第5話
テオが第八部署に配属されてから早五日。あらかたの聞き込みを終えたテオは、辛うじて確保した机と椅子を部屋の角に移動させ捜査資料と睨み合っていた。
「分かっちゃいたが、そう簡単にはいかねぇよなぁ」
テオが聖イーリッジ帝国学院に足を運んでからというもの、新たな犠牲者は出ていない。契約者が慎重になっている証拠だ。もしくは既に目的を達成しているのか。
「テオ! 今日こそはご飯! 行くよ! 昨日は我慢してあげたんだからね!」
一人頭を悩ませているテオの背後からランシールが声を上げる。テオはため息をつくと椅子から立ち上がった。
「了解だ。ただしその前に仕事もするぞ。もう一度学院に行く」
「イヴのとこ?」
「あぁ、よく覚えてたな」
昨日の夜、室長から電話で圧力をかけられたことを思い出してテオは憂鬱な気分になる。捜査本部が二週間以上調べても手がかり一つ出てこない事件の犯人がすぐに見つかれば、誰も苦労しないというのに。
「テオ、機嫌悪い?」
「あ、いや、ごめんな。お前のせいじゃないよ。上司が無茶言うからつい……」
心配そうな上目遣いでテオの袖口を掴むランシールの頭を撫で、扉に手をかけようとするとウィネットがそれより早く二人の行く手を阻んだ。
「……今日は何が欲しいんだ?」
「ティアニー街の高級チョコレート」
「はいはい、買ってくるか取り寄せさせるよ」
「よろしく」
その要求に頷くと、ウィネットは大人しく道を譲る。ランシールを連れ出す時はこうして必ずウィネットに土産を買わされるようになっていた。しかしこの土産代は経費で落ちるため特に問題はない。
数日ぶりに聖イーリッジ帝国学院へ足を運び、事務室へ顔を出す。イヴは心底暇そうな表情で煙草を吸っていた。
「お前の仕事は楽そうでいいな、イヴ」
「あぁ、テオ坊か。そうなんだよ、だから少し話し相手になってくれないかな? このままじゃやることがなさすぎて生徒を解剖してしまいそうなんだ」
「医学部中退してる奴に解剖されるとか絶対やだ……」
互いに軽口を叩き合い、早速テオは本題に入る。
「なぁ、イヴ。お前、ここで死んだ被害者三人と面識あったりするか?」
「そりゃ多少はね。でも私は基本的に生きてる人間に興味が持てないからなぁ。力になれるかは分からないよ」
「被害者は死んでるんだから興味が持てるだろ」
「まぁ、私は全員の死体を見ているしね。ここの保険医は医師免許を持っているくせに検死もまともにできず、ぶっ倒れやがったんだよ」
使えないねぇ、と呟いてイヴは紫煙を吐き出した。
「まず一人目の被害者だが、あの女子生徒はいわゆるスクールカースト最上位に位置する元市長の娘だ。高飛車でクソ生意気なガキだけど、家柄がいいから誰も何も言えなかった」
「ありがちな話だな」
所詮、この世は金と権力が物を言う。
「次に二人目。正直、あの教諭は誰に殺されてもおかしくないくらい各方面から恨みを買っていたねぇ。粗野で暴力的で、どうしようもない男だったよ。何度か保護者からクレームを入れられていた。その対応をさせられるのは事務員の私なんだよ? 全く」
「……お疲れさん」
イヴがクレーム対応に四苦八苦している姿を脳内に思い浮かべ、テオは失笑した。それを見たイヴは吸っていた煙草の火をテオの手の甲に押し付ける。
「あっつ! 何しやがんだ、このアマ!」
「それは私のセリフだよ! この私を嘲笑うとはいい度胸じゃないか」
軽い火傷を負わされたテオは傷口を見て舌打ちした。
「テオ、大丈夫?」
「何とかな。ランシールも、こうなりたくなかったらコイツには関わるなよ」
「私は火に耐性があるから平気だよ? 自分の出した炎で怪我したらお姉ちゃんたちに笑われちゃうもん!」
「……そうか」
幼女の外見に惑わされがちだが、流石は悪魔。羨ましい限りだ。
「で、最後の被害者だけど、私的にはこの子が一番意外だったね。今年からここで働き始めた教員で、大人しい性格だったし誰かに恨まれるようなタイプには見えなかった。ま、裏の顔なんて誰にも分からないけどね。私に言えるのはこれくらいかな」
「……参考になったよ。ありがとな」
何事もなかったかのように話を締め括ったイヴは新しい煙草に火をつける。そしてテオの背後に一瞬だけ視線を向けると、二人にだけ聞こえる声量で囁いた。
「あと、最近よく事務室に来る学生がいてね。事件のことについて聞いて帰るんだよ。単に心配性なだけなのかもしれないけど、話を聞いてみるといい。学生だからこそ、知っていることもあるだろうし、ね」
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