共に歩く理由

数日後のとある日……。


「……つまり、騎士機程の重量の物体を自走させる為には魔力による補助が必須であり」


教本を開きながら、ジエド教官が整備の授業を行う。しかし……


「…………ぐぅ」


チラリと視線を送った先には、居眠りをしている生徒の姿……。


ラディウス・ロッド

整備科の問題児。


騎士科生徒との諍いは数知れず、サボリなどは日常茶飯事。

むしろ今日は授業に出ているだけマシな方と言えるだろう。


だがこの日は、少しだけ状況が違った。


「…………うーん」

「…………すやすや」


他にも居眠りをしている生徒が二人。

リトナ・リアスとフラット・ボルドーだ。


問題児であるラディウスと付き合いの深い友人ではあるが

ラディウスと違い二人は真面目な生徒で、普段ならば居眠り等はありえない事だ。


(余程疲れているのだろうか? 物凄く疲労している様に見える。こいつらは一体何を……?)


注意する事も忘れ、思わず考え込むジエド教官。その時……


カーン! カーン!


今日の授業終了の鐘が鳴り響いた。


「……本日はここまで」


ジエド教官がそう告げた次の瞬間! 


「ッ!!!」


先程までぐっすりと眠っていたラディウスがバッと目を覚まし立ち上がる!


「リトナ! フラット! 行くぞ!!!」

「んあ……? ま、待ってよラディ……!」


そして同じく眠りこけていたリトナとフラットを叩き起こし、三人で教室を出て走り去って行った。

その様子に、同じクラスのナージア・ロウが唖然とした様に呟く。


「あいつら……最近何やってんだ?」


他の整備科の生徒達も同じ様に、首を傾げながら彼らを見送るのだった……。






学園の授業が終わったそのすぐ後。

オレ達はダッシュでジャンク街へと向かい、ディグの整備を行っていた。しかし……


「むう……全然分からん……」


整備用のハッチを開き内部構造を確認するが、何をどうしていいのかサッパリ分からない。

手元のマニュアルを見ながら目の前の配線に向き合う。


「整備の授業はほとんどサボってたからな……。えーっと、多分……こうか?」


そう呟きながらオレが配線に手を伸ばそうとした、その時……!


「うわあああああっっっっっ!!! 待って!!! 待ってラディ!!!!!」


ダッシュで駆け寄ってきたリトナがオレを止める。


「ここの配線はそうじゃないよ!」


そして俺の代わりに、リトナは手際よく配線をいじっていく。

そんなリトナの様子に、オレは呟く。


「すまねえリトナ……、お前とフラットに頼りっぱなしで。オレは全然役に立ってねえな……」


面目無さそうに呟くオレに対し、リトナは……


「えっ?」


目を丸くしながらそう答えた。

意味が分からないと言ったその表情に、オレも思わずどういう事かと首を傾げる。その時……!


ヒュンッ!


「ッ!」


目の前に投げつけられた物をオレは咄嗟につかみ取る!


「……木剣?」


投げつけられた物体、それは訓練用の木で出来た剣だった。


「付いて来い、お前はこっちだ」


そう言って、剣を投げつけてきたオッサンはオレを工場の外に連れ出した。そして……






ブンッ!!! ブンッ!!! ブンッ!!!


ひたすら木剣が風を切る音が響き続ける!

オッサンに連れ出されたオレは、全身から滝の様に汗を流しながら必死に素振りをし続けていた!


「遅い!!! お前の剣には無駄が多すぎる!!!」

「んな事言ったって!!!」


オッサンの言葉に従い素振りの速度を上げる。しかし……


「今度は剣先がブレているぞ!!! もっと神経を研ぎ澄ませろ!!! お前は自身の身体能力に頼りすぎだ!!! 騎士決闘で剣の腕が必要と言っても、お前の筋力がそのまま機体に反映されるわけじゃない!!! 必要なのは技だ!!! 技術を磨け!!!」

「うおおおおっっっっっ!!!!!」


その言葉に、オレは必死で剣を振るい続けるのだった。






その時……。

目の前で素振りをする青年を見ながら男は考える。


(思った以上に悪くない……)


平民出身だと言うからどうなる事かと思ったが、青年の剣は男が予想した以上の腕前だった。


(子供の頃から今までずっと鍛錬を続けているのだろう、身体の方はほぼ仕上がっている。しかし……)


青年の剣の軌跡を見据えながら、男は顔をしかめる。


(高い身体能力に反し、技術は拙い……。恐らく、教えを乞う師も居らずたった一人、我流で剣を磨き続けてきたのだろう)


