峻拒
「お断りします」
鈴橋光佑が異世界帰還者と認定されて数日後。光佑の通う中学の応接スペースで、光佑と政府から派遣された異世界帰還者サポーターの須田彩の二人が向き合って座っていた。
須田から冒険者高専の特待生として破格の条件で勧誘された光佑だったが、即座に断った。
「……理由を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
「もうモンスターと戦うつもりはありません」
異世界帰還者サポーターの須田彩は、口調こそ落ち着いた優しいトーンで話を続けていたが、内心では光佑の強い拒絶に困惑していた。
異世界帰還者の存在が政府公認となり、異世界対策庁が設立されてからすでに十年が経過している。異世界帰還者の持つスキルは、いまや国家の宝といえる貴重な技能だ。
年に一度、異世界にあるウルリナ王国によって無作為に選ばれた中高生百人余りが一斉に異世界召喚される。召喚された中高生は、全員特別なスキルを与えられる代わりに、ウルリナ王国の国王に従って五年間魔王軍と戦うのだ。
異世界で五年間経過すると自動的に現世へ戻るのだが、現世ではわずか一晩しか経過していない。このため、“ワンナイト勇者”と揶揄されることもある。
この異世界で獲得したスキルは現世でも使用出来る。このため、異世界帰還者は冒険者となり、富士山麓周辺に発生したダンジョンでモンスター討伐の任につくことが一般的だ。
鈴橋光佑は、最高ランクであるSランク相当の弓使いである。ランクの低い異世界帰還者ならともかく、Sランクスキル持ちの異世界帰還者が冒険者にならないとなると前代未聞の出来事である。
(冒険者高専に進学したら、Sランクなら入学準備金一億円ももらえるのになんでこの人断ってるの?!)
ただの国家公務員である須田にしてみれば、目もくらむような大金である。しかも、卒業するまでの五年間、月給百万円が保証されているのだ。しかもモンスター討伐ボーナスもある。Sランクなら毎年億を稼ぐことも可能だろうに。
動揺しながらもなんとか会話の糸口を掴もうと須田は話を続ける。
「ご存知のとおり、冒険者は、ダンジョンからモンスターが溢れ出ることで引き起こされる“モンスター災害”の発生を抑止するために、ダンジョンでモンスターを日々討伐する任務につきます。
討伐したモンスターから採取される魔石は貴重なエネルギー資源になります。社会貢献と高報酬を両立できる憧れの仕事なんですよ」
「俺はもう普通の生活がいいんです。戦うことに飽きました」
須田はふっーと息を吐き出す。取り付く島もないとはこのことだ。ただ、Sランクの弓使いは極めて貴重な存在。そう簡単には諦めきれない。
「同期の皆様も光佑さんの進学を心待ちにしてると伺ってます。とくに黒瀬クロエ様は、熱心に光佑様を推薦されてますよ」
黒瀬クロエの名前を聞いて、光佑の体がビクッとなる。黒瀬クロエは同期随一の盾使いで、光佑の命の恩人でもあるのだ。
(俺が冒険者高専に入学しないと知ったら、クロエは怒るだろうな……)
盾がメイン武器のはずだが、巨大な斧を振り回すし、一番の得意技は敵を盾で押しつぶすことだったりする超攻撃的タンク。もちろん、本来的な意味のタンクとしても超一流だ。
スキル“アイギス”で無双する姿からついた二つ名は“不沈艦”クロエ。
クロエは「“不沈艦”?! 美少女の私にふさわしいあだ名をつけなさいよ!」と当初は怒っていたが、敵味方双方へあっという間に浸透したため、渋々認めざるをえなかった。
見た目こそ華奢な美少女なのだが、「生きて日本に帰れる気がしない」と弱気になった同期をしばしば叱咤激励する姿に、“勇者”クロエと陰で呼ぶ同期もいたくらいだ。
「光佑様のスキルは、日本の貴重な宝です。国民はモンスターの恐怖に怯えています。ぜひ冒険者として、討伐に立ち上がって頂けませんか? クロエ様も喜ばれると思いますよ」
須田は、その大きな瞳で光佑の眼をじっと見つめる。その美貌に普通の中学生なら間違いなく顔を真っ赤にして照れてしまうに違いない。
もっとも鈴橋光佑は、戸籍上こそ15歳の中学三年生だが実年齢二十歳の歴戦の戦士である。この程度のことで重大な決意がぶれることはない。
だが、黒瀬クロエのことを考えると心が痛む。異世界にいる五年間、仲は良いほうだったと思うし、なにより命の恩人なのだ。
(本当はクロエの期待に応えたいけど、
光佑は、居住まいを正して最終通告とばかりに冒険者高専の入学辞退を告げる。
「五年間も戦えばうんざりする人だっています。俺がその一人です。クロエには、鈴橋が申し訳ないと言ってたとお伝えください」
須田は、目の前にいる中学生が異世界で五年間修羅場をくぐって来たことを今更ながら思い知る。紳士的な口調だが、有無を言わせぬ凄みに圧倒されていた。
「……冒険者高専へ進学されない旨承知しました。ただ、鈴橋光佑様が希望すれば冒険者高専への入学はいつでも可能です。気が変わりましたら、私須田までご連絡くださいませ」
「心変わりすることはありませんよ」
光佑は、これ以上話すことはないとばかりに席を立ち、静かに応接スペースを出ていった。
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