第10話 アーカサス辺境伯爵家⑩

 ソニアとの接見は、実際は短い時間だったのだが、とても長く感じた。


「すまない、勝手に明日の予定を入れてしまった」


 執務室に戻りながらエバンとアルスに謝る。


「いえ、ソニア様をお気遣って下さり、感謝いたします」


「聞いていた通りの御方であったな……。こちら側から一方的に話してしまったが、お言葉を交わさなくともお人柄は伝わってきたよ。でも、何か悲しませてしまったようだ……」


「そうではないかと……。ランド様は、亡き御父上の若い頃に似ていらっしゃるので、御心が動かれたのやもしれません」


「へっ!そうなの?」


(今まで初見と思っていた人たちの俺を見た反応はそこにあったのか)


「これまた、お伝え忘れていましたね。私たちのような古参の者には、そういう印象が強いのかもしれません」


「いろんな手段で、早く皆と打ち解けあっていかないと、誤解が生じることがあるかもしれないなぁ…。俺を見て驚かれると不思議に思うと同時に、こちらも警戒してしまう。何も知らない俺にとって、そういった事前情報が重要ってことだ。どんなことでも教えてくれると助かる」


「承知いたしました。我々も多くの情報をお伝えできるように努めてまいります」


 執務室に到着しデスクに腰を落ち着かせると、アルスが飛び込みの案件を伝えてきた。


「モズレー大臣が、火急の報告があるとのことで前室でお待ちです」


「わかった。会おう」




 アルスが前室との扉を開けて「モズレー様お入りください」と、彼を招き入れる。


 モズレーは、入室するなり話し始める。


「お忙しい中、申し訳ございません」


「大臣。何がったのか?」


「はい、全てのご親族衆が到着されました。それぞれに宿舎を提供しております。そして、個別に会談を求めてきております」


「うん?葬儀後に三家まとめての会食するということでなかったか?」


「そう、ご説明したのですが、それでもと…」


「やはり、皇国からの要求懸念についてか?」


「それであれば、三家に共通する事なので会食時に話題にするでしょう。それぞれ、内密の話らしく内容を話してくれません」


「想定される会談内容について、何か考えつく者はいるか?」


 この場にいるメンバーに問いかけてみる。ここでもモズレーが最初に話を始める。


「第二都市の総督に関しては、後継者問題かと思われます。現当主はヘーネ様で他に親類はおりません。初代領主カイア様のお決めになられた都市総督の継承に関する掟で、相続できるのはその家の直系男子しか認められておりません。現在、先代領主様の特別措置として、女性であるヘーネ様が継承しています。以降は、主家に統治権が戻ることになります。そのあたりの相談かと思われます」


「仮にその相談されたとして、どう処置すべきと思う?」


「掟での記述は、はっきりしていますので会談の時には、憂慮しているとして、決定は後日に先延ばした方がいいと思われます」


「なるほどな……、まぁ、ここの領主を継承したばかりなので検討しておく……みたいでもいいかな」


「はい。それでよろしいかと。他の二家に関しては、第二都市のヘーネ様に養子を出したいとか、婚姻を結んで親類を送り込んで継承させたいとかですかな」


「それも掟だとどうなる?」


「先ほども申し上げました通り、直系のみですので養子での継承も認められておりません。よって、否となります」


 モズレーは、自分で出した仮定を自分できっぱりと切り捨てて答えていく。


「なるほど……、掟でダメだから直談判ってことなのか。これらを全否定したら、彼らはどういう行動に出ると思う?」


「反発するでしょう。しかし、それほど、強い反発でなく、ランド様の出方を見るといったところでしょうか。何にしても、今後の事もあるので慎重に判断する必要があります」


「そういう意味でも先延ばしにするってことだな。他都市の会談内容について考えられることはないか?」


「第一都市は、跡目争いの件でしょうか……」


 この質問にも、間を開けずに答えてくる。


「跡目争い?」


「はい、現総督のジタル様は、よわい七十を超えるヒュームで、三人のご子息と四人のご息女がおられます。ご息女は、全て嫁がれており、後継者も長子のキムン様に決定されております」


「それのどこに問題が?」


「その決定に、残りのご子息たちが面従腹背なのです。ジタル様に対して害をなすことはないのですが、キムン様にはいろいろな嫌がらせどころか、少しでも間違えればお命を奪うようなことまでしているようで……」


 俺はため息をついて、部屋の天井を仰ぎ見る。


「ここでも同じ様な事があったばかりだから、人ごととは思えないな……。それで、先方は何を言ってきそうか?」


「そうですね……。キムン様を正式な後継者とするための、なにか……、確約のような物を求めてくるのではないかと……」


 モズレーは、咄嗟の問いかけにも自分なりの予想を立てて応えてくれる。


「そうだな、予想しか答えられないよな。すまない、参考になった。それで、第三都市は?」


「第三都市については、想定されることすら思いつきません」


「それは、第三都市の内情が安定しているということか?」


「はい、報告を受けている範囲では、第三都市にこれといった問題があるとは聞いておりません」


「そうか、これは、本人に聞くしかないってことだな」


「それで会談の件ですが、お受けするということで調整してもよろしいでしょうか?」


「想定外のことがあるかもしれないから、聞くだけでもしておかないといけないしな。了解した。ただし、葬儀の翌日ということで調整してくれ」


「承知いたしました」




 モズレーが辞去すると、エバンがデスクの前に寄ってきた。一方、アルスは、モズレーがいないことを前室にまで確認に行った後、エバンの横に戻ってくる。


「ランド様、お耳に入れておきたいことがございます」


「モズレーに関係する親族衆のこと、ってとこか?」


「お判りになられますか」


「いやぁ、まぁ、お前たちの様子がな……。で? どういうことか?」


「これは、情報として申し上げます。先ほどお話に上がった第二都市総督のヘーネ様とモズレー殿は、遠い親戚にあたります。たしか、モズレー殿から見ると従兄弟の孫にあたるようで唯一の親戚になるとか……」


「唯一か……。それで、ヘーネ殿の年齢は?」


「確か、十二歳であったかと」


「では、彼女の健康面で何か知られていることは?」


「別段、お身体が弱いなどということは聞いておりません」


 害意のある者が居なければという前提であるが、第一都市の問題よりも寿命的猶予はありそうである。


「で、あれば、モズレーの言う通り、時間をかけて吟味していけばいいな。早急に結論を出す必要もないだろう」


「そうではございますが、モズレー殿は申し上げませんでしたがヘーネ様の会談目的が、ランド様との婚姻ということも考えられます」


「え!?……ゴホッ!ゴホッ!」


 予期して無いことを聞かされて、驚きで思わず息をのんだ時に、気管に唾液が混入したらしくむせてしまった。しばらく咳き込んで、落ち着いたあとで涙目ながらに話を続ける。


「そんなこと……が、あるのか?」


「想定されることです。今のままですと、主家に統治権を返上することになります。しかし、ランド様との御子がお生まれになりその後を継げば、また、総督権は戻る可能性が強まります。ですが、ランド様の婚姻については、失礼ながら皇国との駆け引きの強力なカードであることもご留意ください」


「そうか……。そうなのか。そういう世界に入ってしまったのだな、俺は……」


 自由が利かない身となったことを痛感して、再び、部屋の天井を見上げながら、小さくため息をついた。


「ん?ということは、モズレーは第二都市の件に関して肩入れしているということか?」


「婚姻の件を持ち出さなかったので、そうとは言い切れません。しかし、情のような物はあるのではないでしょうか」


「跡目の問題ねぇ、十二の少女がそんなこと考えるかなぁ?……あ!?そういえば、今回のここの事件で俺という存在がなかった場合、誰が次期領主となったのだ?」


「こればかりは、計りかねます。親族衆から候補を出すことはできましょうが、皇国が直系でないその方を認めるかどうか分かりません。これを機に、皇国が実効支配してくるかもしれません」


「なるほどなぁ……。そうなると、親族衆たちは、『俺という存在のおかげで、それぞれの都市の総督を続けられる』と、いうことでいいのかな?」


「そのお考えでよろしいかと」


「では、第一都市の跡目についても、最終的に俺の承認が必要ってことになるのか?」


「もちろんでございます。今朝、皇国に向けて継承を承認いただくための書状をお書きなさったように、彼らもランド様に対し説明をする義務と、任命を受けねばなりません」


「そうだよなぁ、内容を聞いて……ん!?」


 突然、ズシン!っといった大きめの振動を感じ、屋敷が少し揺れた。地震とも違うとても短い時間の出来事だった。

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