もし彼が生まれに恵まれていれば、一角の騎士になっていた事は想像に難くない。


だが現実は違う。

青年は平民の出で、騎士機を操る魔力にも恵まれなかった。

いくら剣の腕を磨こうとも、コイツが騎士機を操れる事はない。


(それでも……コイツは剣を振るい続けた。ただ単に現実が見えていない馬鹿なのか、それとも……)


素振りを続ける青年を残し、男は工場の中で整備をしていたリトナ達の元へ向かう。

その時、工場内に戻ってきた男にリトナが整備について確認を取りに来た。


「あ、えっと……。すみません、ここの機構はこれでいいですか?」


男はリトナの仕事を確認すると頷く。


「ああ問題ない。お前とフラットは優秀な機械工だな」

「ははは、まだ学生ですけれどね」


その時、男はふと浮かんだ疑問を口に出す。


「見た所、お前とフラットは真面目な学生みたいだが。何でアイツに付き合ってるんだ?」


男は汗だくで素振りし続ける青年を顎で指し示しながら問いかける。

その問いに、リトナは少し恥ずかしそうにしながら答えた。


「えっとそれは……。……僕がラディに付き合うのは、彼に助けてもらった恩返しなんです」

「恩返し?」


そう言って、リトナは男に入学して間もない頃の出来事を語った。






騎士機を整備する機械工に憧れ、学園の門をくぐったリトナ。

しかし入学直後、彼はその特異な外見と人一倍臆病な態度から、横暴な騎士科生徒に目を付けられてしまう。


「おい! 聞いてんのかよ!」

「ひっ! す、すみません……!」


校舎の陰で複数の騎士科生徒に囲まれるリトナ。

絡まれた理由は騎士科生徒の質問に対し、おどおどした態度でまともに答えなかったからというだけだった。


たまに通りがかった生徒が何事かとリトナ達に目を向けるが、リトナを囲んでいる生徒達が騎士科だという事に気付くと、そそくさとその場を立ち去っていく。


その時、リトナを囲んでいた生徒達が言った。


「さっきからずっとびくびくした態度ばっか取りやがって、お前本当に男か?」

「ああそれ俺も気になってた。女みたいな顔してるよなこいつ」

「脱がしてみりゃ分かるんじゃねえか?」

「なっ!? やめて! やめてください!」


そして男達がニヤニヤと笑いながらリトナの制服に手をかけようとした……その時!


「っ!!!」


凄まじい威圧感に一斉に振り返る騎士科生徒達!

男達の視線の先に、剣呑とした雰囲気を漂わせた一人の男子生徒が立っていたのだ!


「……」


彼は無言のままその場に立ち尽くし、冷めた目で真っ直ぐ騎士科生徒達と彼らに囲まれているリトナを見つめていた。

その時、騎士科生徒の一人がその男子生徒に向かって怒鳴る様に言う。


「な、なんだテメエ!」


しかしその言葉に対しその男子生徒は全く臆する事なく、敵意を露わにしながら答える。


「……テメエ?」


その言葉と同時に、その男子生徒から更に剣呑な空気が漂い始めた!


「うっ……」


彼から放たれる威圧感に、数名の騎士科生徒がたじろぐ! しかし……


「まあ、落ち着けよお前ら」


その時、騎士科生徒達の中でリーダー格の男がその男子生徒の前に立つと言った。


「何見てるんだお前? 混ざりたいのか? それとも正義のヒーロー志望か?」

「……別に何でもねーよ」


リーダー格の生徒の言葉に、その男子生徒はつまらなさそうに答えその場を立ち去ろうとする。だが……


「だったらとっとと行けよ。平民が俺達騎士科の邪魔してんじゃねえ」


リーダー格の生徒が放ったその何気ない一言に、彼はピタリと足を止めた。


「騎士科? じゃあお前ら貴族か?」

「は? だったらなん……」


そうリーダー格の生徒が答えようとするより速く!!!


ドガッ!!!!!


彼は目の前の騎士科生徒に向かって殴り掛かっていた!


