認知症のおばあちゃん
今日もひなたカフェは大盛況だ。なにより、常連さんが毎日お店にきてくださるのが本当に嬉しい。
お客様のコーヒーを作りながらそんなことを思っていると、パリーンと大きな音がする。お客様の肩がビクッと上がったのがみえて、私はすぐに声に出す。
「失礼いたしました!」
最近入ったアルバイトのみかちゃんも、大きな声で謝る。
「失礼いたしました! 店長! すみません、コーヒーカップ割りました!」
「しょうがないね。ああ! あぶないから素手で片付けないで!」
みかちゃんは常連さんで、ずっと職探しの相談をしてくれていた。ホームページ効果でお客様が増えて、アルバイトとして雇ったはいいものの、ちょっとおっちょこちょいなのが玉に瑕だ。
「あれ? 今日はいつものおばあさん、いらっしゃらないのかな」
「え? さっきまでいたのに。どうして? みかちゃん、近くを探しにいってもらってもいい?」
「もちろんです。いってきます!」
そう言うやいなや猛スピードで店を出て行った。
スーツの常連さんが、私に話しかける。
「心配だね。何もないといいけど。あのおばあさん認知症だよね? 道に迷っちゃったかなあ」
「そうですね。どこにいっちゃったんだろう……」
どうしよう……。私は頭を抱える。何かあったらどうしよう?
「落ち着いて。俺も今から探してみるよ。スーパーとかにいるかもしれないし。後1、2時間して見つからなかったら警察に連絡しよう」
「わ、わたしも探します!」
女性がスケッチブックを置いて言う。
「俺、走るの速いっすよ! かくれんぼも得意だったし、すぐ見つかりますよ!」
ホームページを作ってくれたプログラマーのれんくんは、私を安心させるためか、わざと明るく言った。
「僕も行きましょう。人手は多い方がいい」
最近月曜8時に来てくださるようになった小説家のお客さんも、手伝ってくださるようだ。
ここは、みなさんのご好意に甘えよう。
「みなさん、ありがとうございます……。私は店にいますので、お願いできますか?」
みなさんと連絡先を交換して、それぞれ店を出ていく。私は店がある。祈ることしかできない。
1時間半は経過しただろうか、待っていることがこんなに辛いとは思わなかった。私は我慢できず、警察に連絡する。
警察に連絡してからまた1時間半待ち続けた。連絡がない。いよいよ、徘徊の可能性が高い。そわそわしていると、新規のお客様にも心配されてしまった。
スマートフォンが震える。電話だ。
「見つかりましたよ。道に迷ってるところ、近所の方が通報くださいまして。随分遠くに行ってしまっていたみたいです。今からそちらに向かいますがよろしいですか?」
一気に肩の力が抜けた。よかった。ああ、よかった。
「もちろんです。お待ちしております。お手数おかけして、本当に申し訳ございません。よろしくお願いします」
電話が切れた。急いで外を探してくださっているみなさんに連絡する。仕事がある方々はそのまま仕事に向かうと連絡が来た。みなさん仕事があるのに探してくださったんだ。そこまで頭が回っていなかった。本当に感謝しかない。
みかちゃん、プログラマーのれんくん、小説家のお客さんが帰ってきた。その時ほぼ同時に、パトカーが目の前に止まる。
「みんな、迷惑かけてすまないね」
みかちゃんが、「全然迷惑なんかじゃないです。見つかって本当に良かった。どこかに行こうとしたんですか?」と言った。
「そうなの。トイレに行こうとしたら外に出ていて。気づいたらもうここがどこかわからなくなってたんだよ。ここにくるまでの道も忘れちゃうなんて、寂しいもんだね。いつかこのカフェもわすれてしまうのかな」
私がなんて言おうか迷っていると、みかちゃんが声を上げた。
「じゃあ、私が家まで迎えにいきますよ! 一緒にカフェ向かいましょう! そうしたら、もしここのコーヒーを忘れてしまっても、いい場所だなって毎回思ってもらえますから!」
みかちゃんを雇ってほんとに良かった。これからは二人で、このひなたカフェを作っていくんだな。
れんくんも、「忘れたら、毎回ここのカフェ1回目の気持ちで入店できるってことっすよ! お得っす」と言う。
「そうね、私は幸せものだ。もしこれから色々なことを忘れたとしても、あなたたちがいるものね」
ああ、ひなたカフェを作って本当に良かった。私は、ひなたカフェの店主だ。私がみんなの居場所をつくる。そして、これからはみかちゃんと、お客さんと、お母さんとみんなで作っていくカフェになる。
「みかちゃん、大丈夫。毎日私とお母さん一緒に家から来てるから。お母さん、おかえり。無事で良かったよ」
「え、え、ええ!? お、お母さん!?」
「お母さんってどうゆうことっすか!?」
みかちゃんとれんくんはとっても驚いている。言ってなかったっけ?
「心配かけたね。ひかり」
「ほんとだよ。まさかひなたカフェにいてどっか行くなんて思わなかった。でも、戻ってきてくれてありがとう」
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