ひなたカフェ、オープン

 事務で働いていて、困ったことはない。カフェとかやってみたいなあ、なんて、少しは思っているけど、思うだけだ。そんな不確実な挑戦するよりも、いまのまま安定のお給料をもらっていた方がずっといい。きっと。そう思っていた。

 だが、最近お母さんの様子がおかしい。忘れ物が最近多々あったが、昨日は夕食を食べたのに、夕食はまだか、なんて。今日は料理のやり方を忘れた、ときた。もうこれは確実に認知症だ。お母さんを連れて病院を受診する。認知症の診断が下った。まあ、そうでしょうね。

 ああ、どうしよう? 認知症のお母さんを家にしておけない。このまま症状が進んで他人に迷惑かける必要もある。施設に預ける? いや、まだ母の認知症は初期症状だ。まだ家に居させてあげたい。

 私の悩みがお母さんにも伝わったのか、お母さんは「心配するな」という。

「ひかり、お母さんこれから色々忘れてくと思うけど、ひかりを縛りつけたくないよ。わたしゃ施設にでも入っていいよ。ひかりの好きなことやんなさい」

 好きなこと? 事務が私の好きなことだったのか? いや、私はカフェをやりたくて……。


 よし、決めた。カフェをやろう。この機会だ。私のやりたいこと、やるべきだ。それに、カフェならお母さんとずっと一緒にいることができる。お母さんの居場所を作ろう。お母さんだけじゃなくって、たくさんのお客さんの居場所になりたい。私とお母さんで、居場所を作る。


 そこからの私の行動力はどこから湧いてきたのか、というような勢いだった。お金は幸いお父さんが残してくれたお金がある。お母さんは最初は心配そうだったが、私がやる気だと気づいたのか、店ができ始めるとノリノリになってきた。時々ご飯を忘れたり、言葉の単語を忘れたりして会話が途切れることもあるが、カフェを作っていることは覚えているようだ。


 飲食店を開くのなんてわからないことだらけの連続だった。いい立地探しから、メニュー開発、仕入れ先の確保……。全てが初めての連続だ。でも、楽しい。時にはお母さんとコーヒーを飲みあったり、アップルパイを作ったり。アップルパイにはどのコーヒーが合うかなんてそんなことで1日何杯もコーヒーを飲んだ。

 もしかしたら失敗するかもしれない。お客さんが全然来ないかもしれない。でも、それでもいい。挑戦したことが一番だ。この経験は、きっと大切なものになるはず。お母さんとの、大切な思い出になるはずだ。


 いよいよオープン初日だ。緊張する。

「お母さん、お客さんが全然来なかったらどうしよう」

「そんときゃそんときさ。私が客第一号さ。いいだろう?」

「確かに。お母さんがお客さん第一号か。ねえ、これからが楽しみだね」

「年取ってこんなワクワクするとは思わなかったよ。これからもきっと楽しいだろうねえ」

「お母さん、手伝ってくれて、ありがとう。あ、8時だ。いらっしゃいませ!」

「お、8時か! あれま、人がぎょうさんきとるよ!」

 私はドアを開ける。あ、みんなお母さんの友達だ。お母さん、いろんな人に声をかけたんだな。想像して、少し笑ってしまう。

「いらっしゃいませ。ひなたカフェへようこそ!」

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