謎の手紙
このグランネシア騎士養成学園には、代々受け継がれてきたある噂話がある。
「雷鳴の装騎士」
そう呼ばれた平民出の天才剣士の話だ。
彼が繰り出す踏み込みはまるで雷(いかづち)の様な音を立て
その踏み込みの後に繰り出される居合は、正に神速。
躱せた者はただの一人とて居ないと言われている。
平民出身でありながら無敗を誇った最強の騎士。
平民で装騎士を志す者ならば、その名を知らない者は誰一人としていない。
そして……
――実際にその姿を見た者も、誰一人としていない。
騎士科主席マーベリックに決闘を申し込んだすぐ後。
オレが一番最初に向かったのは教官室だった。
「ん? どうしたラディウス? それにリトナとフラットもか。 お前ら授業はどうした?」
教官室に入ってきたオレ達にクラス担任の教官、ジエド・ニール教官が問いかける。
怪訝そうな表情を見せるジエド教官に対し、オレは目の前に立つと勢いよく頭を下げる。そして……!
「ジエド教官! オレ達に訓練機を貸してくれ!」
そう思い切って告げた。
だがそのオレの嘆願に対し、ジエド教官は一層怪訝そうな表情で言った。
「何だって? 訓練機を貸す? 一体どういう事だ?」
そう問いかけるジエド教官に、オレは騎士科主席のマーベリックに騎士決闘を申し込んだ事を告げる。そして……
「……なるほど。事情は分かった」
そう神妙そうに頷きながら、しかしキッパリとジエド教官は言った。
「だが訓練機を貸し出す事は出来ない。学園が保有する他の騎士機も全てだ」
「なっ!? 何でだよ!?」
「何でも何もあるか。決闘で訓練機が破損した場合、お前達は修理費用を支払えるのか?」
「そ……それは……」
「そもそも、満足に訓練機も動かせないお前達が騎士科に挑んだ所でまともな勝負にならない。壊される為だけに訓練機を貸し出す事など出来んに決まってるだろ」
そう告げるジエド教官の言葉は、至って「正論」だ。
彼は客観的に物事を見た上で、返すべき真っ当な答えを生徒に告げている。
しかし、それでもオレは納得出来ず食い下がった。
「でも元はと言えば、アイツラが勝手にオレ達の実習時間を奪い取りに来たんだぞ! 学園側は本当にこんな横暴を認めるのか!? 貴族なら何をしてもいいって言うのかよ!?」
そう反論するオレに対し、ジエド教官はゆっくりと息を吐き出してから言う。
「ラディウス。この学園では貴族達が優遇されているとお前は言う、そうだな?」
「違うとでも言うのか!?」
「いいや違わないな……。確かにこの学園では彼ら騎士科を優遇し、彼らの横暴の大半も容認している。私がこの学園に赴任したのは10年程前になるが、この学園はその時からずっと……いや、その前からずっとこうだったんだ」
「だったら! それを何とかするのが教師の仕事じゃねえのかよ!?」
「何とかって何だ? お前ならどうした? この学園の騎士科と整備科による身分制度は、お前が思っているより遥かに根が深いんだ。それにこれは学園に限った話じゃない、世の中の全てがそう出来ている。一教師や一生徒が騒いだ所でどうにかなる問題じゃない事ぐらい分かるだろ」
「くっ……」
言葉を詰まらせるオレに対し、ジエド教官は冷静に告げた。
「悪いが、俺はお前達の力にはなれん。もしアドバイスする言葉があるとすれば……「受け入れろ」と言う他ない。教師として非情に残念な事ではあるが。分かったら授業に戻れ、決闘を破棄したい時はもう一度相談に来い」
「……くっ!!!」
その言葉を聞いたオレは、勢いよく踵を返すと教官室から出ていった。
そのすぐ後、近くで話を聞いていた他の教官がジエド教官に困った様に微笑みながら話しかける。
「騎士科に対して決闘ですか? 今時の生徒は無茶な事を言いますねぇ」
「ええ……彼らは現実が見えていない」
「現実ですか……厳しい事をおっしゃいますな。ですが彼らはまだ若い、もう少し傷つけない様、遠回しな言葉で言ってあげてもよかったのでは?」
