鉄と鋼

謎の手紙に書かれていた地図に従いジャンク街へとやってきたオレ達。

既に日は沈み、夜のとばりが下りる頃だ。しかし……


「ここが……!」

「そう! ジャンク街だよ!」


目の前に広がる景色にオレは思わず圧倒される。


辺りを包むのは無数の照明による煌びやかな灯り。

まるで昼の市場と変わらない……いや、それ以上の賑わいだった。


「なんと! 魔力式蓄電池がこの値段! 明日にはもう残ってないよ! 今が買い時だ!」

「そこの兄ちゃん! ウチの商品見てってよ! 全部ウチで修理した自慢の逸品揃いだよ!」


道の左右には路肩を埋め尽くす程の出店が並んでおり、様々なパーツや機械が所狭しと並べられていた。






ジャンク街


グランネシア南西にある区画で、元は騎士機の廃棄パーツを集積する場所だった。


ところが、この廃棄パーツを拾って修理したり

壊れたパーツ同士を組み合わせ、別の商品として販売し生計を立てる機械工達が集まりはじめる。


これに対し国も、「所詮はただの廃棄パーツ、処分した後のパーツをどう使おうと我々は関知しない」という理由でこれを容認。


そしてこの区画は多くの機械工が集い、多くの出店で賑わう一大商業地帯となったのだ。






「久しぶりに来たけど、やっぱりジャンク街はいいなぁ!」

「リトナ! あれ……!」

「えっ? うわ! 凄い! 魔力式の空気循環装置!? こんな小型で!? 性能は……!」


機械オタクの血が騒ぐのか、リトナとフラットは目を輝かせながら出店を見て回っている。

対してオレはというと……


「はぁ~……」


初めて都会にやってきたおのぼりさんが如く、ぼーっと口を開け辺りの賑わいに圧倒されるばかりだった。 その時……


「よお兄ちゃん! ウチの商品を見てってよ!」


勢いよく客引きをしていた露店の店主が俺に話しかけてきた。

とは言っても、オレはリトナやフラットの様に機械に興味があるわけではない。


「悪いけど他を……」


そっけなく言って通り過ぎようとするが……


「いやいや! 待って待って! アンタ学園の生徒さんだろ!? だったらこういうのはどうだい!?」


露店の店主は聞く耳を持たず、半ば強引に商品の説明をし始める。


「どうだいコイツ! 超小型の蓄音機! この小ささで大容量の記憶装置に魔力式の駆動機関も完備のとてつもない逸品だ! 授業の内容を記録させるもよし、自分の好きな音楽を記録させるもよし! 一度記憶させれば何度でも再生出来る便利な代物だよ!」


よく通る声で商品の説明をする店主。

それを聞いているうちに、オレもなんとなく商品に興味が湧いてくる。


「ほう……? 確かに便利だな……。でも、結構値がするんじゃないか? わりーがオレは騎士科の貴族共と違ってそんな金は持ってねーぞ」

「ありゃ、そうかい? なら……」


そう言って店主は別の商品を取り出す。


「こっちならどうだい? やや性能は劣るが、十分な代物さ!」


店主が取り出したのは先程の物よりやや大型の蓄音機。

とは言っても、十分小型と言える代物だった。


「ふーん……悪くはなさそうだな……。で、値段は?」

「フフフ……聞いて驚くなよ学生さん……。ごにょごにょ……」


店主が周囲を見回しながら、俺に商品の値段を耳打ちしてきた。

それを聞いたオレは思わず大声を上げる。


「はあ!? 本気か!? 大通りの店で買ったらその十倍はするぞ!?」

「本気も本気大真面目! 今だけ! 特別サービス価格だよ!」

「ぬっ……」


店主の言葉にオレの心が揺らぐ。

その値なら、確かに今のオレの手持ちでもなんとか届くのだが……


「こんな代物、明日にはもう残ってないよ~? 手に入れるなら今しかないぜ学生さん~?」

「くっ……! ぐう……! ええい! 買った!!!」


オレは思い切ってそう叫ぶと、手持ちのお金の大半を商品が並べられているテーブルの上に置いた。


「まいどあり!!! それじゃコイツはアンタの物だ! また来てくれるのを待ってるぜ!!!」


そしてオレは小型蓄音機を手にすると、店主に見送られながら満足気にその場を後にしたのだった。






その後……


「あれ? ラディ何処行ってたの?」


オレは他の出店を回っていたリトナとフラットの元へ合流する。


「ん? ああ、コイツをな……!」


そう言ってオレは得意気に先程の小型蓄音機を取り出した。だが……


「えっ!? コレって……」

「聞いて驚け! なんとこの蓄音機がたったの……!」


オレが口にした商品の値段を聞いたリトナは、バツが悪そうに笑みを浮かべると小さな声で呟く。


「あー……まあ確かに……、これならそれぐらいの値段になるね……」

「ん? どういう事だ? コイツがどうかしたのか?」

「えっと……その……。凄く言いづらいんだけど……、まあ実際使ってみれば分かるよ……」

「はあ?」


リトナの言葉に首を傾げつつも、オレは言われた通り適当に蓄音機に音声を録音する。そして……


「んじゃ再生するぞ」


ポチッと再生のボタンを押した。そしてそれと同時に……!

