第3話 ドロシーのお仕事

 ドロシーの後に続いて屋上への階段を進んでいく。よく分からない意思が、俺をこっちに呼んでいる――これが死に神としての感覚なのだろうか?

 ――自殺を実行しようとしている人を感じ取ることが出来ること。そして、ドロシーが呼ばれる先でしようとしている仕事。この二つを上手く結びつければ、自分たちは死に神という結論に至るのだろう。……頭の中で、浮かび沈みを繰り返すある考えがあった……もしかしたら、この先でドロシーは、――を殺すかもしれない。

 そんな嫌な考えを持ったまま、満月の光が照らす屋上に辿り着いた。

 屋上は無駄に広く。金網で出来た柵の高さが……二メートル……ぐらい……あれ? ……なんだろうこの既視感は? これと同じ光景を見たことがあるような……。

 そんなデジャヴも一瞬だけで、すぐに既視感はなくなった。

「うん、来たわね♪ ほら、あれよ。あ、れ」

 指差すその先には、月に照らされた女性が柵の前に立ち背を向けていた。彼女を視界に捉えると、彼女が俺を呼んでいることが分かった――もちろん彼女は無意識だろうが……。自殺しようとしている人を感じ取ることが出来る感覚。これから彼女は……死ぬつもりなんだ。

 ……あれ? これから死ぬつもりの人間に、ドロシーはいったい何をするつもりなんだ? 俺なりの考えでは、死に神としての所以は、自殺者を殺すから自分たちは死に神と思うようになる――と思ったが、よくよく考えたらそれは浅い考えだ。なぜなら、死にたいと考えている人をわざわざ殺す必要性はない。勝手に死んでしまうんだから。

 どうするのかとドロシーを窺うと、俺に目配せをして、柵の前の彼女に近づいていく。

 『ついて来なさい』だと思う。まだ会って一日と経ってないが、彼女という人間が分かってきた気がする。

 一歩、二歩と――。柵の前の彼女との距離がだんだん詰まっていく。それと同時に、今目の前で生きている女性は、数分後には死んでいるかもしれないかと思うと、緊張も高まってきた。生唾が溜まり、人知れずゆっくりと飲み込む。

 もう声が届くであろう距離に入ると、ドロシーが口火を切り始める。

「こんばんわ。いい満月ね」

 もちろん彼女に向けてドロシーは言った。

 ……そういえば、最初ここに来たときにあったナースには、俺は認識されていなかった。だったらこの女性にも、俺やドロシーは認識されないのではと――、

「えっ? ……あ、あなたたちは誰ですか?」

 ――杞憂だったようだ。どうやら認識されている。何故だろうかと思ったときには、ドロシーの顔が耳に近づいていた。

「死ぬ予定の人間にはあたしたちが認識できるのよ」

 ひそひそ声の回答に疑問は払拭された。言い終わると、すぐにドロシーは向き直る。

「ふっふーん♪ この姿を見て分からないのかしら?」

 服を自慢するように回転しながら言う。女性はドロシーを見つめ、

「…………………………魔女」と、言った瞬間。

「そのとおり! 魔法使いよ! 魔法使い――ドロシー」

 ドロシーは声をはり上げ早口で言った。魔女扱いされるのが本当に嫌らしい。

「……ま、魔法使い? ……こ、ここで何をしていらっしゃるのですか?」

 奇妙な経験をしているのに、気丈で丁寧な言い方だ。

「あーら、何を言っているのかしら? 鏡を見て言いなさい♪ 自殺の穴場と言われているここで……あなたこそ、何をしているの?」

 逆にドロシーは、遊びに誘うかのような軽薄な言い方だった。これから死ぬかも知れない相手にかける言葉とは思えない――が、それよりも、理由を知っているのに訊くドロシーの真意は何だろうか?

「…………」

 やはりというか、なんというか……。ドロシーの失礼な質問返しに、女性は言葉を詰まらせている。……まあ、沈黙が答えであり、会話がなくても、お互い何について話をしているかは理解しているので、対話は成立しているようだ。

「……あ、あなたには、関係ないでしょ!」

 必死に搾り出し、はねつけるような尻上がりの声だった。

「あるわ。ありありよ。ここはあたしの寝ぐらなんだから、勝手に死なれたら困るわ♪」

 笑顔で私欲にまみれたことを言い出したが、つまりは自殺を止める――ということか?

