第13話 アーカサス辺境伯爵家⑬
「おはようございます。ランド様、お起きください」
「ン……んあ……あぁ、おはよう」
今日は、ルーシィアの声で起こされる。
あの後、就寝するまで固定されていた左右の柔らかい拘束は、既に解かれていた。いつまで、あの状態だったのだろうか、肩に軽い違和感を覚えながら、一度、うつ伏せになってから両腕で起き上がる。
「いま、何分目だ?」
「零分目半くらいです。本日は、昨日、面会予定だった神殿の司教との会見の為、少し早めですが、ご起床していただきます」
「そうだったか……、司教には悪いことをしたな」
「体調が優れなかったので!仕方の無いことでございます」
ルーシィアの発言の”!”は、起き上がった俺の独立勢力を見たせいだ。昨日と同じで、顔を洗い、着付けてもらってから食堂に向かう。
食堂に入るとエバンとアルスに、体調が回復したことと、心配させた旨の言葉をかける。そして、全員で朝食を始めたときに、昨夜、話があったルーシィアの提案を出してみた。
「エバン、これはルーシィアの提案なのだが、発生した魔窟の警備を彼女の知己であるチームメンバーに任せてはどうかな?俺は、いい提案だと思うのだが」
「そうですね。魔窟の出現は想定できない出来事で、それに専属で割く使用人もおりません。形式的なものになりますが、面接して問題がなければ採用しましょう」
「ということだ。ルーシィア、彼らを面接をするので連れてきてほしい。だが、ここの魔窟についての情報は絶対に内密だ。ここのことが他に知られれば、無断で侵入してくるものがいるかも知れないからな」
「承知しました。この後、会いに行こうと思いますが、いつ、屋敷に呼びましょうか?」
「そうですね……、葬儀の隙間に都合をつけましょう。ルーシィアは、メナと共に行動して神殿にお仲間を連れて来てください。参列者を装い神殿裏口でお待ちいただき、メナを使いにして私に到着を知らせてくれれば、タイミングを見つけて面接するという流れとしましょう」
俺の予定をすべて把握しているアルスが、食事の手を止めてルーシィアに指示する。
「アルス、今日の予定はハードだと思うが、どんな感じか?あ、食べながらでいいぞ」
「ですが、失礼に当たります」
「いや、これも効率化のためだ」
「では、失礼して……、朝食後、日中一分目に、今回の葬儀で『
『
「こちらの体調不良でお会いできなかった方だな」
「はい、……そうです。そのあと、各ご親族衆……と短い時間ですが、対面して……いただきます」
「親族衆とは、葬儀の後にまとめて会食するということだったはずでは?」
食事と報告に苦戦するアルスを見兼ねて、俺の疑問にエバンが回答する。
「そのつもりでいたのですが、初見での会談では問題ありと判断いたしました。少なくとも、顔と名を先に知っておくことで、話もしやすくなるかと」
「なるほど、ソニア様とのことがあって、そうした方がいいと思ったのだな」
「はい、我々にとっても有意義な学びとなりました」
エバンはアルスと違い、食事しながらでも普通に会話できる。
「で?アルス、その後の予定は?」
「はい、三分目前にソニア様のもとにお伺いし、できることであれば、ソニア様と共に会場である神殿へ向かっていただきます。葬儀は四分目から八分目ころまでかけて執り行いますが、主に司教と神殿の者が進めてまいります。なので、新たな領主として領民にお姿をお見せになることがランド様の主なお役目となります」
もはや、食べながら話すことを諦め、アルスは、いつもと変わらず予定を告げる。
「時々、休憩を取ってもいいよな?」
「構いませんが、所々で都市の要人たちと接見していただきます」
「うわっ!うそだろぉ~」
「本当です」
過密と思えるスケジュールにうんざりして投げやりになるが、アルスに短い言葉で現実に引き戻される。
「でも、さっきの面談の時間だけは、ねじ込めるようにしてくれよ」
