殺すつもりでやったんだから当たり前じゃない。あそこまでやったんだから死になさいよ。なんなのよあんたのその頑丈な体。あんたいったいどれだけ長くこの世界にいるのよ。かなり長くからこの世界にいないと、銃弾を防ぐほどまでに身体機能が上がったりしないわよ。能力自体はあたしの劣化版みたいな能力のくせして……」

「……別に関係ないだろ。-それに、もう二度とお前とは絶対にやらない」

「何よ、逃げるのかしら――」

「だから、お前のむちゃくちゃなやり方は――」

 蚊帳の外で繰り返される二人の喧嘩(?)を見て、ふと思ったことが口からこぼれた。

「二人とも、仲いいですね」

 ピタッと二人の痴話喧嘩が止み、二人ともこちらを凄んで睨んでくる。

「どこが?」「どこがだ!」

 やっぱり仲いいな、思わず笑ってしまう。からかわれていると思われたのか、お互い目線を合わせようとせずに、あらぬ方を見て頭を冷やしているようだ。

「……あっ、そういえばあんた、最後に戦った時に言ってたわよね?」

 頭を冷やし途中で、何かを思い出したのか振り返ったドロシー。話しかけた相手は絶賛冷やし中だが、一応、耳は傾けているのだろう。

「――確か『もう、お前とはやらない』って言った後に、『もう、ここには近寄らない』って。それなのに、どうしてここにいるのかしら?」

 溜息をつくシュウ。答えるために振り向いた。

「確かに、俺はここには近寄りたくはなかったんだが……」

 一瞬、ドロシーを見る。……もしかして、ドロシーに会いたくないからか?

「……ここに来たいって言われたものでな。仕方なく、ここに来ることにしたんだ――」

「誰に?」

 ドロシーはフライング気味に訊いた。彼女的にかなり気になったのであろう。

「……さっきからそこにいる。おい、出てこないのか?」

 そう言って指差す先に、ドロシーと俺は目を向けると、そこには――誰もおらず、屋上の入り口を指差していた。

「どこよ?」

「扉の後ろ」

 それを聴いて、すぐさま扉に近寄って行くドロシー。だが、近寄るまでもなく、誰かが飛び出して来た。誰だろうと考える間もなく、ドロシーと俺の横を通り過ぎて、シュウの背中に隠れた。

 ――だけど、一瞬だけだったが、黒い格好であることだけは分かった――死に神だ。

 シュウ――正確には、シュウの後ろの人物を見ようとするが、フードを被っているせいか、上手く隠れられて見えない。

「あら、恥ずかしがりやなのかしら……。お名前は何て言うの?」

 ドロシーは近寄ろうとするが、シュウが手で制す。

「悪い、怯えているようだから、近寄らないでくれ」

「あら、随分と過保護じゃない。その子がそんなに大切なのかしら……」

「ああ、そうだ。もし、アイを傷つけるのであれば、お前でも、許さないぞ」

 明らかな敵意。俺を殺そうとした時よりも、さらに純粋に感じた。

 殺意とも取れる敵意を受け流して、飄々とドロシーは笑う。

「しないわよ。でも、アイって名前なのね。女の子かしら?」

 シュウは『ああ』と一言。これ以上は語るつもりはなさそうだ。

「……俺はしばらくここにいるつもりだが、願わくば、自殺者が現れないことをお互いに祈ろう。人の畑を荒らすつもりはないが、出てきた芽は刈り取るつもりなんでな……」

 自殺者が現れたら、殺すという意味にしか俺には聴こえなかった。

「行くぞ」と後ろに隠れているアイに一言。

 シュウが歩くと、後ろのアイも一緒に歩き始めた。そのまま、ドロシーの横を通り過ぎて、俺の横を通り過ぎようとしたほんの一瞬。

 俺と同じぐらいの身長であるアイから、フードを被った先にある目が、俺を見たような気がした。

 ――だけど、それを確認出来ることもなく、彼らはこの屋上から出て行った。

 そんな俺に近寄ってくるドロシー。

「聞きそびれちゃったわね……あの子がここに来た理由」

 そんなことは、今の俺にはどうでもよかった。

 シュウが自殺しようとしている人を殺すことに、俺はどうやっても納得が出来ないでいた。

 そして、この隣にいる女性にも――。

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