「そんなの知りませんよ! 私の命、どう扱おうが私の自由です!」

 そんな悲痛な叫びを聞いて、俺は知った――彼女が本気で苦しんでいると。

 だから、――救ってあげたい。――自殺を止めたい。そんな気持ちでいっぱいになった。だからまず、自殺をしようとした原因を聞いて、俺に解決出来ないかと思い、彼女に歩み寄ろうとする。

 ――が、ドロシーの待ったが聞こえた。

「言ったでしょ? あたしを見ていなさいって……下がりなさい」

 俺にだけ聞こえる冷たい声だったが、フレアに向けたような敵意むき出しではなかった。俺は素直に従い、元の位置より少し下がるが、彼女を救うことをあきらめてはいない、もし、ドロシーが彼女を見殺す、もしくは殺すようなマネをすれば止めるつもりだ。

「そうね、あなたの命。あなたの物なんだから好きにすれば良いと思うわ。……だけど、勘違いしないで欲しいわ」

 俺の介入なんてなかったようにドロシーは話す。その後姿を俺は監視する。

「――あたしは、あなたがここで勝手に死ぬのは許さないだけよ。だから――」

 そう言いながら、ドロシーは右手をゆっくりと突き出すと、その手が光りを放つ。この姿を一度見たことがある――フレアに銃を突きつけた時と同じような格好だが……まさか……。

「……あたしが殺してあげるわ」

 ドロシーの冷え切った声が響くと、右手に持つ拳銃を突きつけていた。突きつけられた方の反応を見るより、俺は狐に抓まれたような感覚に陥ってしまった。

 ……ありえない。ドロシーを監視し続けていた俺は驚愕を隠せなかった――何も持っていなかった右手に、突然――拳銃が現れた。そう表現するほかない。彼女の一挙手一投足を逃すまいと見ていたが、空気を掴むかのように指を動かした瞬間には、拳銃を握っていた。ドロシーの姿も相まって、その光景はまるで――魔法。

 そんな摩訶不思議に見とれてしまった俺は、拳銃を突きつけられた彼女の怯えに気付くのに遅れてしまった。

「……本物? ……い、いや、撃たないで……」

 拳銃を向けられた女性は尻餅をついて怯えていた。止めなければ!

「ドロシー、やめろ!」

「あら、どうして? 彼女は死にたがっているのよ。殺してあげるのが、人心ってものじゃないかしら……違う?」

 ドロシーはこちらを見ずに平然と答える。視線は拳銃の先の女性から外していない――が、本当に彼女を見ているのか?

「よく見てみろ! 彼女は怯えている。彼女は――」

 ――死にたくない。そう言いたいが言葉が出ない。自分の中で産まれた矛盾が止めた。

「ふふ。死のうとした人間が、殺されるという死になぜ怯えるか? あなたの中に芽生えた疑問に答えてあげる。あたしの経験上――答えは二つあるわ」

 ドロシーは俺の矛盾を明確に理解し、教鞭を振るうかのように言った。その間も、視線と銃口は彼女から離れない。彼女にはまだ死の恐怖が付きまとっている。

「一つは、そもそも死というものを一切考えず、誰かが止めてくれるんじゃないかと子供染みた考えに陥り、自殺、殺人問わず、明確な死を目の当たりして恐怖するパータンかしら? ……まあ、こんな所に来る彼女には当てはまらないけどね」

 自殺を止めて貰う前提ならば、こんな人気のない所には来ない――と言いたいのだろう。

「二つ目は、死ぬことと、殺されることは、まったくの別物だからよ。自殺の恐怖とは自分に与える物。殺されるという恐怖は人に与えられる物。能動か受動か。自分のタイミングで死ぬ自殺の恐怖に目を背けることが出来ても、人から与えられる殺人という恐怖から目を逸らすことは出来ない――なぜなら、死に方は選べないから。結果を受け入れる覚悟があっても、過程が違うだけで人は恐怖するわ――だから、死を望む彼女でも殺される恐怖に怯えてしまったってわけ――分かったかしら?」

 ドロシーは最後に振り向きウインクをする。そんな仕草も気にならないくらい、俺は彼女の言葉に魅入られてしまった。ドロシーはまた彼女に視線を戻す。

「そして、この二つには共通項がもう一つあってね。それは、どちらも死にたくないってこと。死を望む人間の前に殺してもらえる人間が現れても、心の底から喜ぶ人間なんていないわ。だって、本当に死にたいと思っている人間なんて――いないのだから」