ヘドロをかき混ぜた物を頭から思いきりぶっかけられた様な凄まじく不快な音が流れ出した!


「な! なんだこりゃあ!!! どうなってんだ!?」

「外側だけはしっかりしてるけど……、中身は粗悪な三流商品だね……。まあジャンク街ではよく見る物だけど……」

「ぶっ殺す!!!!!」


リトナの説明を最後まで聞く前にオレはそう叫ぶと、先程の露店の場所まで走って戻る! しかし……!


「いねえ!!! 何処へ消えやがった!?」


先程の場所にあったはずの露店は、テーブルもその上にあった商品の数々も綺麗さっぱり影も形も残さず消えていた。

周囲を探し回るオレに、追いついてきたリトナ達が言う。


「逃げられたね……。まあこれもよくある事なんだけど……」

「ジャンク街は……素人に厳しい……」

「ぐっ! ぐぬぬ……!!!」


行き場のない怒りに拳をわなわなと震わせながら……


「ロクな場所じゃねえなココは!!! くっそ! とっとと目的の場所に行くぞ!!!」


そう叫んで、オレは地図に書かれていた場所へ向かう事にした。

その時、後ろからリトナが叫ぶ。


「待ってよラディ! これどうすんのさ!?」

「ああ!? いらねえ! オマエにやるよ!」


ほぼ全財産で買ったゴミをオレはリトナに押し付けた。しかし……


「えっ!? 本当! やった!!!」


思いの他リトナには好評だった様で、嬉しそうな笑顔で蓄音機を眺めている。

まあオレには必要無い物だったが、コイツが大事に使ってくれるならそれで……


「帰ったら早速分解しよっと!」

「……」


……これだから機械工どもは。

そう思いながらオレは先を急ぐのだった。






等と言った紆余曲折もありつつ、オレ達は地図に示された場所へと向かう。


賑やかな表通りを抜け裏通りへ、そこから更に薄暗い路地へ。

廃材で組まれた住居の間を潜り抜け、ジャンク街の端へ端へと向かっていく。そして……


「……ここか?」


オレ達はジャンク街の隅にある建物にたどり着いた。


三人で目の前の建物を見上げる。

目の前にあるのは工場の様な建物だ。


それなりに立派な作りではあるものの、長らく整備されていないのか周囲は荒れており、建物の壁にもいくつか亀裂が走っていた。


「廃工場……かな? 灯りはついてないね」

「何の工場……?」


建物を見上げながら首を傾げるリトナとフラット。

そんな二人にオレは声をかける。


「とりあえず中に入ってみようぜ、外からじゃ何も分からねえ」

「えっ!? それってマズイんじゃ……?」

「別に悪い事しにきたわけじゃないし、問題ないだろ」

「立派な不法侵入だよぉ……」


おじ気づくリトナの言葉を無視して、オレは工場の入り口に向かった。

ぐるっと建物の壁に沿って移動、工場の正面にあった大きな鉄の扉の前へ立つ。


(何か大型の機械の搬入口か? さすがにこの大きな扉を押して開けるのは無謀だな……)


