第4話

「ウィネットは、どういう悪魔なんだ?」

 

 最初に被害者が出た聖イーリッジ帝国学院に向かう道中、テオはランシールに問いかける。ランシールは唇に手を当ててしばし考えた後口を開いた。

 

「ウィネットお姉ちゃんは強欲の悪魔だよ。もう分かってると思うけど、かなり過保護なんだー。だから一緒にいてもつまんない」

「そうか。仲良くなるのは難しそうだな」

 

 理解はしていたが、前途は多難だ。

 

「ウィネットが好きなものとか、分かるか?」

「んー、高いものと甘いもの!」

「なるほど……」

 

 流石は強欲を司る悪魔。だが、ランシールが食事で釣れるようにウィネットは金で釣れる可能性が高いことは分かった。帰りに何か土産でも買っていってご機嫌取りをしておこう。

 

「テオ、見て! 大きい建物!」

「あぁ、ついたな」

 

 頭の中で店の候補をあげていたテオはランシールの無邪気な声で我に返る。

 

 聖イーリッジ帝国学院はラテシアン帝国随一の名門校だ。生徒は六年間、あるいは十年間の間学院敷地内にある寮で生活を送る。

 

 ちなみにここはテオの出身校でもあるのだが、三年前に卒業して以来一度も顔は出していなかった。だが事務員には顔を覚えられているだろうし、母校が異動して始めての捜査場所というのはある意味ラッキーだ。

 

 学院内ではぐれないようにランシールと手を繋ぎ、呼び鈴を鳴らすと事務室の奥から若い女が面倒そうに出てくる。

 

「よぉ、テオ坊。上に逆らって飛ばされたんだって? ざまぁねぇな」

「うっせーよ。すぐ元の配属に戻ってやるっつーの。お前こそ業務中に煙草吸ってんなよな」

「言ってくれるねぇ。まぁいいや。捜査に来たんだろ? 資料はまとめてあるから。そっちのお嬢さんは?」

「ランシールだよ!」

 

 ランシールはテオと女のやり取りを黙って見守っていたが、話を振られるといつもの調子を崩さず笑顔で答えた。

 

「そうかい、ランちゃんも大変だねぇ。こんな男と捜査なんて。嫌だったらちゃんと嫌だって言うんだよ?」

「お前、ちょっと黙ってろ。で? 資料は?」

「はいはい、これだね。好きに見ていきな」

 

 引き出しから紙の束を取り出して女がテオに差し出す。テオはそれを受け取ると近くにあるソファにランシールと腰を下ろした。

 

「さっきの人、だぁれ?」

「ん? あぁ、イヴだよ。あんな口悪いくせにここの事務員やってんだ。ウチの室長ともなぜか仲いいから、俺のことも聞いてたんだろうな。情報漏洩もいいところだ、全く」

 

 ため息をつきながら資料に目を通す。添付されていた写真には心臓を抉り出された女子生徒の死体が写っていた。高等部三年の生徒で友人らと談笑していたところ、突然背後から悪魔に襲われたらしい。悪魔は心臓を奪い、すぐに姿を消したと記されている。

 

「野良のやつかなぁ?」

 

 興味深げに捜査資料を眺めていたランシールがポツリと呟いた。

 

「いや、多分契約者がいる。かなり派手に暴れているからな。魔力を代償として悪魔を従わせている人間がどこかに隠れているはずだ」

 

 二人目の犠牲者は大通りを歩いていた靴屋の主人。三人目がこの学院の男性教諭。四人目はホテルの従業員。

 

「そして五人目の被害者が聖イーリッジ帝国学院音楽科の新人教師か。被害者に共通点がないな……」

「でも、学校でいっぱい死んでるね」

「あぁ、ランシールはどんな奴が犯人だと思う?」

 

 テオが問いかけるとランシールは身体を揺らしてしばらく考え込んだ後、徐に口を開いた。

 

「うーんとね、この学校に犯人がいると思う!」

「へぇ、理由は? 死人が多いからか?」

「それもあるけど、ちょっと同族の気配を感じるから。犯人じゃなくても何かいるよ、ここには」

「……なるほどな、分かった」

 

 悪魔ではないテオでは何も感じ取ることができなかったが、ランシールはそうでもないらしい。珍しく真剣な声音で語るランシールの考えには一考の価値がある。

 

 再び呼び鈴を鳴らしてイヴを呼ぶと、先程よりも億劫そうに受付から顔を出した。

 

「なんだい? 終わったならそこに置いておいてくれればいいよ」

「いやいや、捜査資料をその辺に置いて帰れるわけないだろ。ちゃんと仕舞っておけ」

「しょうがないなぁ、もう。で、何か分かったのかい?」

「俺は室長と違って捜査情報を外部に漏らしたりしねぇ」

 

 テオの返答を聞いたイヴは小さく舌打ちすると、手で虫を追い払うかのような仕草をする。

 

「ならさっさと帰んな。学生が待ってるんだよ」

 

 言われて振り返ると金髪の好青年風の男子生徒が微笑を浮かべて会釈してくれた。気まずくなって軽く頭を下げ、ランシールの手を引く。

 

「行くぞ、ランシール」

「お仕事終わり? じゃあご飯!」

「あぁ、ウィネットに土産も買って帰ろうな」

 

 背後で怠そうに生徒の相手をするイヴを一瞥し、テオはランシールと共に学院を後にした。

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