「……彼らもいずれ必ず現実と向き合わなければならない時が来ます。それを先送りにすればする程、彼ら自身が苦しむ事になるでしょう」
「ふむ……そうかもしれませんなぁ」
そう静かに答える同僚の教師に対し、ジエド教官は問いかける。
「先生は「雷鳴の装騎士」の話をご存じですか?」
「え? ああ、確か昔学園に在籍していた平民出身の騎士だという話でしたかな? 噂は聞いた事がありますが、実際に見たという話は聞いた事はありませんね」
「ええ。この学園で騎士を志す者なら誰もが知っている伝説の天才剣士……。しかし実際この学園にその様な生徒が居たという記録は残っていない。そして騎士決闘の歴史においても、今まで平民出の騎士が居たという記録もありません」
そう告げるジエド教官に対し、同僚の教師は少し考えた後答えた。
「夢は所詮夢。「雷鳴の装騎士」という存在は、平民でも騎士になれるという願望が生んだ夢物語……という事ですか」
「ええ……。全く、残酷な夢物語ですよ」
そう言ってジエド教官はため息をつくと、自分の仕事に戻るのだった。
訓練機の使用許可を取り付けられなかったオレとリトナ、フラットは
数少ない伝手を頼りに決闘に使う騎士機を借りられないか試みる。だが……
「はあ!? いやいや貸せるわけないだろ!」
「壊されるのがオチだよ……無理だね」
「修理の為の保証金を出せるってのなら貸してもいい。払えないなら帰んな」
当然の様に上手くいくはずもなく、オレ達は途方に暮れ歩いていた。
「もう学園中を歩き回ったけど、やっぱり無理だよラディ……」
「なら学園の外だ! 明日は学園の外で誰か騎士機を貸してくれる奴を探して……!」
そう自信を奮い立たせる様に叫びながらも、オレの心には徐々に諦めの心がにじんできていた。
(学園の外? 一体何処に騎士機を貸してくれる所があるって言うんだ? もうオレにそんな伝手はないし、リトナとフラットだってそんな伝手は持ってないだろう……。結局、オレは戦う事すら出来ずに諦めるしかないのか……!?)
徐々にその視線は下がり、オレは半ば俯いた様な状態で当てもなく歩いていく。
その時、途方に暮れていたオレの耳に微かに風を切る音が聞こえてきた。
「……この音は」
「音? 何も聞こえなかったけど……?」
小首を傾げながら問い返すリトナに答える事なく、オレはその音が聞こえてきた方へ向かって行く。
「ここって……訓練場?」
そう、オレが向かった先にあったのは、騎士科連中が剣の訓練を行う施設。
音はその中から聞こえてきていた。
オレは躊躇う事なく施設の入り口のドアを開け、中に入っていく。
「え!? ちょっとラディ!」
騎士科の施設に堂々と乗り込んで行くオレに対し、驚いた様子で続くリトナとフラット。そして……
オレ達3人が見たのは
日が沈みかける中、一人で黙々と剣を振るい続ける女子生徒、アルテ・レイシュラッドの姿だった。
シンと静まり返った広い訓練場に、アルテの振るう木剣の風を切る音だけが響く。
何時から剣を振り続けているのだろうか? 全身から汗を流しながらただ一人、黙々と剣を振り続けるアルテ。
「あれ? アルテさんだったんだ、こんな時間まで訓練してるなんて……」
その様子を見ながらリトナが呟いた。
「でも珍しいね、アルテさんが一人で居る所なんて初めて見たかも」
リトナのその言葉に、オレは無言のまま立ち尽くす。
「……」
アルテ・レイシュラッドの周りには良くも悪くも人が集まる、だが剣を振るう時だけは別だ。
最初はもしかしたら、一緒に訓練をしようとする奴も居たのかもしれない。
この学校にはアイツ以外にも類まれなる才能が集う
名門出の貴族、武名に長けた装騎士の家系の長男。
だがそんなエリート達もアイツと3合も剣を交わせばすぐに理解する、アイツは「違う」のだと。
誰よりも才能に恵まれていながら、誰よりも努力を欠かさない天才。
そんな人間に誰が着いていける? 誰が共に剣を磨こうと思える?
