第二幕:動き始めた時間
走り始めた少年達
「鉄鋼機……ディグ……」
目の前の三体の機体を見上げながらオレは呟く。
魔力を持たない人間の為の機体。
鉄と鋼の巨人。
次の瞬間! オレは座っていた男に向かって勢いよく頭を下げ叫んだ!
「頼む!!! コイツをオレ達に貸してくれ!!!」
確信があった。
オレはコイツに出会う為にここまで来たのだ。
そして、これが最後のチャンスなのだと。
「あん? 突然何を言ってる?」
「オレ達が戦う為にはコイツが、この鉄鋼機が必要なんだ!!! オレには他に方法がない、頼む!!! この通りだ!!!」
怪訝そうに黙り込む男に対し、オレはその場に座り込み額を地面につけて頼みこむ。
「ラディ……。僕からもお願いします!!!」
「うん……。この機体……貸してほしい……!!!」
そう言って、リトナとフラットも同じくその場に座り込み頭を下げる。
その様子に、男は呆気に取られた様に困惑の表情を見せる。
が、しばらくして、軽くため息をついた後言った。
「……フゥ。とりあえず事情を話してみろ、決めるのはその後だ」
─────
オレ達は男にこれまでの経緯を伝える。
騎士科の横暴に抵抗する為決闘を申し込んだ事、その為に騎士機を探していた事。
謎の手紙に書かれた地図に従ってここに来た事を。
そしてオレ達が話し終えると、男は何やら考え込みながら呟く。
「なるほど……。変わらんな……あの学園も……」
「……」
オレ達は黙って男の答えを待っていた。その時……
「おい。確か手紙を受け取ってここに来たと言っていたな、その手紙を見せてみろ」
男が予想外の言葉を放った。
「え? あ、ああ……」
意味の分からない男の言葉に、オレは呆気に取られつつそう答えるとポケットに突っ込んでいた便箋を男に手渡す。
男は便箋を受け取るとそれを軽く確認し、その後中に入っていた地図を確認する。
「ふん……」
手紙を確認した男は何やら少し考え込んだ後、オレ達に言った。
「……いいだろう。お前達にコイツを貸してやる」
その言葉にオレは大声を上げて答える!
「ほ、本当か!!!???」
しかし、男はオレの言葉を遮る様に続けて言った。
「ただし、条件が二つある」
「じょ……条件?」
オレはゴクリと唾を飲み込みながら、男の提示する条件を聞く。
「まず一つ目。コイツを貸すとは言ったが、残念ながらこのディグはまだ未完成だ」
「未完成……?」
「ああ。とりあえず形にはなってるが動作テストもまだの状態だ。お前達にはコイツの動作テスト、調整、整備を手伝ってもらう。こちとら一人でコイツを組み上げてきたからな、残り一ヵ月で完成させるには手が全く足りていない」
男の提示した一つ目の条件に、オレはすぐさま首を縦に振る。
「ああ、もちろんやるさ! この鉄鋼機が完成しなくちゃオレも困るからな、当然手伝うとも!」
悩む理由はない。
オレは一つ目の条件を快諾した。
「リトナとフラットは……」
「当然! 僕達も手伝うよ!!! こんな凄い機体の整備なんて二度と出来ないかもしれないからね!!!」
「うん……!」
「助かるぜ二人共!」
二人に軽く礼を言った後、オレは男に向かって問いかける。
「それで、二つ目の条件ってのは何なんだ?」
そしてもう一つ、男が提示した二つ目の条件は……
「二つ目は、お前達が俺の指導で特訓する事だ。今のお前らにコイツを貸した所で、スクラップになって返ってくるのがオチ。騎士科に勝つなんて夢のまた夢だからな」
「特訓って……、コイツの操縦訓練って事か?」
「もちろんそうだが、それだけじゃ足りんな」
そう言って男はオレ達三人をさっと見回すと、オレに向かって言った。
「フム……この中ならお前だな。お前には剣の修行もしてもらう」
「剣の修行……?」
男の言葉に、オレは少し困惑した様に言葉を詰まらせる。
「どうした? 特訓は嫌か?」
「いや、そういう訳じゃねえが……」
言葉を濁らせるオレに対し、男は何か納得した様に言って立ち上がる。
「なるほど、確かに。剣を教わるって言うなら、自分より強い相手からじゃなくちゃな」
「……」
オレの内面を見透かしたその言葉に、オレは男の目を見据えながら静かに頷く。
それに対し男はフッと笑みを浮かべ、杖を突きながらゆっくりとこちらに歩いてくる。そして……
――――――
次の瞬間!!!
オレの喉元に男が持っていた杖が突きつけられていた!!!
「……え?」
何が起こったのか分からずそう呟くオレ。
だが次の瞬間……!
「うっ! うおお!!!」
状況を把握したオレはバランスを崩し倒れ込む様に後ろに下がると、そのまま尻餅を突いて倒れた。
(何だ今のは!? オレが全く反応出来なかった!!!)