そう考えたオレは別の出入り口を探して周囲を見渡し、すぐ近くにあった小さな勝手口へと向かいドアノブを回してみた。


「……どうやら鍵はかかってないみたいだな。んじゃ中へ……っと」

「ちょっとラディ~……」


そのままオレはドアを開け工場の中へ入る。


中に入ったオレの目の前に広がるのは大きな空間。

大きさ的にこの工場の殆どを占める空間だろう。しかし……


「何も見えん……」

「真っ暗だね……目が慣れるまで待たないと」

「そんな悠長にしてられっか、どこかに灯りは……」


オレはそう言って周囲の壁を探っていく。


「スイッチ……スイッチ……、ん? これか?」


指がスイッチの様な物に触れる。

オレは迷う事なく、すぐにそのスイッチをオンにした。


「あ! 灯りが!」


すると工場内の灯りが一斉に灯り、工場内が照らし出される。そして……


「ッ! な……なんだコイツは……!?」


オレ達は目の前に鎮座していたその物体に驚きの声を上げた。

目の前にあったのは鉄で出来た三体の巨人……。


「騎士機……か?」


そう、それは紛れもなく騎士機の様に見えた。しかし……


「……あれ? でもこの騎士機サイズが……」

「小さい……、普通の騎士機の半分くらいのサイズ……」

「うん……。それになんていうか……、装飾も全然されてないし……。装甲はただの鉄の板って感じだね……作りかけなのかな……?」


騎士機はその名の通り騎士を模した物。

騎士が着る甲冑の様に、その位に応じた華美な装飾が施されているのが一般的だ。


しかし、目の前の機体はお世辞にも美しいとは言えない

騎士と言うより無骨な鉄の塊、と言った表現が適切だろう。


「なんなんだコイツ……」


出来損ないの様な騎士機を前に、オレは不思議そうに首を傾げるだけだった。しかし……


「……何だろ、よく分からないけどこの騎士機……」

「リトナ?」

「何か……、凄く気になる……!」


リトナはその騎士機に対し何か思う所があったのか、そう呟くと小さな騎士機へと駆け出していく。


「おい! リトナ!」

「ちょっと調べてくる!」


そしてそのまま騎士機の裏側へと走り去っていってしまった。


「……? このオンボロな騎士機の何が気になるんだ?」


首を傾げながら、その場で騎士機を見上げながらリトナを待つオレとフラット。

……その時!


「お前ら……ここで何をしている?」

「ッ!!!」


突然! 背後からの声にオレは勢いよく振り向く!


そこには男が一人立っていた。

みすぼらしい恰好をしたくたびれた中年。

足が悪いのか、右手で杖を突いている。


「物取りなら他所へ行け、見ての通りここには金目の物なんかないぞ」


しかし、帽子の唾から覗く眼光は鋭く、その威圧感にオレは金縛りにあった様にその場から一歩も動けずにいた。


(な……なんだ……? このオッサン何時から居た? 全く気配を感じなかったぞ……?)


オレは口を開く事も出来ず、ただゴクリと唾を飲みこむ。

その時、オレ達を見つめていた男が何かに気付いた様に目を見開いた。


「……? お前らその制服、騎士養成学園の生徒か」


やや警戒を解いたのか、その言葉と同時に男から放たれていた威圧感も薄まる。


「学生がこんな所で何をしている?」

「……ああ、えっとオレ達は……」


事情を説明しようとオレが口を開いた、その瞬間!!!


「ああああああああああっっっっっーーーーー!!!!!」


凄まじい叫び声が工場中に響き渡った!!!


「そうか!!!!! やっぱりそういう事だったんだ!!!!! でも本当に!!!??? 信じられない!!!!!」


そして大声で叫びながら、リトナがこっちへ走って戻ってきた。


「聞いてよラディ!!! フラット!!! 凄いよこの騎士機!!!!!」


嬉しそうに叫ぶリトナにオレは問いかける。


「あん? このオンボロな騎士機の何がそんなに凄いんだ?」

「それがね!!! なんとこの騎士機……!!! 魔力燃焼機関も、魔力循環機構も搭載されていないんだよ!!!!!」


そのリトナの言葉に、オレは意味が分からないと言った様子で言う。


「……? つまりコイツはただのハリボテって事か?」

「そうじゃなくってええええええっっっっっ…………!!!」


オレの言葉にリトナはもどかしそうに地団駄を踏んだ。


「いい!? この騎士機の動力は魔力を用いない一般的な車両と同じ燃料式エンジン!!! 内部機構も確認できる限り全て、魔力式ではなく機械式で構成されていたんだ!!!!!」


そして……リトナは大きく手を広げながら大声で叫んだ。


「つまり!!!!! この騎士機は!!!!! 魔力を持たない人間が乗る事を前提として作られた騎士機なんだよ!!!!!」


そのリトナの言葉に、オレは驚愕の眼差しで目の前の騎士機を見上げる。


「魔力を……持たない人間の為の騎士機……!!!」


その時……


「フッ……」


リトナの言葉を黙って聞いていた男がニヤリと笑みを浮かべる。


「なかなか分かってる奴も居るみたいだな」


そして男は近くの箱に腰掛け……


「ただし、一つだけ訂正しておくぞ。コイツは騎士機じゃない、コイツは鉄鋼機(てっこうき)……」


笑みを浮かべたまま言った。


「鉄(てつ)と……、鋼(はがね)の……、『ディグ』だ」

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