そしてアイツは一人になる。
だがきっとそんな事、アイツは気にも留めていないのだろう。
例え一人だろうと、何時もの様に黙々と剣を振るい続ける。
何故そこまで強くなろうとするのか? 一体どんな理想を追い求めているのか?
アイツが見ている世界を理解出来る人間はアイツ以外に誰も居ない。
当然ながら……オレにも全く理解出来ない。
そして……
それがどうしようもなく……
「……気に入らねえ」
そうオレが呟いた瞬間、ピタリと音が止まった。
「……ラディウス」
気付くと、アルテは剣を振るのを止めこちらを見つめていた。
オレは俯いていた顔を上げ、何時もの様にアルテを睨みつける。
「……」
そんなオレに対し、アルテは無言で訓練場の隅へ歩いて行くとそこにあった木剣を手に取る。そして……
「……」
無言のまま、オレに向かってその木剣を差し出した。
「何?」
怪訝そうな顔を向けるオレに、アルテは何も答える事なく
木剣を差し出したまま、ただ黙ってこちらを見つめていた。
「……」
オレは黙ってその木剣を受け取ると、アルテから10歩程離れた正面に立ち構える。
それに対し、アルテも何も言う事なくスッと剣を構えた。
次の瞬間!
オレとアルテは同時に踏み込み、剣を振るう!
ガンッ!!! と木剣と木剣がぶつかり合う乾いた音が響き、激しい打ち合いが始まった!
幾重にも響く打ち合いの音──!
「……凄い」
目の前の打ち合いを眺めながら、リトナは思わず口を開く。
「ラディが剣を握ってる所なんて初めて見たけど……、あのアルテさんと打ち合える程だったなんて……」
並の相手なら数合と保たないアルテの剣に対し、オレは一見互角にも見える打ち合いを演じていた! だが……!
ガンッ!!! と激しく木剣がぶつかり、鍔迫り合いの状態になる!
「どうした……ラディウス」
「ああ!?」
「剣に焦りが見えるぞ」
次の瞬間! アルテはこちらの剣を力任せに押し返そうとする!
それに対し、一瞬遅れオレも渾身の力を込めて抵抗しようとした! だが……!
「ッ!」
フッと抵抗が消え、オレはつんのめる様に前に踏み込む!
(しまっ……! 誘われた!)
身体の外に出てしまった重心を、全身の筋肉を使って無理矢理引き戻す!
だがその一瞬をアルテは見逃さなかった!
「フッ!!!」
「チッ!!!」
渾身の力で打ち込まれたアルテの剣を、オレは素早く木剣を構えて受ける!
だが体勢を崩された状態ではアルテの剣を受けきれず……!
「ッ!!!」
オレの手から木剣が打ち払われ、カランと音を立て訓練場の床に転がった。
そしてオレは、その場に膝を突き声を上げる。
「クソッ!!!」
そんなオレに対しアルテはスッと剣を下げると、背を向け告げた。
「ここまでだな」
その背を睨みつけながら、オレはアルテとの力の差を思い知る
(強い……! やはりコイツだけは別格……!)