 言い終わると、右手の拳銃が何もなかったかのように立ち消えて、ゆっくりと右手を下ろした。そのままこちらに振り向き、しっかりと見据えてくる。

「長々と話しちゃったけど。あたしはね、自殺しようとしている人間を止めることが、その人への救いだと思っているの。だから、彼女を殺すつもりはないわ」

 俺を安心させるかのように微笑むと、ドロシーは彼女に近づいて行った。女性は尻餅をついたままの態勢だったが、さっきまであった怯えは消え、あるのは安堵――だろうか。

「大丈夫かしら? 立てる?」

 手を差し伸べるドロシー。女性は戸惑いを見せる――それはそうだろう。さっきまで恐怖の対象であった人から、優しい言葉をかけられたのだから。

「ありがとう……ございます」

 女性はドロシーの手を借りて立ち上がり、これからどうするのかという視線でドロシーを見つめている。俺もそう。ドロシーに彼女を殺すつもりはないとはっきりと言ったのだから、ドロシーがどうするのかと覗う。

「あなたは、本気で死にたいと考えていた。……だけど、あたしが殺そうとしたら、足が竦み、恐れた。……それは何を意味するか、分かるかしら?」

 相手を労わるような優しい口調でそう言った。

「……私は……心の底では、死にたくないと思っていた……からですか?」

「うん、正解。あたしが銃を向けたとき、あなたは『殺してもらえる』なんて思わなかったでしょ。ましてやその逆。死を恐怖したあなたは、『生きたい』『死にたくない』という思いがあった筈。あなたの心の奥底では――ね」

 ドロシーは女性の胸を指で押す――見えない『心』を指したように見える。その場所に女性は手を置いた。

「そんな思いがあるのなら死んではいけない。死んでしまったら後悔するわ」

 自殺したら死に神になってしまう。ドロシーはそれを言っているのだろう。

「あなたは、とても辛いことがあった。だから死のうと考えた。だけど、死にたくないとも考えたあなたには、何か『生きたい』と思えるような大切なものがあるんじゃない?」

 ドロシーは相手を見透かしたかのように話しかける。

「……大切な……人がいます」

 女性は考える素振りを見せなかった。ずっと頭の中にあったのであろう。その思いがあったからこそ、すぐに死のうとは考えなかったのではないだろうか。

「……結婚を……約束した人がいます。その人とは――」

 ――――――――ッ!

 突然、頭に頭痛という不協和音が鳴り響いた。同時に目眩も起こり、自分の体感が崩れそうになる。頭を左手で押さえるもたいして緩和されることなく。ただ段々と、女性の声が遠くなり、自分の視界が黒く染まっていくの感じることしか出来なかった――――。

 ――――――。

「ねぇ――くん。あたしのこと、すき?」

「――――」

「えっ? どうしてきくのって、……ほら! あたしたちって、いつもいっしょにいるじゃない? だからその……あたしのこと――くんはどうおもっているのかなぁって、おもちゃってさあ。アハハハハ」

「――――」

「いっしょにわらうんじゃないわよ。ぶつわよ。……で、どう……なの?」

「――――――――」

「……ほんと? あたしってちょっと、らんぼーなところがある……ことはない……こともないような……あっ! おてんば、おてんばみたいなところがあるけど、ほんとうに?」

「――――――――」

「そ、そうなんだぁ。エヘヘヘ」

「――――――」

「だらしないかおになんかなってないわよ! きのせいよ、き、の、せ、い! ……それでね、あたしも――くんことがすき……なの。だから、ちかいのことばをかわさない?」

「――――」

「ちかいのことばってのはね、かんたんにいうと、やくそくのようなものよ。でも、やくそくよりも、さらにたいせつなやくそく。『ずっといっしょにいよう』っていう。けっこんのやくそく……なの」

「――――」

「……それって、ちかってくれるって、おもっていいんだよね?」

「――――」

「それじゃあ。おたがいにちか……やくそくしあうわよ。あたしがおぼえてきた、ちかいのことばをいいおわったら、てをあげて、ちかいますっていうのよ。いいわかった?」

「――」

「あたしたちは、やめるときも、すこやかなるときも……………………………………」

「――――」

「……なんだっけ? まあいいわ。おたがいをすきでいつづけることをちかいますか?」

「――――――――」

「あたしもちかいます」

「――――」

「なにがかわるってわけじゃないけど、みらいでいっしょになるやくそくだから、あたしたちがおおきくなったら、じゅうようになってくるわ」

「――――」

「んー。ほんとにわかってるのかしら……。ちかいにあった『やめるとき』のいみとかちゃんとわかっているの?」

「――――」

「はぁ……やっぱり。『やめる』ってのはね、びょーきっていみよ、だから、おたがいびょーきになっても、すきでいつづけようってことだよ。わかった――リンくん」


「――っと! ――ねぇ――」

 ぼんやりと何か聞こえる。なんだろう?

