第7話 アーカサス辺境伯爵家⑦
(あぁ……、あのまま寝てしまった……か。)
うつ伏せで寝ていたが、ベッドの心地よさのおかげで首が痛いということもない。
季節は真夏ではあるが、夜は少し冷える……ハズ。修道院では、麻の上掛けに包まって寝ていた。だが、これも生活魔法で適温に保っているせいだろうか?部屋の空気と触れている背中には、寒さを感じることはなかった。しかし、身体の両側から適温より高めな温かさが伝わってきており、更に適度な重さと規則的な呼吸音が聞こえている。
(フエッ!なんだ?これ?)
重たい瞼をゆっくり開けると、周囲は薄暗く目の前に人の顔の輪郭を認識する。懸命に目を凝らすと、どうやらメナのようだ。
(んえ?なんで?)
驚いて目を再び閉ざすが、今度は、直後に背中にゆるく当たるくすぐったい風を感じる。これはおそらく寝息で、背後に間違いなくルーシィアが居るに違いない。二人とも必要以上に俺にくっついて寝ているようで、身を動かすと起きてしまうだろう。
だが、切実な問題がある。体内の排水用タンクが放水時期を知らせている。俺が目覚めた理由はまさにそれだ!さらにマズイことに、トイレの場所もどこだか分からない。
(仕方ない、ムックリと起きて、どちらか目覚めた方にトイレへ案内してもらうしかない)
そう思い再び目を開けると、メナと目が合った。
「おおぅ!」
小声ながらも、驚きの声が思わず出てしまう。
「いかがなさいましたか?」
眠気眼のメナも小声で尋ねてくる。
「あ……、えっと、トイレに……」
メナが身体を起こすと同時に、背後にも同じ動きを感じる。俺も起き上がりながら、背後を確認するとルーシアがこちらを見ていて「こちらです。参りましょう」と、優しく言いながら広いベッドから抜け出す。
薄暗く感じた室内も目が慣れてくると、普通に行動できるくらいには明るかった。どちらか一人で十分だったのだが、二人とも起きて案内してくれる。
用を足してトイレから出ると、扉の前で二人は待っていてくれた。俺の排水タンクが空となり気持ちに余裕ができて、より状況把握ができるようになっていた。
パンツ一枚の俺の目の前には、薄い生地の寝衣を纏った二人の姿があった。かと言って透けて見えているわけではないが、鎖骨から上胸のにかけてのラインと、その延長上にあるぷっくりした乳首の位置がはっきりわかる。それを見てニヤつきそうになるのを押えて、彼女たちに質問をする。
「あーあっ、でも、どうして二人が一緒に寝てたのかな?」
「いつでもお声掛けいただけるようにです」
ルーシィアがサラリと答え、その横でメナがウンウンとうなずいている。
「あぁ、そうか……、まぁ、たしかに助かったけど、そ……そういうもんなのか?」
「はい、どうぞ、ベッドへ戻りましょう」
寝室に戻ると今度は上掛けを被ってベッドに入る。すると「失礼します」と、左右から声がかかり、双方から上掛けが捲られて俺の方に寄ってくる。
目覚める前まではうつ伏せの状態で寝ていたが、今度は仰向けで左右からぴったりとくっつかれる。
「お休みなさいませ」
ルーシィアが耳元でささやくと、メナも同様にささやく。
昨晩までは、ヤングと同室で二段ベッドを上下に分け寝ていたが、今夜は女性二人に添い寝されている。しばらく、身を固くしていたが両脇からの温かさと、昼以降の出来事の疲れとで眠気の方が勝り、そのまま眠りに落ちていった。
「…さま、お起きください。ランド様」
翌朝、呼びかけと小さく体を揺さぶられて目を覚ます。思いのほかすっきりとした目覚めだった。
起こしてくれたのはメナで、彼女は既に仕事着を着用しており、昨夜の添い寝は夢想だったのだろうか?と思わせる。しかし、昨日まで知らなかったトイレの位置を知っている。やはり、彼女たちと一緒に寝ていたようだ。
「おはようございます。ランド様、お加減はいかがですか?」
「ああ、おはよう。とっても良い目覚めだよ」
(昨日までは、部屋の外から聞こえてくる木のバケツを叩く音で起こされてたからな。それに比べれば、今日は妖精にでも語り掛けられたように感じる)
「それは良かったです。お起きになられるようでしたら、お着替えをお手伝いします」
「わかった。起きる」
ゆっくり、体を起こし上掛けを剝いでベッドから抜け出そうとしていると、メナが視界に入った。この部屋を薄暗く照らす光の根源に向かってメナが何やらつぶやくと、魔法の光がより明るく周囲を照らした。
(ああやって、調光しているのか……。やっぱり、メナってすごいんじゃないか?)