天賦の才と恵まれた環境、そして常に上を目指す精神力。
オレがどれだけ必死に追いつこうと剣を振るおうとも、その差が縮まる気配は全くない……。
「ぐっ……!」
その時、悔しそうに歯を噛みしめるオレに、アルテは背を向けたまま静か言った。
「……ラディウス。騎士科主席のマーベリック・ハイデンクルトに決闘を申し込んだそうだな」
アルテの突然の言葉に、オレは戸惑いながらも答える。
「何でオマエがそれを……?」
困惑するオレに対し、アルテはゆっくり振り返ると告げた。
「……騎士科代表の一人として、私もその騎士決闘に参加する事となった」
「なっ!?」
「お互いに全力を尽くし、いい決闘にしよう。私からはそれだけだ」
セラはいつも通りの無表情のままそれだけ告げると、オレの横を通り過ぎ訓練場を出ていった。
「アイツが出てくる……!!! アルテが騎士決闘に……!!! だったらオレは……!!!」
たった今敗北した事などもう忘れたかの様に、オレは再び闘志を燃やし始めたのだった。
その後、訓練場を後にし、教室に付いたオレ達は帰り支度を始める。
窓から映る景色は既に赤く色づき始めていた。
「はぁ~、騎士機も見つからない上に相手があのアルテさんだなんて……」
「言ったってしょうがねえだろ! とにかく明日は学園の外に……!」
ため息をつくリトナに軽く怒鳴りながら、オレは荷物の入っているロッカーを開けた。その時……
「ん?」
ひらりと、何かがオレのロッカーから地面に落ちた。
オレは体を曲げ手を伸ばしそれを拾い上げる。
「何だ? 便箋……? 手紙か?」
手元の便箋をくるくる回しながらオレは呟く。
だがその時、リトナが驚いた様子で言った。
「ラディ! それっても、も、も、もしかして……! ラブレターってやつなんじゃ!?」
「なっ!?」
オレは驚いた様子でバッと便箋から顔を離す。
「いやいや……そんなわけ……」
半ば動揺を隠す様にオレは便箋の表と裏を慎重に確認していく。
白い便箋には差出人も何も書かれていない。
「中には……」
便箋の中には紙が一枚入っているようだった、封はされていない。
オレはそれを取り出し中身を確認する。そして……
「あ……? 何だこりゃ……?」
その紙に書かれていた内容を見て眉をひそめた。
「え? 何が書いてあったの?」
「ん? ああ……」
首を傾げるリトナに手元の手紙を渡す。
手紙を受け取り、それを見たリトナも眉をひそめ呟いた。
「何これ? 地図?」
そう、そこに描かれていたのはこの学園都市グランネシアの地図だった。そして……
「あれ? ここに何か印が付いてるね」
その地図には一点の印が付いており、それ以外には何も書かれてはいなかった。
「何だろこれ……何かのイタズラ? それとも、この地図の場所に何かあるって事なのかなぁ?」
首を傾げるリトナに対し、フラットが言った。
「リトナ……、この場所って……」
「え? ……あ! ここジャンク街だ!」
「ジャンク街?」
首を傾げるオレに対し、リトナが答える。
「あれ? ラディはジャンク街行った事ないんだ? まあラディは機械の事には興味なさそうだもんねぇ……。ジャンク街って言うのは、騎士機の廃棄パーツ目当てに機械工が集まって出来た市場の事だよ」
「機械……? 市場……?」
考え込むオレに対し、リトナが問いかけてくる。
「どうしよっか? ただのイタズラかもしれないけど……」
差出人不明の手紙、書いてあるのはある一点に印の入った地図だけ。
普通ならこんな手紙気にしたりはしない、意味が分からないとゴミ箱に捨てるだけだ。だが……
「行くぞ、そのジャンク街に……」
「えっ? もしかして今から?」
そう問いかけるリトナに短く「ああ」とだけ答えると
オレは帰り支度を終え、便箋をポケットに突っ込む。
(何でかは分からない、だが直感がこの場所に行けと言っている)
そしてオレ達は地図に示された場所へと向かう。
その場所に、現状を変える何かが待っていると信じながら。
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