「――丈夫、ねぇ――」

 体が揺れている。地震だろうか。

「ちょっと! 大丈夫! ねぇ、起きなさい!」

 ……いや、違う。誰かが体を揺すりながら呼んでいる。

「――起きなさい! ねぇ――」

 ……そうか、僕を起こそうとしているのか。このまますぐに起きなかったら、彼女のことだから、暴力を振るうかもしれないが……睡魔には勝てない。だから――、

「……あと……五分……」

 頭が寝ているところを振り絞って言った。すると、揺れと声が収まる。

「――――――お」

 ……なんだか分からないが、殺気のようなものを感じる。まあ、気のせいだろう――。

「起きてんじゃないのよ! このバカーーーーー」

 体が激しく揺さ振られる。さっきまでの優しさがなくなった。

「お、起き――から――揺さ――ないで――ナオち――」

 寝ぼけ口調で言ったが、聞き入れてもらえないようだ。揺れが止まらない。

「いいから早く! 起きなさい!」

 ――さすがに意識が覚醒してきた。俺はふかふかのベッドに寝ているわけではなく、硬いコンクリートに仰向けに寝ていた。俺の理解を知らないであろうドロシーは、尚も胸倉から手を離さず揺らし続けている。

「お、起きた! 起きたから揺らさないで!」

 ドロシーの腕を掴み上半身を起き上げて、目が覚めたことを証明する。

「はあ……よかった。やっと起きたわね。……いきなり倒れたときはびっくりしたわ」

 倒れた? ……確か、女性の話を聴いているうちに気が遠くなってしまって……そのまま倒れたのか。思い出せる記憶と今の状況から考えるとそうなのだろう。

 ……そういえば女性はどこだ? 辺りを見渡すが見当たらない。彼女は死なずに済んだのだろうか……。

「……ああ。さっきの女性なら、ちゃんと自分の足で帰ったわよ。安心しなさい」

 俺の反応を察して教えてくれた。……そうか、よかった。安心している俺に、ドロシーは手を伸ばしてくれる。その手を掴み起き上がる。

「彼女もあなたのことを心配してたわよ。まあ、どうせすぐに忘れるだろうけど……」

 どういうことだろうか?

「……言ってなかったわね。あたしたち死に神と関わっても、記憶には残らないのよ。今の彼女の場合、ここに死のうと思って来たけど、自分自身で思いなおして死ななかったって感じに、記憶が修正されている筈よ」

 記憶が修正される……それもそうか。ドロシーは死に神とは言わなかったと思うが。修正されなきゃ、死に神と言った場合、話題が話題を呼ぶ事態に陥ってしまうだろうし……。

 考えに耽っていると、目の前でドロシーは……なんだろうか、納得をしていない……みたいな顔をしている。

「……うーん、本当は最後まで、あたしの仕事見ていて欲しかったんだけど……。まあいいわ。それより分かったかしら? あたしの死に神としての――シ、ゴ、ト♪」

 艶っぽさに見とれそうになるのを振り切り、端的に返す。

「自殺をしようとしている人を見つけたら、その人が死なないように説得する」

「That’s right.」

 笑顔でそう言った。正解のようだが、少しだけドロシーの考えが分からない部分もあった。それは――拳銃を突きつける必要性はあったのだろうか――という部分だ。

 意識を失う前、ドロシーは彼女の身の上の話を聴いていた……と思う。最初から、自殺をしようと思い至った悩みを、聞いてあげればよかったのではないかと思ってしまう。解決に至らなくても、話すだけで人は落ち着くだろうし……。そこらへんを訊いてみる。

 ――と、鼻で笑い。『何を言っているのかしら』みたいなポーズもしてくる。

「悩みを聞くなんて誰にでも出来るじゃない。あたしはあたしにしか出来ないやり方で自殺を止めるのよ。死という物を実感させてね――こんな風に」

 体現させるかのように拳銃を突きつける。……例によって、拳銃はいきなり現れた。

「…………」

 絶対に撃たないと理解していても、背中に嫌な汗が流れる。俺の命は俺の物なのに、今この時だけは彼女の物――壊すのも、大事にするのも、彼女の指先一つで決まってしまう。死が近づくことで、自分は生きていると感受出来る。そんな矛盾が俺を支配する。

