第14話 アーカサス辺境伯爵家⑭

 歓談の後、ロンゾ司教が話を切り出してくる。


「おおぉ、失念しておりました。先ほど葬儀に関して問題ないと申し上げましたが、故人を送る手順として、『鎮魂刻標の術エングレイビング』を施してから、『塵化の術アッシング』を行うことはご存じの事ですな?」


「そうだな、邑での葬儀もその順番だった。それで、問題とは?」


「はい、見ての通り、わたくしもこの通り歳ですので、葬儀に関する諸事の術を行った後、お二方……、いや、お三方のお送りする術を行えるかどうか……」


 歓談していた時の元気はどこへ行ったのか、急に年寄りを装ってくる。


(たしかに……、結構な神魔力を必要とするな。二人の術を俺に頼みたいということか?でも、神殿にも人材はいるだろうに、食わせ者の老人だな……)


「承知した。ロンゾ司教の許可の下ということで、二人の術を私が受け持とう」


「これはこれは、お聞き届けいただき、ありがとうございます。では、ニナ様とニール様をお願いできますでしょうか?」


 生母と同腹の兄を俺に担当させたいようだが、ふと、昨日のソニアの姿と表情が気にかかる。


「いや、私には、母上とアラン兄を私に任せてほしい」


 司教は、少し意外そうな顔をしたのち、意図を理解したようだった。


「それはそれは、若領主様はお優しい方のようで、結構なことでございますな。おおっと、長居しすぎました。神殿の者を引き連れて来ておりますので、このまま、故人を神殿までお連れさせていただきます。若領主様には、故人のお見送りにお付き合いください」


 そう言って、司教はエバンをチラリと見る。エバンはスケジュール管理しているアルスに判断を委ねる。アルスは、少しだけ俺を見てから笑顔を見せながら口を開く。


「もちろんでございます」


「そうか、では、このまま、お見送りに向かうとしよう」


 見送りの許可が下り、直ちに席を立ち行動を開始する。エバンとアルスが俺とロンゾ司教を、遺体が安置されている大部屋へと案内する。そこには司教が連れてきたという神殿の人達が、準備を終えて運び出す棺の傍で待っている状況だった。


 司教は四つの棺の真ん中に位置取ると、『聖なる加護の術ホーリーエンチャント』を施し始める。効果範囲の全ての邪気や呪術の効果を払う術だ。司教の弟子が懐から取り出した灰のようなものを棺とその周囲に撒き、司教が部屋中に光が満ちるように神魔力を込めると、極めて清浄な空間が創り出された。


「さぁ、皆さまを神殿へ」


 司教の号令と共に、神殿の関係者によって移送が開始される。その妨げにならないように入口の脇に移動すると、ロンゾ司教が屋敷を去る挨拶のため、こちらに歩み寄ってきた。


「では、ランド様。これにて、ひとたび失礼いたします。ですが、一言……」


「ん?なんでしょうか」


 ロンゾ司教は、更に、近づいて小声で話し始める。


「故人の方々に対し、あまり、興味というか、情のようなものが薄いように見受けられます」


「これは……。態度に出ていましたか……」


「私でも気付いたので……。今回の顛末は伺っておりますが、知らぬ者からすると悪い噂を立てる元になるかも知れません。幼い頃に家族と離れて、縁を感じられないように思われての事と推察いたしますが、先ほど、ソニア様をおもんぱかった発言をされた時の気持ちを、故人にもお向け頂ければよろしいかと」


 司教は心配するような表情をして忠告してくれる。だが、俺に意図が伝わっていないと感じたのだろう。周囲に配慮して、さらに小声で続ける。


「そうそう、ならば、こうお考えください。葬儀で行われる一つ一つの事は、残されてこれからも生きていく者に対して、区切りを与えるものだと。伯爵家の葬儀ともなれば、ご家族だけでなく、家来や都市の有力者、そして、領民に対しても、領主が代わる最初の大きな区切りとなります。皆、ランド様の一挙手一投足に注目しています。なので、『家族の死に関心を持たない領主』をどう受け止められるかをお考えあって、隙をお見せになられませんよう、お気おつけください」


(そうか!これからは、皆が俺を値踏みしてくるということか!葬儀が終わるまで領主でないと考えていたが、周囲からすればすでに領主として見られるってことだ。自分のしたいようにだけでなく、周りからの見られ方も考慮した振る舞いが必要と言ってくれているのか)


「ありがとうございます。諫言、感謝します。留意させていただきます」


 司教の言葉は衝撃で、ハッとさせられる言葉だった。素直に受け止め、屋敷の正門まで家族の遺体が、出棺されるのを見送って屋敷の中に戻った。




 再び、執務室に戻り席に着くと、休む暇もなくアルスが次の面会者を呼び込む。


「第一都市、総督、ジタル=アルサス様、お入りください」


 前室との扉が開かれて、二名の男性が入室してくる。杖を突いた腰の曲がった老人を初老の男が介助している感じだ。


「御目通り頂き、ありがとうございます。わたくしは、ジタル=アルサスと申します。ご紹介の通り、第一都市の総督を務めさせて頂いております。」


 ジタル=アルサスという老人は、可能な限り背筋を伸ばして、しわがれた声でゆっくりと自己紹介した。アルサスというのは、アーカサスの系譜から分かれて要職に就いた家にのみ与えられる家名だ。


「隣で私を支えているのは、我が息子のキムンでございます」


「お初にお目にかかる。ランド=アーカサスです。遠い所から葬儀のためとは言え、よくおいでくだされた。誰かジタル殿に椅子を……」


「いえ、それには及びません。本日は、挨拶のみとのことですので、このままで結構でございます」


「そうか、ジタル殿はかなりのご高齢と見受けられるが、お幾つになられましたか?」


「今年で七十三になりました。そろそろ、神の使いか、悪魔の使徒がやってくる頃ですな」


 その老人は、ホッ、ホッ、ホッと短く笑い、付き添いの息子が困った顔をする。


「そんなことをおっしゃらずに、お身体をご自愛ください。これから、いろいろ教えていただくことがあるかもしれません」


「私など……、そこのエバン殿の方が、より多くの知識と経験をお持ちですぞ」


「何も知らない私にとって、いろいろな方の知識があった方がいいのです。まったく、これから覚えることが山積みなのです……。キムン殿は、既に、総督のお仕事をなさっているのか」


「いえ、いたらぬ身で、父に任せっぱなしでございます」


 キムンは、話し始めこそ、こちらを見ていたが、次第に床に視線を落としていく。


「ジタル殿もお歳なのだから、いろいろサポートしてあげるといい」


 キムンは、視線を戻さないまま、ハッ、と少し暗い声で応える。


「それでは領主様、我々はこれにて退室させていただきます」


 キムンよりジタルの方が、はっきり話しているように見えるのが不思議だった。そうして、第一都市の総督親子は退室していった。


 俺はアルスに次の呼び込みを待たせ、執事の二人を呼びよせた。


「あの親子には、何かあるのか?」


「入手している情報では、キムン様には三人のご子息がいらっしゃいます。キムン様を後継ぎにしたいジタル様と、自身が継承したい他の子息との間で不穏な状況の様です。キムン様は、対立するくらいであれば、弟のどちらかに譲っても良いようですが、弟たちは、キムン様の排斥を考えているようです」


「次男や三男に継がせるということはしないのか?」


「前領主である御父上もジタル様に、そう、勧めていましたが、そのようになさる意思はないようです」


「皇国の件もある。個別会談の時に話を聞かないといけないかもな……。この話は、留意しておこう。では、第二都市の総督と会うとしようか」


 二人の執事は、スッと礼を取り元の配置に戻っていった。

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2025年12月26日 00:00
2026年1月7日 00:00

ファンタジアン ー辺境伯家の開拓記ー L.10 Thife @tak_win

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