告白
中学卒業後、冒険者高専への進学を蹴ってごく普通の高校へ進学した光佑は、五年間遮断されていたオタクコンテンツを満喫していた。
「マンガ! アニメ! ラノベ! 配信! 日本最高っ!」
異世界帰還者全員に支給される慰労金百万円が原資である。冒険者高専に特待生で入学していればひと月でもらえる額だったが、光佑はこの慰労金だけで十分に満足していた。
入学してからも友人を作ろうとせず、推しの配信者の切り抜きをみながら、いつものとおり一人で昼食を摂っていた時だった。
「緊急速報! モンスター災害が発生しました、直ちに避難してください」
スマホが一斉にけたたましい警報を鳴り響かせる。
「え、まじ?!」
「学校にいる時はそのまま待機だよな?」
「ほんとにヤバい時は冒険者が来てくれることになってるけど……」
モンスターに対抗できるのは冒険者だけ。モンスターに通常兵器が効かないのは、十年前に立証済みだ。スキルを持つ冒険者だけが頼りである。
(情けない……。こんな時くらい役に立てたらいいのに)
クラスメイトが右往左往する中、光佑は自分を責めていた。戦友の多くは今頃必死にモンスターと戦っているだろう。それなのなぜ俺は、教室に佇んでいるんだろうか。
「パラパラパラパラ……」
ヘリコプターの音が聞こえてくる。ダンジョンからモンスターが溢れ出るモンスター災害が発生したのだ。自衛隊や異世界対策庁のヘリコプターがそこら中を飛び回っているのだろう。
「バラバラバラバラッ!」
音がどんどん大きくなる。高校の上空を通過してどこかに向かうのだろうか。ここは東京の西の端に位置する場所。
ダンジョンがある富士山麓から都心へ向かうヘリコプターが通過してもおかしくない位置にはあるが、それにしては音が近すぎる。
「おい! ヘリコプターがこっちに近づいてくるぞ!」
「もしかして冒険者が来たんじゃないか!」
「これでもう大丈夫だ!」
高校の上空で止まったヘリコプターがグラウンドに降り立つ瞬間を見届けようと、学校中の生徒が校舎の窓という窓にかじりつく。
「はぁーーーー!」
まだ上空にあるヘリコプターから一人の美少女が大音声を上げて飛び降りてきた!
「ドンッ!」
パラシュートを開くこともなく、鈍い音を響かせながらグラウンドの上に着陸すると、その美少女は何事もなかったように校舎を見回しながら叫ぶ。
「私は冒険者の黒瀬クロエよ! 鈴橋光佑のいる一年C組はどこにあるの?」
ルーキーのSランク冒険者として絶大な人気を誇る黒瀬クロエの登場に、学校中が歓喜と興奮に包まれる。
「黒瀬クロエがきたっ!」
「かわいー、スタイル良すぎ」
「最強の盾使いなんだよな、配信みたけど“アイギス”強すぎる」
「良かった、私たち助かるんだわ……」
「一年C組はここですっ!!」
大興奮しながら黒瀬クロエの凄さをまくし立てる生徒、アイドルが登場したみたいに黄色い歓声を上げる生徒、安堵のあまり泣き出す生徒……
大歓声が響き渡る中、一年C組の生徒は健気に自分たちの教室の場所をアピールしていた。
「光佑っ、見つけたわよ!」
黒瀬クロエは一年C組のある校舎まであっという間に駆け寄ると、校舎の壁を蹴り上がって四階にあるC組の窓にたどりつきそのまま教室へと飛び込んだ。
「光佑っ!! 休暇はおしまいよ、さっさと光佑の弓で羽虫共を一掃しなさい」
「や、やぁ、久しぶりだね、クロエ」
窓からグラウンドをのぞきこんでいた光佑は、あわてて教室から逃げようとするも、あっさりとクロエに捕捉されて胸ぐらを掴まれる。
「光佑が冒険者高専に来てれば手間が省けたのに、まったく。ダンジョンから羽虫が出たのよ」
「く、苦し……、ふっーーー。羽虫ってあの“大王羽蟲”?」