 ――これが『生と死』の実感。荒療治だが……彼女らしいといえばらしいか。

 ……しかし、あまり気分が良いものではない。早くこの脅威が去って欲しいと願っていると、なんの前触れもなく拳銃が消え、そして、ドロシーの静かな笑い声。

「大丈夫かしら? ごめんなさいね。でも、中々悪くないやり方だとは思わない? 人間はとても愚鈍よ。明確な物で理解させるのが一番でしょ♪」

そしてウインク。もう彼女の定番。

「さっ、どうする? あたしの人を救う考え、そしてやり方は分かったでしょ。だから、あたしに賛同できるのであれば、あたしについて来なさい。悪くはしないわよ♪」

 考えは賛同できる。やり方は……少しやり過ぎな気もするが、相手に必要なことなら仕方がないのかもしれない。何より殺すつもりはないのだから充分納得できる。だから、彼女について行くのは、何も知らない俺からすれば願ったり叶ったりだが……ただ、

「……どうしてそこまで、俺に良くしてくれるんですか?」

 お互い会ってまもないが、俺はドロシーの人間性は大体理解しているつもりだ。だけどドロシーは違う。なぜなら、俺自身記憶がないのだから、俺すら自分がどういう人間なのか分かっていないからだ。そんな不明瞭な奴を、どうしてここまで……。

 ドロシーに質問に答えず明後日の方を見だす。まるで、考えたことも無い答えを探すかのように見える。……まさか、今理由を考えているのか?

「……えにし……かしら?」

 ドロシーはそう呟く。思っていた回答とは百八十度ずれていた。――てっきり『何となくよ』とか、『インスピレーション』とか言うと思ったが、全然違う真面目な回答だった。

 だが、真面目ではあるが要領を得ない回答でもあったので、俺は訊いてみる。

「俺たちって初対面で、今日会うまでお互い知りませんよね?」

「そうね。あたしの記憶にはないわ」

 思ったとおりの回答。一応確認する。

「それなのに、縁ですか?」

「そう。縁――」

 彼女の回答は変わらない。ふざけている可能性も、試されている可能性もなく、彼女の素直な本心からの言葉だと理解出来た。

「……あなたとは昔……どこかで会った気がするの……」

 何を言っているんだ? 俺はこの世界に来たばかりだというのに……。

「……分かってるわよ。あなたがこの世界に来たばかりで、出会っている可能性はないって……。この世界じゃない。だから、もしかしたら……」

 この世界じゃない。それはつまり、生前。生きていた時に会っていたと言いたいのかも知れないが、ドロシーは続けない――自分の考えを否定して認めないかのように……。

「まあいいじゃない。納得できないなら、あたしがあなたを気に入ったからでもいいし、あとは、あなた次第よ」

 頭を振って悩みを振り切り、ドロシーは言った。ドロシーの理由が気になっただけで、ドロシーの考えには賛同できる。だから断る理由はない。俺は言った。

「あなたに、ついていきます」

 そう言うと、ドロシーはニッコリと微笑む。

「それじゃあ、さっきの部屋に戻るわよ。話の途中だったし、それにそろそろ――」

 ドロシーは喋りながら右手を上げると、その手には拳銃を握っていた。

「あなたも知りたいでしょ? 死に神が持つ、この能力について」

 死に神の能力。やっぱりそういう類の物か。俺にもこんな能力があるのだろう。拳銃を消して、ドロシーは話を続ける。

「じゃあ……ていうか、名前どうしようかしら? さすがにずっとあなたって呼び続けるのも味気ないし、記憶を思い出すまで適当に名前を……」

 後半から俺に聞いてない。ひとりごとを続け、『ハンク』『ヒッコリー』『ジーク』と言っている。どうやら俺の名前が勝手に決まりそうだ。楽しそうにしているドロシーを尻目に、俺も自分の考えに耽る。記憶……か。俺の記憶はいつになったら――。

『ねぇ、――くん。あたしのこと、すき?』

 突然、頭に誰かの声が響いた。……これは、さっき見た夢の声。

『――だからその……あたしのこと――くんはどうおもっているのかなぁって――』

 夢が断片的に俺に響く。何かを訴えかけているかのように……。

『――おたがいびょーきになっても、すきでいつづけようってことだよ――』

 そうか。これは……俺が生きていたときの昔の記憶なんだ。女の子が誰かは分からないが、女の子が話しかけているのは俺だ。それはハッキリといえる。俺の名前は――。

「いいのが浮かんだわ! あなたの名前はオ――」

「リン。そう呼んで下さい」

 ドロシーの命名を遮り俺は言った。残念そうな顔をしているが、思い出しのだから仕方がない。

 ――リン。それが、俺の名前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る