「はい、おまかせください。その後、八分目から九分目頃までご親族衆との会食となり、その後、九分目半まで残りの都市の要人と接見していただきます」
「うげぇ、詰込みすぎるだろ。でも、やるしかないんだよな」
「はい、私共も全力でサポートいたします」
(ここにいるメンバーだけでなく、屋敷の使用人や官吏たちが総動員で動いているんだ。領主になる俺が昨日みたく音を上げるわけにいかないな)
瘴気にやられて、公務を疎かにした昨日を思い出し、自分自身を奮起させる。
「よし、今日、一日、皆で乗り越えよう!」
「「ハイ」」
示し合わせたわけでもないが、力強い返事が部屋中に響いた。
朝食を終えて、自室で公的接見用の正装に着替えさせられた。普段よりもさらに着慣れぬ衣装に戸惑いながら、執務室に向かう。
執務室に到着し椅子に座ると、アルスがこちらの準備が整ったと判断して入室者を呼び込む。
「アーカサス神殿、ロンゾ司教、お入りください」
前室との扉が開かれ、神官服を纏った老齢のドワーフ風の人物が入ってきた。メナと同じくらいの上背で、メナの三倍くらいの恰幅の良い体格で質量の塊といった印象だ。
彼は部屋の中央で立ち止まり、右手を左胸に当て右手の手のひらをこちらに向けた。目を閉じ何かを念じたあと、こちらに向けた手のひらが神魔力により光が集まった。
俺も椅子から立ちあがり、司教と同じ所作を行い神魔力を右手に集める。互いの神魔力が干渉した感覚を確認して、ゆっくり目を開ける。
「おお!これはこれは!ランド様は神術系の修練をされたことがおありのようで……。先頃まで居られた修道院内で師事をお受けになられたのか!」
「はい、邑の修道院で司教のお手伝いをしていた関係で、真似ごと程度ですが、多少使うことができます」
「ン!ンン!!ロンゾ司教。ご挨拶をお願いできますでしょうか?」
挨拶を飛ばして話を始めた司教に、アルスが礼を取るように求める。
「これはこれは、大変失礼いたしました。わたくしは、アム=ロンゾと申します。この都市の神殿で司教を務めさせて頂いております」
ゆったりとした神衣を纏い、ドワーフ族特有の赤茶色の髭をしっかりと蓄え、親しみを覚えるようなゆっくりとした口調と声で自己紹介を終える。
「ランド=アーカサスだ。昨日はお会いできず、申し訳ない」
「いえいえ、体調を崩されたとのこと、回復されたようでお喜び申し上げます」
「ありがとう。我が家族の葬儀は、神殿主導で進めてもらえるとのことだが、問題ないか?」
「はい、お任せください。しかし、先ほどの神魔力には驚かされましたぞ。短時間であの神魔力の高まりは、私と遜色ないほどです。どなたから師事をお受けになられましたか?」
「先ほどの修道院の院長であるジンマール司教からですが、御存じでしょうか?」
ロンゾ司教は、大げさに驚いた風を見せた。
「これはこれは、若領主様から懐かしい名前が出ましたな。三十年前?……いや、四十年? 私の弟子の中にその名前がありましたな」
「え?あの赤熊が弟子!?」
「ノフォフォ……。赤熊とな! たしかに、東の開拓地に向う時には、その片鱗がありましたなぁ。そうか、あ奴めの師事を受けていたのですな」
「ええ、いろいろ、コキ……、いや、お手伝いをさせてもらいました」
ジンマール司教から師事された雑用から神事まで、良いように使われた過去を思い出してしまう。
「左様でございましたか、どの程度、術法を扱うことができますでしょうか?」
俺の過去に触れることなく、話題は術法に移っていった。
「そうですね、『
「それはそれは、この都市の司教でも務まりそうですな。そうなれば、わたくしも楽隠居できるのですが……」
「アハハハ、そうは、うまくいかないものだな。どうやら、私は、ここの領主にならなくてはいけないらしい」
しばらく、俺とロンゾ司教は、術やジンマール司教の話をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます