第11話 アーカサス辺境伯爵家⑪

 屋敷を揺らす振動はさっきの一回のみだが、再び、発生しないとも限らない。しばらく、身構え様子を伺った後、側仕えの者たちが動き出す。


「何事でございましょう。地震にしては揺れ方がおかしいようです。アルス、様子を見てきてください」


 エバンが落ち着いた態度を崩さず、アルスに対し指示を出す。それを受けたアルスが直ちに行動に移る。同時に隣室から侍女の二人が急いで入室してくると、俺の近くで警戒する姿勢を見せる。ルーシィアの手には、自身の背丈の半分より短いくらいの槍と、鞘に納められた剣がにぎられており、メナはワンドを持っていた。エバンも部屋に掛けてある細身の剣を手にしようとしている。


「緊急事態と判断し、お守りいたします。ランド様はこの場からお動きなりませんように」


 ルーシィアが緊張感とは裏腹に、いつもの優しい口調で言うと、メナと共に俺の背後に控える。


(なにかしらの情報が入るまで迂闊うかつに動かない方がいいだろう)


 この室内には四人いるが沈黙がしばらく続く。俺から見た三人には緊張の表情が見て取れる。だが、先ほど出ていったアルスが状況を報告しに戻るまで、結構な時間がかかるのではないだだろうか。


「さて……。この事態を皆はどう考える?」


 俺は、ポツリとつぶやいた。予想していなかったのだろう、エバンは多少驚いた風を見せこちらを向く。


「そうですね……、階下からの振動のように感じました。そうなると、一階か地下で何かが起きたと思われます。何か大きなものが倒れたか……、崩れたのではないでしょうか。一階には……これほどの振動が起きる大きなものは思い当たりませんので、地下に保管されている食材、もしくは、備蓄している備品類が崩れたのでしょうか」


 屋敷を把握しているエバンらしい答えが返ってくる。


(この屋敷には、地下というものが存在するんだな……)


 地下という新しい情報が出てきたが、ここで地下について言及ても仕方ないので、意に介さず話を進めることにした。


「そうだな、で?ルーシィアはどう考える?」


「!?……わたしですか?」


 意見を求められることなんて予想していなかったのだろう、驚いた様子でこちらを見る。


「そうだ、『皆は』と言ったぞ。で、どうか?」


「えっ、えっと、あの……っ!」


「あの……、私からでよろしいでしょうか……」


 突然、振られて困っているルーシアを見て、メナがフォローする。


「ああ、構わない」


「ありがとうございます。エバン様のおっしゃったとおり、階下からの振動であることは確定です。ただ、私たちが警戒する事柄が起きたと想定すると、『侵入者が外壁などを破壊して突入してきた』とか……」


「おお!なかなか、いい想定だな。」


「何か起きたときに、思考を進めることが重要ということですか。……そうなると、突入後のこの静けさ……、少人数で手練れといったとこですかな」


 俺がメナの発言に満足するのを見て、エバンは真意を汲んでくれる。さらに、メナが続けて話を進める。


「多くて十名くらいでしょうか……、それも手練れとなると、エバン様とルーシィアさんで二名ずつ防げますか?」


「ああ!問題ない!」


 困り、焦っていた態度が一変して、ルーシィアの表情が引き締まって力強い一言がでる。


「私も大丈夫でしょう」


 エバンも自信ありげに答える。


「私は刺客を相手に出来ませんが、いま発動している灯りの魔法を最大化して、目をくらませることはできます」


「では、前の時と一緒で、メナの発声を合図に、私たちが目を瞑る、ピカッ!……だな!その後で、私たちが制圧する」


 どこか楽しそうにルーシィアが対処の手順を説明をしてくれる。


「ん?前の時?なんのことだ?」


 想定に関する咄嗟の対応ができなかったルーシィアであるのに、想定される敵の撃退手順をスムーズに話すことに違和感を覚える。思わず聞き流しそうになったが、話した言葉を捕らえて質問する。


「あっ、先日まで私とメナは、他のメンバーと探索チームを組んでいました。攻略済み魔窟ダンジョンの管理のために探索者をしておりました」


「先日までって?」


 説明を聞いて更に質問となるのは、ルーシィアだからなのだろうか。


「はい、ランド様の侍女に戻れると聞き、メンバーには迷惑をかけましたがチームを離脱しました」


 ルーシィアの説明に見兼ねて、補足するようにエバンが続ける。


「ランド様をお迎えするにあたり、過去の侍女に声をかけたところ、ルーシィアが応じてくれました。メナは侍女ではありませんでしたが、ルーシィアと共に来てくれました。また、この都市の魔窟ダンジョンは、探索者の出入りが多く魔物が湧き出ることはありませんが、内部では魔物が多く発生します。よって、その内部の魔物を討伐をすることを管理と呼んでおります」


 魔物や魔窟に関する知識はそれなりにあるものの、彼女たちの経緯や都市の魔窟については初耳だった。


「なるほど、さっきのは、その時に使っていた戦法みたいなものか」


「はい!」


 にっこりと侍女の二人が応える。


「ん?でも、メナは生活魔法ではあるが、水と火の魔法も使えるのではないのか?」


「私は、灯り、水、温度の魔法が得意で、火魔法は着火程度しか使えません」


「温度か……。それでも、『大量の水を熱湯にして相手に投げつける』とかすれば、攻撃手段になるのではないのか?」


 灯りのみならず、風呂や部屋の温度調整などをやってのけるメナならば、魔法の組み合わせで攻撃ができるのでは?と提案してみたが、メナは気まずそうな表情をする。


「えっと……、水を発生させると、その場で水がダバァ~と、流れ落ちてしまいます。その後、温度を高めて熱湯にする。といった手順になります。練習すれば同時にできるようになるかもしれませんが……、投げつけるのは、んー……もっと、練習しないと難しいです」


「あ、あぁ、そうか、そうなっちゃうのか」


(ウゥム……、残念。攻撃魔法を扱える術者は、相当な使い手ということなのだろうか?それとも、メナが生活魔法に特化しているだけなのか?)


「す……、すいません。出来るように頑張ります……」


 考え込む俺の姿を見て、ガッカリした姿と捕らえてしまったのか、メナの表情が暗くり弱い口調でそう言った。


「あ!いや……、いやいや、メナならできると思う。これからの為にも精進してくれ。応援してるぞ」


 シュンと落ち込む仕草を見せた彼女に、取り繕うのを瞬時にやめて、習得に向けて背中を押すことにした。


(『この日この時、将来の魔術師もしくは、魔法使いが誕生した』という日が来るのを夢見るのもいいだろう)


「はい!頑張ります!」


 メナの表情は、瞬時にパァ~!っと明るくなり、胸の前でワンドを両手でグッと握りながらガンバルポーズをする。


 今までの会話でこの部屋の緊張感は消え失せていたが、扉をノックする音がしたことで再び、身構える。


「誰か?」


「アルスでございます」


 厳しめのエバンの問いかけに、扉の向こうからアルスの声で返答が返される。


「入室を許可する」


 扉が開かれアルスが入室し、部屋の中央で立ち止まる。その場に立つアルスの顔色は、青ざめており、明らかに体調に異常をきたしているのが見えた。


「アルス、大丈夫か?具合が悪そうに見えるが?」


「はい、お気遣い下さり、ありがとうございます。……ご報告いたします。地下倉庫の壁面が一部崩れておりました。崩れた箇所の先には空間があり……、坑道のように奥へと続いているようです。また、そこから瘴気が漂って来るのを感じます……」


 呼吸が落ち着かない様子で報告を終えると、その場に座り込んでしまう。


「!!、魔窟ダンジョンが出現したということか!? そんな事ってありえるのか?」


 報告に耳を疑いながらも、その可能性についてエバンに問いかける。


「正直、私も驚いております。瘴気溜りから生じるという仮説は聞いたことがありますが……。まさか、屋敷の地下で……いや、それよりも、事実確認が先かと思われます。私めが行ってまいりますので、御身はこのままお控えください」


「いや、俺も行く。俺の……、うん!俺の屋敷での出来事だ。いずれ確認することになるのだから、今しても一緒だ。シャドウイビルやゴブリンであれば斃した経験もある。アルスはここに残れ!エバン、地下倉庫とやらに案内しろ」


 席を立ってルーシィアから剣を受け取り、現場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る