着替えの前に用意されていた水桶で顔を洗い、手渡される布で拭きとる。メナが替えの下着を渡してくるので、受け取るとそれはパンツだった。
「え?履き替えるの?」
「あ!お手伝いいたしますか?」
「いや、そうじゃなくって、昨日の入浴の時に履き替えたばかり…ばかりでもないけど、変える必要ある?」
「領主様には、その日の朝には、常に清潔なものを身に着けていただきます」
「わ、わかった」
今はこの屋敷でのルールに従い、目に余るところは改善で変えていけばいい。メナが傍にいることに躊躇するが、パンツを履き替えていく。ちょうど脱いだ時、控室のドアが開きルーシィアが入室してくる。俺のさまを見て、小さく「アッ」と声が聞こえたが、取り直してこちらに近づいてくる。
「お着替え中、失礼いたします。おはようございます、ランド様」
「おはよう、ルーシィア」
二人の女性の前でパンツを履くといった、間抜けな姿のまま挨拶を返す。
「お着替えが終わりましたら、朝食にしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「うん、そうしよう。今の時間は?」
「日中一分目になるころです」
「そうか、朝寝させてくれてありがとう。おかげでいい目覚めだったよ」
「それはよろしゅうございました」
会話を交わしながら着替えを手伝ってくれる。二人のおかげで姿見の鏡で立ち尽くすだけでいいのはラクで助かる。身支度の終わった俺は、二人を伴って記憶をたどりながら食堂へと移動する。
食堂には、エバンとアルスがすでに控えており、挨拶と共に夕食と同じ席に導びかれる。俺が席に着くと、四名の使用人たちはそれぞれの席の横に立ち、「失礼いたします」と、言ってから着席する。テーブルには、朝食が人数分用意されていた。
「早速、対応してくれてありがとう。こうやって、みんなの顔を見て食事ができるのは安心する。ただ、業務上、仕方ないときは、そちらを優先してほしい」
着席した使用人たちは、まちまちに、承知した旨の返事をしてくれる。
「では、『
全員が言った通りの所作を行っていることを確認して、俺自身も同様に右手で鼓動を感じ、左の手のひらを正面に伸ばし神への望みを念じる。すると、俺の左手から淡い光が生じこの部屋を満たしていく。
効果は有毒な物の感知とジンマール司教から聞かされているが、それがどの範囲までなのかは把握できていない。また、これによって感知した箇所の特定も、術者には放った光の密度の違いで視覚的に判る。本来は、負傷者の患部に対して、解毒の必要があるか判別するために使われるのだが、効果範囲を替えることによって、こういった使い方があるのだと司教から教わっていた。
「エバン、アルス、俺を試したな。懐に所持している物を感知した。これで、俺を信じてもらえるだろうか?」
「おお!さすがです。本当に毒の有無を知ることがお出来になるとは、すばらしいです。しかも、その場所までお判りになるとは、我れらの心配も杞憂でしたな」
そう話しながらエバンとアルスは、それぞれ小瓶を取り出す。
「そうだろう。ん?……どういうこと?」
「エバン様が心配されていたのは、害する意思のある敵の存在の確認ができるかどうかでした。ただ、料理に混入した毒の有無だけ知れるのであれば、敵の存在が察知できませんので」
俺の問いかけにアルスが答える。
「なるほど、毒の場所まで察知できれば、その時の状況と合わせて敵も特定できるかも、ってことで、その後の警戒もできるってことか」
「左様です」
「では、満足できる効果があるってことを解かってもらえたってことで、話しながら朝食を摂るとしようか」
食事中に報告や雑談ができるようになることを期待しつつ、とりあえず、みんなで食事をすることができた。
朝食の後は、俺と側付きの三名で屋敷内の各所の見回りをする。傍付きの三名は案内と説明が主な役目で、見回りの主目的は他の使用人が俺と接する機会を設ける為に実施しているようだ。もちろん、使用人からの要望があれば検討案件とするし、俺からの改善指示があれば実施してもらう。この見回りが終わると、あの執務室での政務が始まる。
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