「そう、光佑の最初の修行相手。撃ち落とすの得意でしょ」
クロエは胸ぐらを掴んだ手を離しながらも、その目はなお怒りに満ちている。「鈴橋光佑は冒険者高専に入学しません」とだけ須田サポーターから告げられて以来、音信不通だったのだから無理もない。
「で、でもさ。大王羽蟲てそこまで強くないだろ? 弓スキルか魔法で倒せば……」
「あのねぇ、大王羽蟲はダンジョンから出たら空の上にいるのよ? 異世界ならペガサスにでも乗ればいいけど、こっちはヘリくらい。大王羽蟲に襲われたらあっさり墜落よ」
大王羽蟲も他のモンスターと同様、通常火器は効かない。冒険者は耐えられても、ヘリコプターは羽蟲の攻撃に対して一方的にやられてしまう。
「そこで光佑の弓の出番よ。地上から長距離狙撃でバンバン撃ち落とせるでしょ? ヘリに乗っても、光佑なら羽虫が近づく前に倒せるでしょうしね。だから、ここに来たのよ」
自信満々、満面の笑みで勝ち誇るクロエ。自分のアイデアを語るうちにすっかり機嫌を直していた。
対照的に光佑の表情はどんどん暗くなっていき、ほとんど死人のような青白さになっていく。
「光佑、早く行こ。羽虫程度ならぶっつけ本番でも大丈夫でしょ?」
クロエは光佑の手を掴み、小首を傾げながら光佑の顔をのぞき込む。
「光佑、体調悪いの? すごく顔色悪いわよ?」
「……クロエ、ごめん。俺はもう弓を射ることが出来ないんだ」
光佑は、できるだけクロエに心配掛けないように笑顔を作って軽いトーンを話そうするも失敗に終わった。
光佑の目にはうっすらと涙が浮かび、体がなにかに怯えるように小刻みに震え出す。
「……理由を聞いていい?」
普段なら遠慮なく理由を問い詰めるであろうクロエが、珍しく許可を求めてくる。それほどに光佑の様子はいつもと違っていた。
(クロエには話していい、いや話さないといけない。命の恩人にこれ以上隠し立てできない)
光佑はそう決意して口を開こうとするが、口が凍りついたように動かない。
自分の無能ぶりを戦友に知られるのが辛い、どこから切り出していいか分からない、黙っていれば痺れを切らしてクロエが帰ってくれるかもしれない……
様々な考えが頭を巡り、思考がなかなか定まらない。光佑の沈黙をいぶかしみクラスメイトがざわつき始める中、クロエは、周囲の反応を気にせず光佑の目をじっと見つめ、手を握りながら静かに待っていた。
光佑がようやく口を開いたのは、一分ほどの沈黙を経た後だった。
「……最後の決戦でさ。パーティーの仲間はみんな死んでしまって、俺だけが生き残ってしまってさ」
「そうね、光佑がいる場所が最激戦地だったもの」
クロエは少し伏し目がちになりつつも、さっぱりとした口調で答える。
異世界に召喚されて五年近くが経過し、異世界召喚者達は練達の精兵となっていた。
精兵の異世界召喚者が現世へ還ってしまう前になんとか蹴りをつけたい。焦った国王は、魔王軍を一気に弱体化させるべく魔王軍主力への攻撃を命令した。
雲霞の如き大軍である魔王軍を打ち破る切り札。それが光佑の長距離から敵を狙撃する弓スキル“隼雷”である。
魔族の得意戦法は、数にものを言わせて波状攻撃を展開し、一騎当千の異世界召喚者達が疲労した後に、魔族の将軍クラスがとどめを刺すというものである。
波状攻撃の成功には、前線の部隊を適切なタイミングで入れ替える必要があるため、将軍と中堅指揮官との緊密な連携が不可欠となる。
その中堅指揮官を光佑が狙撃して魔王軍の統制を崩壊させてしまえばいい、というのが王国軍の作戦だった。
この作戦は図に当たり、魔王軍は数の優位を活かせず劣勢となる。業を煮やした魔族の将軍達は、なりふり構わず光佑を倒すことを決断する。選りすぐりの強兵とともに光佑目掛けて猛攻を開始したのだ。