スピードではない、実際男の動きは目で追えていたはずだ。
間合いを詰めようとする足さばきも、腰に構えた状態から放たれた居合も。
しかし、その余りにも自然な完成された所作……。
まるで通りすがりに軽く肩に触れるかの様な全く無駄のない動き。
相手に「起り」すら感じさせない程の完全な業(わざ)。
そのあまりの完成度にオレは思わず見とれ、その動きを攻撃だと認識する事が出来ず何の対応も取る事が出来なかったのだ。
(一体、どれだけの研鑽を積んだらこんな事が出来るんだ……!?)
オレはもちろん、アルテだってこんな事は不可能だ。
世界でも有数の騎士……。
いや、もしかしたら……あのアルス・レイシュラッド卿以上の……!
驚愕するオレを見下ろしながら、男はニヤリと笑みを浮かべ言った。
「これで納得いったか?」
そう問いかける男に対し、オレは唖然とした様子で呟く。
「オッサン……、アンタ何者だ……?」
しかしそのオレの質問に対し男は答えようとはせず、続けて問いかけた。
「俺が誰かなんて事はどうでもいい事だ。で、どうする? 俺の指導を受けるのか、受けないのか」
その言葉にオレはハッとした様に正気に戻ると、すぐに姿勢を正しながら答えた。
「受ける!!! いや受けさせてくれ!!! オレに騎士科の連中に勝つ為の力をくれ!!!」
オレの答えに満足したのか、男は近くの箱に座ってオレ達に告げる。
「決まりだな。それじゃあ早速明日から作業を始めてもらうぞ。まずは……」
翌日の早朝、オレとリトナとフラットの三人はジャンク街のとある区画に来ていた。
廃材の山の陰に隠れながら、オレ達は話し合う。
「……なあ、もう少し近くまで寄った方がいいんじゃないか?」
「ダメだよ、この場所がギリギリ。それがジャンク街のルールなんだよ……。あ! 来た!」
現れたのは、荷台に多くの廃棄パーツを乗せた車両。
車両が近づくと金網で出来たゲートが開き、車両は広場の中に入っていく。
広場にあったのは様々な廃棄パーツで出来たジャンクの山。
そう、ここはジャンクの廃棄区画だった。
車両が停止し、運転していた作業員が降りると、荷台の廃棄パーツを近くのジャンクの山へと降ろしていく。
「……もう行っていいんじゃないか?」
「まだだよ、もうちょっと待って……」
しばらくして、廃棄パーツを降ろし終えた作業員が車両に乗り込み、荷台が空になった車両が発進。
そのまま来た時と同じ様にゲートをくぐりその場を走り去っていく。
そしてゲートが自動で閉じていき、閉まり終えた瞬間……!!!
「今だよ!!!」
「おう!!!」
オレはその場を飛び出し廃棄パーツの山へ向かって走りだした! それと同時に!!!
ワアアアアッ!!!!! と大きな声が上がった!
一体何処に隠れていたのか、どこからともなく現れた大勢の人間が雄たけびを上げながらパーツの山に向かって走り出した!!!
「騎士機の廃棄パーツなんて滅多に手に入らないぞ!」
「お宝は俺のものだ!」
コイツらの目当ては先程の車両が降ろしていった廃棄パーツ!
もちろん、オレ達の目当ても同じだ!
「ぬがあああああ! 負けるかぁ!!!」
オレはジャンクの山をくぐり抜け廃棄パーツの元へ走る!
「何だ!? 学生!? 速いぞアイツ!!!」
ジャンク街で暮らす不健康そうな機械工達と、現役の学生では脚力が違う!
オレはパーツに群がる機械工達を抜き去り、一番にパーツの山の元へ到着した! しかし……!!!
「しゃあ! 到着! ……って! ど、どれだ!? どれが目的のパーツだ!?」
目の前にある無数のパーツ。
しかしオレには、それらが一体何のパーツなのか分かる程機械の知識はない!
パーツの山を前に右往左往するオレに他の機械工達が追い付いてきた!
「へへ! もらい!」
そしてそいつらは手慣れた様子でパーツの山の中から目的のパーツを拾うと、素早く走り去って行く!
「く! くそ!!! おいリトナ!!! どれが目的のパーツだ!?」
オレは遠くで息を切らしながら走ってくるリトナに向かって叫ぶ!
「右斜め前……!!! ハァッ……!!! 正方形の……!!! 銀色の箱……!!!」
「コ、コレか!?」
オレはリトナの指示に従い目の前のパーツに手を伸ばす! その時!
「っ!?」
「ああ?」
オレが手を伸ばすのとほぼ同時に、他の機械工が同じパーツに手を伸ばしてきていた。だが……!
「へっ! 悪いな! オレの方が一瞬速かったぜ!」
不敵に笑いながらオレは告げる、そのパーツに触れたのはオレの方が先だったのだ!
