天使の都合
◇ 落下
夕方、大学からの帰り道。
大通り沿いの歩道を歩いていると、上を見ている女子小学生とエンカウントした。
あんまり顎を上げるものだから、あんぐりと口が開いてしまっている。
……飛行機でも眺めてんのか?
誘われるように見上げてみると、空にはうっすらと橙色の雲がかかっている。取り立てて珍しいものはなく、ただマンションやビルが立ち並んでいるだけだ。
「あ、良かったです。間に合いましたね」
視線を戻すと、女子小学生と目があった。
「え?」
そいつの視線がばっちり俺を捉えているので多分俺に話しかけているのだろうけど、念のため振り返った。歩いている人はぽつぽつといたが、みんな距離がある。
「俺に言ってる?」
「ええ、そうです。はい」
やっぱり俺に用があるみたいだ。
「どうしたって?」
尋ねながら、その子の装いに違和感を覚えた。
寒くないんだろうか。
俺は今月から厚手のコートを着用しはじめているし、今朝はマフラーを巻いていこうか悩んだくらいだ。
そんな季節にも関わらず、目の前のこの女児はワンピース一枚だった。
しかもノースリーブときている。
髪型はショートボブで、首周りは見ているだけでも寒々しい。
「ちょっとお待ちいただけますか。間もなくいらっしゃいますので。すぐです」
そう言って女は手に握っていたものを確認した。
懐中時計らしい。金色で、高そうに見えた。
「……? 何を待つんだよ」
「ヒトです。あなたと、もう一人のお方にお話があるのですが、二人いっぺんに済ませたほうが早いので」
「……はあ」
お話って。
なんだか胡散臭い。宗教の勧誘かなんかだろうか。
女の子が再び空を見上げたので、その隙に立ち去ることにした。すると、
「きました」
空を見つめる女の子の目が一瞬鋭くなった気がした。
「え?」
釣られて空を向こうとした、次の瞬間。
──ブォンっ!!
眼前を上から下へ、凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。いや、落ちてきたのだ。
「────!?」
とっさに足元を見て、俺は目を見張った。
そこに人が倒れていたのだ。
もちろん、ついさっきまでこんな所に人は倒れていなかった。つまりこの人は、落ちてきたのだ。たった今、
空から。
今になって、心臓がどくどくと鼓動を始める。
俺は無意識に空を見上げていた。
その頭の片隅には不吉な"2文字"が浮かんでいる。
──自殺。
マンションか、ビルか。
どちらか知らないが、『飛び降りる場所』はきちんとそこにあった。
「良かった。タイミングばっちり」
その声にハッとして目を向けた。
「では、お二人揃いましたので、お話のほうはじめさせていただきますね」
あまりに淡白に言うから面食らった。
お二人って……。
「い……いやいやいや! 待て待て待てっ」
慌てて言いながら、俺はかがみ込んだ。
女子高生だ。
制服を着ている。胸についた、大きな赤いリボンが目をひいた。
女子高生が、俺の目の前で飛び降り自殺をした。
小学生の話に耳を傾けている場合ではなかった。
「なんです。急いでるので早く済ませたいのですが」
「そんな場合じゃないだろっ! 落ちてきたんだぞっ……って、えええ!?」
女子高生を抱き起こそうとして、背中の下に差し入れた手が、スカッと空ぶった。
「あれ? ……あれ?」
何べんやっても同じだった。
左手がすいすい空ぶる。
「あ? なんだこれ、どうなってんだ?」
這いつくばうようにして下を覗くと、驚いたことに女子高生の背中は地に着いていなかった。わずか20センチ足らずの隙間をあけ、浮かんでいるのだ。
「大丈夫です。落ちる前に止めましたので」
そういって小学生は手の中のものを見せてきた。懐中時計だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます