第2話 ドロシー・ガーランド
死に神。彼女はそう言った。確かにこの黒い格好。見ようによっては鎌を持っていない死に神に見える。だけどそれは、彼女から死に神と言われたからそう思うのであって、自分から死に神とは思わないだろう。なぜなら死に神なんてイメージの存在。その本来の姿を見た人はいない。だから、まだ疑わしい気持ちがあった。
「もうちょっとだからね♪ お姉ちゃんにちゃんと、ついてきなさいよ~」
はあ、と返し、ドロシーの後ろについて行く。詳しくはアジトで話すからとついて行くが、正直、この女性について行って大丈夫なのだろうか、という思いもある。だってそうだろ? いきなりあなたは死に神だなんて言われて信じられるか? 常識人なら絶対に信じられない。俺には記憶は無いが常識はあると自負している。今の俺に誇れるものといったらそれくらいだ。
「さあ、着いたわよ。ここがあたしのアジト――廃病院よ」
ドロシーは振り向き手を広げた。彼女の後ろにそびえる廃病院が目に止まる。四階建てで、駐車場もあるが、さっきの病院と比べると少し小ぶりだ。
「なんでこんな所に……」
死に神の生活がどんなものか分からないが、彼女には似合わない――いや、魔女として見たなら似合うが……。
「中は相当荒れているけど、住めないことはないわよ。それに死に神だと、ここはいろいろと都合がいいのよ♪ さあ、入って入って」
手をおいでおいでと招き歩いていく。俺も決心して中に入って行く。どうせ、彼女について行くしか、今の俺には何も知るすべが無いのだから――。
病院の中は想像どおりの荒れ放題。エレベーターなんて動いてるはずも無く、階段を使い順当に四階まで上がると、そのまま近くの病室に入ったのでそれに続く。
病室にはベッドとソファがあるだけだったが、先ほどよりかは荒れ放題ではなく片付いていた。ここが彼女の生活スペースなのだろう。それでも壁紙などは剥がれ、ソファは綿が飛び出したりしているので、ここが廃病院だとは忘れない。
「かけて~」
たぶん腰だろう。近くのソファに座る。文句を言うつもりは無いが、座り心地はあまりよくない。ドロシーは帽子をベッドに投げ捨て、俺と向かい合うようにベッドに足を組んで座る。予想通りの綺麗な長い金髪だ。
「あたしの名前はもういいわよね? それじゃあ、何から話そうかしら? 本格的に話しだすと切り無いしね……」
頬杖をついて思案している。そんなドロシーに、さっきから渦巻いている疑問を問いかけようとしようと名前を呼ぶ。もちろん、敬称は付けて。
「ドロシーさん――」
「呼び捨てでいいって。さん付けなんて、さぶイボが立つわ」
ドロシーは両二の腕を擦りながら言った。敬われるのが受け付けないのか?
「それじゃあ、その……本当なんですか? ここが死に神の世界で、俺や、さっきの男や、ドロシーが――死に神なんて……」
これが今の自分を知る大前提だと考え訊ねた。
「ええ、そうよ……たぶん」
返ってきた言葉予想のほんの少し斜め上だった。……たぶん? 俺の難色が伝わったのか、ドロシーは言葉を続ける。
「――ああ、ごめんごめん。何も知らないあなたには余計混乱するわよね。実はあたしたちは、誰かに『お前は死に神だ』なんて言われたことはなくてね。この世界にいると、みんな勝手に自分のことを死に神って思うようになるのよ。だからここも、死に神の世界、となるの。……稀に、自分のことを『天使だ』なんていう人もいるけど、勘違い甚だしいとあたしは思うけどね」
俺が自分のことを死に神だなんて思わないのは、この世界に来たばかりだからか。
「だけど、確実に言える事もあるわ。こっちの方が真実なだけに辛いけどね……」
思いやるようにこちらを見つめて、『気持ちをしっかりに持つように』と言った。
「まずあなたは、現実の世界で――死んでいるわ。死んだからここにいるのよ」
俺が死んだ? 今の俺には生きている意識があって、実感が無さ過ぎる。
「ここは死後の世界ってことですか? 死後の世界なんてあったんだ……」
ドロシーは『少し違う』と言いながら頭を振る。
「……死んだ人間が全員ここに来るわけではないのよ。この世界に来るのは……現実の世界で自殺をした人よ。つまりはあなたも……現実の世界で、自殺をしたのよ」
――――――俺が――自殺?
「――おっと。大丈夫、大丈夫よ。自分をしっかり持って」
……どうやら少し気を失っていたようだ。気付いた時にはドロシーが、前に倒れようとする俺を抱きしめ、背中を擦ってくれていた。『もう大丈夫です』と言いソファに座りなおす。目が眩む。照準を合わせようと手を見ると、ひんやりと冷たい汗が滲んでいた。
俺は――自殺をしたんだ。
その事実が重くのしかかってくる。座りなおしたドロシーは、申し訳無さそうにこちらを窺ってくる。
「うーん、ごめんね。……何も知らないのに、いきなり核心を言っちゃって。……やっぱしゆっくりと思い出していった方がよかったわね。普通はそうだからさ……」
まだ落ち着いていないが、俺は知らないといけない。続きを促す為に疑問を投げかける。
「……どういうことですか? それ」
「ここに来たばかりの死に神は、生前の記憶が一切無くなってしまうのよ――今のあなたがそうね。だけど、ずっと記憶が無くなったままじゃなくて、段々と記憶が戻ってくるのよ。名前や、自分がどういう人生を歩んだか。そして、自殺をした事実も……ね。」
……だったらそれは、早いか遅いかの差しかない。いつかはこの事実に直面するんだ。結局のところ、俺に心構えが無かっただけだ。
その旨を、まだ申し訳無さそうにしているドロシーにうまく伝える。
「……そう? あなたがそう言うのなら、いいんだけど……」
わだかまりがあるのか、首を傾げているドロシーに更に畳み掛ける。
「それに、一刻も早く知りたいんです。この世界や、自分について、だから、もっと教えてくれませんか?」
ドロシーに出会わなかったら、この世界について自力で知ることになっていたはずだ。それが本来の形なのだろうが、それだと時間が掛かってしまう。だけど、そんな時間を掛けずに先駆者に訊くという近道があるんだ、利用しない手はない。
ドロシーは真剣に見つめてくる。具合をみているだけ――ではないだろう。
「――オーケー。あたしが知りうる全てを、あなたに教えてあげる」
真摯な気持ちが伝わったようだ。俺は疑問を投げかける。
「死に神について教えてくれませんか?」
ドロシーは一つ咳払いをしてから話し始める。
「そうねぇ……まず、あたしたち死に神には、食欲、睡眠、恋愛などの欲求がないわ。だからといって、食べれないわけでもないし、眠れないわけでもない。……まあ、恋愛をしたいとはまったく思わないんだけど……」
そうなのか。……確かに腹も減っていなければ眠くもない。ドロシーを見つめるが、綺麗な女性だと思うぐらいで、不思議と恋心は抱かない。
「やん♪ そんな見ないで♪」
視線を送られた本人は、何故か嬉しそうだ。
「……まあ、これは別にどうでもいいのよ。重要なのはここからよ、あたしたちがどうして自分たちのことを、死に神だなんて思うのかってことよ」
確かに今までの話を聴く限りでは、死に神というより、幽霊に近い気がする。
「あたしたちは、ある一つの感覚が強くなるの。それはね――あら?」
ドロシーは話しの途中で上を見上げた。天井に何かあるのかと思ったが、俺も上が気になった。天井ではない――と思う。ここは最上階だから、ここのさらに上は屋上。屋上に何か……いや、誰かいる。
「あなたも感じ取れるみたいね」
俺の様子を見て核心を持って言った。何だか分からない俺にドロシーは続ける。
「あたしたちは、自殺を実行しようとしている人を感じ取ることが出来るのよ」
つまりは、死にたいと思っている人が分かる。……確かに死に神みたいだが、それだけで、自分のことを死に神だなんて思うのだろうか?
「それじゃあ、屋上に行くわよ!」
立ち上がりそう言った彼女に、思わず『えッ?』としか返せなかった。
「あたしの死に神としての仕事、教えてあげるわ♪」
そう言ってウインクをしたかと思うと、強引に俺の腕を引っ張って進んでいく。
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