【深海の瞳の少女 -2-】

「馬鹿じゃないの」

 左腕と頭だけになった私に彼女は言いました。彼女を見上げると、ずいぶん背の低くなった私の頭を彼女は撫でてくれました。海のように包み込むような、優しい手でした。

 馬鹿かしら? 馬鹿かもしれない。

 けれど私は後悔していないし、満足しているの。

「こんなに嬉しいのに?」

「あなたの感情なんて知ったこっちゃないわよ。私は悲しいと言ってるの。それをあなたが知ったこっちゃないと言えば納得するしかないんだけど」

「悲しいね」

「……ありがとうね。馬鹿なあなた」

 彼女は長く私と付き合いのある仲間でした。友達と呼んで差し支えはないのですが、遠く血は繋がっているので家族と言っても間違いではありません。それほど深く長く付き合いのある仲間でした。

「命は巡るもの。命を食べ、海に還る。私達の巡りに人間が混ざることがあっても何らおかしくは無い。けど、それでも」

 彼女の瞳からは涙は流れていませんでしたが、いつ流れてもおかしくはないと思いました。

「私はあなたに長く生きて欲しかったのよ。人間になんて関わらないで、ずっと、長く、こうして、海で」

 悪いことをしてしまった、とは思いました。けれどこれでいいのです。

「あなたは見届けてくれたわ」

 そしてあなたは私のことを尊重してくれた。

「止めずに、見届けてくれた」

 優しい彼女。その優しいあなたに、馬鹿な私は頼みごとがあるのです。私は本当に馬鹿でひどいのです。

「お願いがあるの」

 目を細め、嫌そうな顔をしていましたが、構わず続けます。

「最後に私を彼に差し出して。そして彼を外へ出してあげて」

 この島は潮の流れのせいで来ることは難しいですが、出ることは簡単なのです。私は彼の乗るための簡単な船も作っておきました。

 手から水が溢れていくようなため息が聞こえました。私はそれが彼女が承諾してくれたという意味だと分かっていました。長い付き合いですから。

「ありがとう」

 彼女はまたため息を吐きました。

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