誓約

「光佑、じゃあ私行くね」

「クロエ……ありがとう」


 クロエは、こんなに情けない姿を見せても光佑を責めずに戦友として尊重してくれた。それなのに弓を射ることができない自分が心底情けない。光佑は悔しさのあまり、涙を流しながら一人立ち尽くしていた。


「大王羽蟲か、異世界召喚されてすぐの頃にさんざん射落としたよな」


 異世界召喚早々、師匠に連れられて訓練がてら辺境の村々を襲う大王羽蟲を狩りにいったっけ。


「大王羽蟲はあの“災厄の山”でしか生まれない毒虫の一種じゃ。古の昔、災厄の山で恨みを抱いて死んだ大王の呪いじゃよ。深き怨恨は死してもなお災いをもたらす」


 いつもおっかない顔をした師匠が、さらにしかめっ面をしながら言うもんだから、恐ろしくてとても印象に残ってる。


「師匠とも、もう一度会ってみたいなぁ」


 あれだけ厳しくて怖かった師匠にすら会いたくなる。異世界はたしかに辛い思い出もたくさんあったけど、楽しい思い出だってあったんだ。


 そう。光佑の本当の願いは、オタクコンテンツを楽しむことでも、モンスターを倒す冒険者になることでもない。


『もう一度異世界に行きたい』


 俺たちを使い勝手のよい駒のように扱った王国のお偉いさんにお礼参りしてやりたい。一緒に戦った騎士たちとまたバカ騒ぎしたい。あの不思議で魅力溢れる異世界の光景を目にしながら、ただ寝っ転がりたい。


 自分の本当にやりたいことに気づいて、また涙が溢れる。召喚される以外に異世界にたどり着く方法などないのに……


 その時、光佑の頭に閃きが走る。


 大王羽蟲は災厄の山でしか生まれない・・・・・・・・・・・・・・・・


 それがなぜダンジョンから現れたのか。あの山で産まれた大王羽蟲がダンジョンを通って、現世にたどり着いたんじゃないか?


(もしかして、ダンジョンの先は異世界に繋がってる?!)


 体の奥底から力が湧き上がってくる。体中が熱くなり、高揚感に包まれていく。ただの仮説に過ぎないのは分かってる。それでも、確かめにいく価値はあるはずだ。


 光佑は、あわてて教室の窓へ駆け寄り、運動場をのぞきこんだ。すると、クロエが運動場をトボトボと歩いてヘリコプターへ向かっている姿が見える。


「クロエーーー!」


 光佑は大声でクロエを呼ぶ。クロエが、驚いて声のする方向を見回している。光佑はクロエに手を振りながら話を続ける。


「俺、異世界に戻りたい! 思い出したんだ、あの大王羽蟲が異世界の災厄の山にしか生息してないって」

「え、え、え?!」

「つまり、災厄の山で生まれた大王羽蟲が、ダンジョンを通って日本に来たんじゃないかな?」


 そう叫ぶと、俺は窓から飛び降りてクロエの元へと駆け寄った。


「え、ここ四階だぞ?! あいつ、まじで異世界帰還者なのかよ?!」


 クラスメイトが光佑の異次元の身体能力にざわつくのも構わず、光佑は、あっという間にクロエの元にたどり着く。


「その仮説は面白いけど、ダンジョン踏破なんてまだ誰も成し遂げた事ないわよ?」

「大丈夫、おれがやる。クロエ、さっきは心配かけてごめん!」


 光佑は、目をらんらん輝かせ声は弾んでいる。さっきまでの光佑とはまるで別人だ。


「光佑、急にどうしたのよ、元気になっちゃって」


 クロエは、涙でにじんだ目を拭いながら心から嬉しそうに笑う。


「クロエのおかげだ。二回も命を救われた気分だよ。本当にありがとう」


 そういって、光佑は屈託なく笑った。


「ほんとに大丈夫なの?」


 クロエはまだ半信半疑だった。ついさっきまで光佑の泣き崩れる姿を見ていたのだから無理もない。心配そうに見つめるクロエに、光佑は不敵なまでの笑顔を見せると己の愛弓を召喚する。


「出てよ、“神弓・隼”っ!」


 上空へ突き上げた拳に、姿を現した弓が握られている。


「久しぶりだな、相棒。初心に戻って、大王羽蟲退治からやり直しだな」


 続けざまに矢を召喚すると、光佑は久しぶりの感触を楽しむようにゆっくりと矢をつがえる。


 光佑の目に神眼が宿り、遠く離れた上空で我が物顔に飛び回る大王羽蟲達の姿が見える。


「ざっと、百匹ほどか」

 

 そのうちの一匹に狙いをつけると、体内で生成される魔素を矢に込めていく。光佑のSランクたる所以は、弓の強さだけではない。魔素を繊細かつ緻密に錬成できる技能こそが、光佑を歴代でも最高クラスの弓使いへ押し上げた要因なのだ。


 ただし、矢の威力を高めるほど魔素をより多く錬成しなければならないためどうしても隙が多くなる。その隙から光佑を守るためにパーティーが組まれたのだ。


 パーティーの仲間の姿が脳裏によぎり、少し錬成が乱れる。光佑の眼から一筋の涙が流れる。


(魔素が暴発したら、光佑死んじゃう!)


 錬成の乱れが手に取るようにわかるクロエとしては、気が気ではない。


 (いざとなれば“アイギス”の盾で光佑を守らないとっ)


 そんなクロエの懸念をよそに光佑は、亡くなった仲間に語りかけていく。


「裕翔、歩夢、加奈! オマエらだけかっこいいなんて俺は許さないからなっ! 必ずもう一度会うからなっ!」


 ダンジョンの先にある異世界は、三人の墓があるだけなのだろうか。ひょっとして過去に繋がってたりしてないだろうか。それに生き返らせることだってできるかもしれない。なんせ異世界は、時空を超えて俺たちを召喚できるのだから、死後の世界から三人を召喚できたても良いはずだ。


 光佑は集中を取り戻し、錬成された魔素が矢に込められていく。


「くらえっ、“隼雷”っ!」


 地球上で最も早い生物の名を冠した矢が、空に光の軌跡を描きながら凄まじい速さで一匹の大王羽蟲を貫く。


「光佑……よかった……」

「な、大丈夫だろ? 残りの羽蟲も直ぐに倒すよ」


 嬉し涙を流しているクロエに微笑みかけたあと、光佑は次々と矢を放ち、残る羽蟲を一掃してのけた。


「クロエ、一緒にダンジョンを潜らないか?」

「もちろん。私ももう一度異世界を見てみたいもの」


 二人は笑い合いながら、ダンジョン制覇を約束するのだった。


 終

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地獄の戦場を生き抜いたSランク弓使いの異世界帰還者は、もう一度異世界へ戻りたい はいそち @haisochima

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