オレはパーツの所有権を主張する、しかし……。
「へぇ……そうかい?」
オレの言葉を聞いたその男は不穏な笑みを浮かべ呟く……次の瞬間!!!
ドゴッ!!!
「がっ……!!!」
突然腹部を襲った衝撃に、オレはその場に崩れ落ちる!
男が突然、オレにボディーブローを食らわしてきたのだ!
「ハハハ! 悪いな学生さん! ジャンク街じゃ「早い者勝ち」じゃなくて「強い者勝ち」なんだよ! 覚えておきな!」
悶絶するオレに向かって男はそう勝ち誇った様に言うとパーツを奪い取り、その場から走り去ろうとする! しかし……!!!
ガシッ!
「強い者勝ちだ……? 上等じゃねえか……!」
オレは悶絶した状態のまま走り去ろうとした男の足首を掴み、ゆっくりと立ち上がる!
「そっちがその気ならやってやろうじゃねえかコラ!!!」
そしてそう叫びながら男の顔面に拳を叩き込んだ!
「ぐがっ!!! このガキ!!!」
「そのパーツ!!! 力づくでぶんどる!!!」
反撃してこようとする男に対し、オレは烈火の勢いで連続攻撃を仕掛ける!
「ぐえっ!!! なんだこのガキ! つええ……!」
オレの攻撃を食らいふらつく男にトドメを刺すべく、オレは追撃を仕掛けようとする! しかし!!!
「こうなったら……!!! パス!!! 任せた!!!」
男は近くに居た仲間と思しき男にパーツを投げたのだ!
「なっ!?」
「よっしゃ! 任せな!」
そしてそれを受け取った男の仲間は一目散に逃げ去っていく!
「くっ! くそ!!! 逃がすか!!!」
オレはソイツを追いかけようとするが、スタートダッシュでもう片方の男に妨害され差を付けられてしまっていた為追いつけない! だが……!!!
「ッ!!! リトナ!!! ソイツを止めろーーー!!!」
丁度ソイツの進路上に立っていたリトナに向かってオレは叫ぶ!
「ええっ!!!???」
オレの言葉に、リトナはあたふたと左右を見回す!
だが自分以外に男を止められる人間は居ないと気づくと、リトナは決心した様子で向かってくる男の前に立ち……!
「ええい!!!!!」
大きく叫び声を上げ目をつむりながら、男の進路を塞ぐ様に大きく手を開いた! そして……!
「あん……?」
男は目をつむっているリトナの横を悠々とすり抜け走り去って行った……!
「アホーーーーー!!! 目を閉じてどーすんだーーーーー!!!」
「そんな事言ったってえええ~~~!!!」
もう俺達には追いつけない程の距離をとった男が、後ろを振り向きながら勝ち誇った様な笑みを浮かべる。
「へへっ、もらいだぜ!」
だが、次の瞬間!
「って!」
前方を見ていなかった男は、ドンッ! と目の前にあった壁にぶつかりその場に尻餅をつく。
「何だってんだ……!!!」
いや、正しくは目の前にあったのは壁ではない……!
男の目の前にあったのは2メートルを超える巨漢の男……!!!
「そのパーツ……必要……。置いて行って欲しい……」
男を見下ろしながらその巨漢の男! フラットが呟いた……!
その巨体から放たれる圧倒的な威圧感に男は震えあがる……!
「ひいっ!!! ど、どうぞ!!! 持って行って下さい!!!」
そう叫び声を上げ男は素早くパーツをその場に置くと、一目散に逃げていった。
「しゃあ!!! でかしたフラット!!!」
「やったね!!!」
「や……役に立てて嬉しい……」
照れるフラットに向かってオレとリトナは駆け寄ると、3人で手を合わせその喜びを分かち合うのだった。
そのすぐ後。
パーツ争奪戦に勝利したオレ達はパーツの山を抱え、ジャンク街の隅にある工場に来ていた。
「だあ!!! 取ってきたぞオッサン!!!」
「おう。じゃあ早速ディグに組み込むぞ」
息を切らせながら、オレはパーツの山をその場に降ろす。
そう、オレ達が持ってきたパーツはディグを完成させる為にとオッサンが取りに行かせた物だったのだ。
オレ達が取ってきたパーツを吟味する様に手に取ると、オッサンはディグの整備に向かう。
そして、その場にへたり込んでいたオレ達に向かって言った。
「ああそれと、他の必要なパーツを書きだしておいた。今すぐソイツも取ってこい」
「はあ!? まだあんのかよ!?」
「当たり前だろうが、これっぽっちのパーツで足りるか。あと十往復はしてもらうぞ。ほれ、他の奴に全部持ってかれる前に走れ走れ」
「くっ! くそーーー!!! 行くぞお前ら!!!」
そう叫びながらオレは無理矢理足を動かすと、もう一度ジャンク集積場へと向かう。
その後オレ達は、日が暮れるまで工場とジャンク集積場を往復し続けたのだった。
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