第6話 アーカサス辺境伯爵家⑥

 食事における改善要求に関する一悶着のあとは、大臣と司令官との接見となる。


 まだ、屋敷の内部構造に不馴れな俺は、エバンとアルスに導かれるまま執務室に向かう。


 執務室に入室すると、既に接見対象の二名は入室していて、上座に対し礼を取っている。俺は、彼らの横を通り執務用の机の前に立つと、大臣と司令官は片膝をつき臣下の礼をとる。


「ランド様、政務を担当させていただいております大臣のモズレーと申します。御帰還、まことにおめでとうございます。臣下を代表してお喜び申し上げます。また、かかる事態になったことに、責任を感じている次第であります」


「私は、軍務を担当しております司令官のレストンと申します。御帰還されましたこと、領兵を代表してお喜び申し上げます。モズレー殿と同様、事件を防げなかったことを不甲斐なく、自責するばかりであります」


 大臣たちは、口上を述べた後、今回の事件に対する謝辞をそれぞれつづけた。


「うむ、私に対する両名の臣下の礼、痛み入る。また、かの事件については、既にエバンから一部始終を聞いている。その上で、そなた達に非はないと理解している」


 事前にエバンから、彼らへの対応について指導されていた。そして、さらに続ける。


「この部屋なのだな?清掃されているようだが、若干の血の臭いを感じる」


「はい、執事長、司令官と共に近くに控えていましたが、アラン様があのような暴挙に出るとは思いもしませんでした。また、この件に巻き込まれたニナ様とニール様におかれましては、残念でなりません」


「身内の起こした事件で、両名に心痛を強いていることを詫びる。以後、執り行われる葬儀から始まり、領地の継承、その後の領内統治と、両名には何かと尽力してもらうことになるだろう。父上の時と同様、私にその力を貸してくれ」


「おお、なんとご立派な。喜んで仕えさせていただきます。亡き御父上も頼もしく思っておられることでしょう」


「非才の身に、過分なお言葉に感謝いたします。このレストンも、ランド様のもとで粉骨砕身の覚悟をもって仕えさせていただきます」


 俺と彼らの初見対面は滞りなく終わったが、ここからが本題である。


「さて、両名とも立つがいい。片膝を着いたままでは、これからの話ができない」


 そう言いながら、俺は執務用の机をグルリと移動して椅子に座る。大臣たちは立ち上がり、そこへ執事長であるエバンも合流して横一列に並ぶ。アルスは、隣室に控えると言って退室しようとするが、俺は同席するように命令する。これから間違いなく起きるイベントについて、側仕えとして理解しておいてほしかったからだ。


 執務室の机に少し前かがみで両腕を置き、正面に並ぶ三名に対し案件を投げかける。


「まず、話しておきたいことは、葬儀についてだ。あらゆる観点から、遺体をそのままにしておくわけにいかない。喪主は私が務めるのは確定として、葬儀の日程と場所などについて、腹案を述べてもらいたい」


 あらゆる観点と言ったのには意味がある。人は死ぬと祝福を受けて神のもとに召されるか、そのまま放置されて土塊となり放置される、または、死霊術を受けアンデッドとなって生あるものを襲うものになる。よって、葬儀自体を行うかどうかは別として、適切に神の許に送ることこそが必要なのだ。


「それでは、私から……」


 政務関連の案件に属することなのだろう、モズレーが率先して話を始める。


「御父上がご逝去された後、ただちに御葬儀会場の選定と、神殿関係者との話は取り付けております。日程も本来ならば本日から執り行う予定でしたが、かの事件によって延期しております。また、ご親族衆には、事件のこと、ランド様が御帰還され領主に就任されること、さらに、御帰還後の近いうちに葬儀があることをお話しさせていただいております」


 俺の問いかけに、モズレーが期待以上の回答で応えてくれる。




 親族衆とは、アーカサス辺境伯爵の系譜の中から派生した家のことだ。帰還する馬車の中でエバンから聞かされているが、全てを理解しているわけではない。ただ、主要な三家については熱心に語られたのを覚えている。その三家の家長は、アーカサス領の第一から第三都市の総督の任についており、領内経営において軽んじることのできない重要人物とされる。




「よろしい。では、最短の日程で葬儀を執り行うよう手配してくれ。モズレー、構わないか?」


「ハッ、承知いたしました。明後日に執り行う予定として進めてまいります」


「葬儀の警備については、レストンに任せて問題ないな」


「ハッ、おまかせください」


「では、もう一つ、領内に対し伯爵家を私が継承することの公表はどうする」


 この件についてもモズレーが、「その件につきましては……」と、最初に口を開いて議論が進んで行く。その後、アーカサス領の首脳と呼べる者たちの会議は、二分目近くまでかかってようやく終了した。


 長時間に及んだ会議が終了して、大臣と司令官の退室を見届けた後、俺は崩れるように机に突っ伏した。


「ふぅ~~~」


「お疲れさまでした。御帰還されたその日に、長時間に及ぶ政務をさせてしまい、申し訳ございません」


 大きく一息ついた俺にエバンが穏やかに声をかけてくれる。アルスも近くに侍り、濡れた布を渡してくれる。俺はそれを受け取ると、顔から首元まで拭き上げる。身体に蓄積した熱が一気に引いたような爽快感があった。


「お前たちもよくやってくれた。大臣たちもだ。……俺って、何も知らないんだなぁ……。これからが、思いやられる」


「それは仕方の無いことでございます。これから、ご理解していただくほかございません」


「兄たち……特にアラン兄上は、こういったことの全てを受け入れる覚悟があったのだろうか……。手本となる父を見ていただろうに……」


 そういう俺に執事たちは、何か言いたげな表情であったが口にはしなかった。エバンが口にしたのは、今日を締めくくる気遣いの言葉だった。


「突然の訃報から始まり、長距離の移動と長時間の政務、大いにお疲れになられたことと思います。本日は、自室にお戻りになりお休みください。明日の政務、明後日の御葬儀と激務が想定されます。明日は、少し朝寝できるよう、取り計らうと致しましょう」


「ハハッ。ありがたい、よろしく頼むよ。お前たちも体を労わるようにね」


 執務室を退室する際に彼らにそう投げかける。それに対して、「ありがとうございます」と、エバンが応えてくれて彼とはそこで別れた。アルスの先導で自室の前室にたどり着き、そこで明日の大雑把な予定を伝えられる。真剣に聞いていたのはルーシィアたちで、俺へのというよりも彼女たちに対する伝達だった。




 役目を終えたアルスが退室すると、彼女たちに自室に案内され移動する。


「体をお拭きいたしましょうか?」


「あ……、いや、いい」


「では、こちらの寝衣にお着替えさせていただきます」


「あ、いいよ。自分で着替えるよ。今日は、このまま寝るから、君たちも休んでくれ」


「承知いたしました。それでは……」


 そう言うと彼女たちは、お辞儀をして隣接する彼女たちの控室に戻っていく。


 俺は用意された寝衣を持って寝室に入る。昔から下着で寝ている俺にとって、寝衣に着替えるのは面倒だった。脱ぎにくい着ている衣服を何とか脱ぐと、そのまま、疲れた体を大きすぎるベッドに放り投げた。


 執務室で突っ伏した時と同じように「ふぅ~~~」と、大きく息を吐きだしながら、思っていた以上にフカフカのベッドの感触を味わっていた。


 そうしながらも、執務室でのことを思い出さずにはいられなかった。


 自分自身の無知を思い知らされた。ここに来る馬車の中でも、大臣たちとの会議中でも、ただただ、聞いて理解しようとすることで精いっぱいだ。領土、領民、親族衆、皇国、辺境伯の歴史と近隣領主との関係についてもそうだし、現在の開拓状況、今後の方針、未開拓領域の理解と魔物への対処……。さらに、領内外の政治的問題なんかも数多く存在するが、その中でも皇国が、こちらの都市を接収しようという動きもあるらしい。


 辺境伯爵は、皇国に代わって遠く魔物が多いこの地を守備し、未知領域を開拓することを任されている。よって、一般の皇国貴族とは違って自治権と、魔物との戦闘に備える独自の兵力を持っている。言い換えると、武力を持って領土拡大ができ、更に自治ができる…つまり、皇国に匹敵する勢力であると警戒されているのである。


 開拓当初は問題にもならなかったが、開拓がうまくいき統治領域が広がると警戒される。そういった緊張感を緩和させるのが、皇国に有利な権益配分から始まり、それがさらに進んでいくと、都市や城邑などの譲渡になるのである。こんなことの全てを父、いや、歴代の領主は差配してきたのだ。


 考えると終わりが見えない。見える気がしない。


 そうしているうちに眠りに落ちていった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る