「だったら!!! オレの敵じゃねえか!!!!!」


そこから先の彼の闘いはすさまじかった。


まさに電光石火の様な勢いで次々と向かってくる相手をなぎ倒し、10人近くいた騎士科生徒達を全員、一人で倒してしまったのだ。


「チッ……。くだらねえ……」


その男子生徒は、うめき声を上げながら倒れ伏す騎士科生徒達に向かってそう不機嫌そうに呟くと踵を返し歩き出す。その時……


「ま、待って!!!」


立ち去ろうとする彼を咄嗟に呼び止め、リトナは言った。


「その……助けてくれてありがとう」


だがその男子生徒は冷めた表情のまま、ぶっきらぼうに返す。


「別に……オマエを助けたわけじゃねえ」

「え? じゃあ何で……?」

「……気に入らねえんだよ、コイツらみたいに大して強くもないくせに偉そうな奴らが」


そして彼はリトナに背を向け……


「それと……やられっぱなしで戦おうとしない奴もな」


そう言い放った。

その言葉にリトナは苦笑いを浮かべながら答える。


「そうだね……君の言う通りだと思う……。でも、僕は弱いから……。僕も君みたいいに強かったら良かったのに……」

「……」


俯きながらそう呟くリトナに対し、彼は背を向けたまま黙っていたが、しばらくして答えた。


「……だったら、次からはオレの近くで絡まれるんだな」

「え? それってどういう……」


首を傾げるリトナに対し、彼は振り向くと……


「そしたら、すぐにオレが殴り込みに行けるだろうが。お前は助かるし、オレはムカツク奴をぶっとばせて一石二鳥って奴だな」


そう言って、ニカっと微笑んだ。

彼のその表情に、リトナは少し呆けた様に見とれた後答えた。


「う……うん! そうするよ!」

「んじゃ行くぞ、えー……えっと?」

「リトナ・リアス、整備科一年!」

「ラディウス・ロッドだ。一応……お前と同じ整備科だ」


その日から、ラディウスとリトナは友人となったのだった。






ラディウスと出会った経緯を話したリトナは、続けて言った。


「誰かに絡まれる度、僕はいつもラディに助けてもらってきた。フラットも似たような物で、孤立していた所をラディに助けてもらったんです」


その言葉に近くで作業をしていたフラットがうんうんと頷く。


「ラディはさっき自分の事を全然役に立ってないって言ってたけど、それは全く逆で。今までラディの役に立てなかった分、今度は僕達がラディの助けになりたいってそう思ってるんです」

「ふん……?」


リトナの言葉を聞いた男は不思議そうに答える。

それに対し、リトナは少し微笑んだ後続けて言った。


「……でも結局。きっとそういうのは全部後付けの理由で、本当は理由なんてないんだと思います」

「理由もなくこんな苦労をしょい込んでるのか?」

「ええ。だって僕達は彼の友達だから」


その言葉に男は少し面を食らった様に目を丸くする。そして……


「ただの馬鹿って訳でもなさそうだな……」


そう呟く様に言って、フッと軽く笑みを浮かべたのだった。





リトナの話を聞き終えた後、男は近くにあった木剣を手に取り外に向かって歩いていく。


「フッ! フッ! フッ!」


外ではひたすら素振りを続けるラディウスの姿。


「ほう……」


ラディウスの剣が描く軌跡に男は満足そうに笑みを浮かべると、ラディウスに向かって告げた。


「おい小僧。素振りはもういいぞ」

「ああ? じゃあ次は何を……?」


ラディウスの質問に答える代わりに、男は手に持っていた木剣を構える。


「ッ!!!」


咄嗟にラディウスも剣を構え、男に対して向き合う。

静かに緊張感を増す中、男が言った。


「どこからでもいいぞ、打って来い」


その言葉にラディウスは木剣を握りしめるが、その場から動けず立ち尽くす……!


(隙が……全くねえ……! 前後左右上下、オッサンの周囲どこから打ち込んでも全く通る気がしない……!)


攻めあぐねるラディウスに対し、男は言う。


「見ただけで相手との実力差が分かるってのは良い事だ。だが、そのままずっと待っていても勝つ事は出来んぞ?」


その言葉に、ラディウスはハッとした様な表情をした後、気を引き締め直す。


(そうだ……オッサンの言う通り。勝ち目がないからと言って、攻めていかなきゃ結果は同じだ……! 勝機が無いなら打ち合いの中で作るしかねーだろ! まずは……攻めろ!!!)


そしてラディウスは手元の木剣を強く握りしめると、男に向かって叫んだ!


「行くぜオッサン!!!」

「フッ……、来い小僧!!!」


木剣のぶつかり合う音が響く中、リトナとフラットは打ち合いを続ける二人の姿に笑みを浮かべると、ディグの整備を続けるのだった。

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