もはや光佑の生死が、戦いの帰趨を決する状況となる。
光佑を守る王国軍と攻める魔王軍との間で凄惨な戦いが繰り広げられ、光佑のパーティーの仲間は全員戦死してしまった。引き換えに魔族の将軍クラスを多数戦死させたため、決戦自体は王国軍の大勝利に終わったのだが。
「クロエのパーティーが助けてくれたから、おれだけはなんとか生き残れた」
「あの時はみんな必死よ。私はたまたま光佑の命を救う役割を担っただけ」
クロエは光佑の認識をそれとなく修正する言葉を掛けるが、光佑の耳に届いている様子はなくその眼はどこか虚ろだ。
「日本に戻った時、最初は『アイツらの助けてくれたこの命、無駄にはしない』と決意してたんだ。冒険者高専に進学して冒険者になって、ダンジョンからモンスターが出てこないように毎日討伐してやるってね」
「……」
光佑は、目の前にいるクロエではなく、亡くなった仲間へ懺悔するように話を続けていく。
「でも、弓をみるとだめなんだ。俺の頭の中がぐちゃぐちゃになる。どうして俺だけ生き残ったんだろう、なんであのとき助けられなかったんだろうって」
ーーー
光佑のパーティーは、弓使いの光佑、剣士の裕翔、斧戦士の歩夢、魔法使いの加奈の四人編成だった。
スポーツ万能でお調子者の
細身で背が低くくて最初は女の子かと勘違いした
伝統的な魔法使いの服装を「ダサい!」と切り捨ててアレンジした服を着ていたおしゃれな
日本に戻ったら同窓会をやろうぜ! ってみんなで言った時に「キャンプだけは絶対嫌! もう一生分やったわ」て断固主張して、野外で遊びたい裕翔と喧嘩してたっけ。
数ある召喚者のパーティーの中でもとりわけ仲良しで有名なパーティーだった。五年間メンバーが入れ替わることもなく、全員無事に日本へ帰れるかも、なんて話をしていた矢先の出来事だった……。
ーーー
「訓練して戦って飯食って遊んで、五年間アイツらとずっと一緒だったのに、みんな死んでしまった。楽しい思い出もいっぱいあったはずなのにほとんど思い出せない」
光佑は弓を使えなくなった理由を初めて他人に吐き出して気持ちが少し楽になったのか軽く微笑む。
「俺は無能な臆病者になったんだ。もう怖くて弓を射ることはできない。クロエ、せっかく頼ってくれたのに役に立てずごめん」
ずっと手を握っていたクロエが手を離して、一段と距離を詰めてくる。
(平手打ちでもされるのか。いや、鳩尾を殴られるかもしれない)
俺みたいな臆病者は殴られるべきだ。そう考えた光佑は、軽く目を閉じて衝撃が襲うのを静かに待っていた。
「光佑、気がづかなくてごめんなさい」
クロエは、腕を光佑の背中に回すとぎゅっと抱きつく。全くの想定外の出来事に光佑の体が硬直する。クロエは、光佑の耳元でゆっくりと優しい声音で語りかける。
「私もね、最後の決戦は思い出したくない記憶なの。敵も味方も死に過ぎよ。地獄だったわ」
クロエもまた涙をこぼしている。同じパーティーでなくとも五年間苦楽を共にした仲間達が次々と亡くなったのだ。クロエもまた心に深い傷を負って当然だった。
「ただね、忘れないで欲しいの。私たちが勝てたのは光佑の弓のおかげなんだよ?」
「それは……みんなが守ってくれたから」
「光佑がそれだけ敵を倒してくれたからよ」
「……でも、パーティーの仲間が……」
「うん、そうだよね。大丈夫大丈夫」
同じ話が繰り返したり話が飛んだりする光佑を、クロエは優しくなだめながら、しばらくの間耳を傾けていた。
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