第4話 アーカサス辺境伯爵家④
奉仕が終わった後、ただ、立ち尽くしている俺にルーシアが訊ねてくる。
「ランド様……、こちらは、いかがいたしましょう?」
「あ……、いや、これは……っていうか、いかが?……って?」
「はい、そういうお世話をすることも承知しております」
「承知って……」
俺自身、動揺しているのは自覚している。様子を伺っている彼女たちも動揺しているだろう。しかし、独立勢力だけが動揺を見せることもなく、自己主張をやめる気配がない。
(このまま、本能のままに……いやいや、違う!俺ってそういうやつだったか?突然の状況で混乱しているだけだ。いずれそうなることがあるにしたって、出会ってこの短時間でそういう行為に到っては、俺自身が自分の人格を疑う)
全裸で間近に控える彼女たちに手を伸ばしそれぞれの肩を触る。
(おおっ!やわ……やわらかい!)
二人は顔を赤らめたまま、目を見開いてジッとこちらの出方を待っている。
「君たちの覚悟は受け取った。が、そういうことをしている状況でない。現状にとっての最善をしていこう。君たちには、その手助けを第一にお願いしたい」
そう言いながら、二人の肩を押して距離を取る。今の俺の決意を示した行動だったが、お互いがそれぞれの裸をよりよく見られる状態になってしまったのは事故だ。三人ともさらに意識して顔を赤らめるが、意を決した表情に切り替えたルーシアが一歩引いて膝まずいてうつむくと、メナもそれに倣う。
「失礼いたしました。ですが、常にお傍に仕えていることをお忘れなきよう」
「私も、ランド様にいつでも、いつまでもお仕えします」
「ああ、ありがとう。頼りにさせてもらう」
「では、メナ。ランド様を一緒にお支えしましょう」
「はい、頑張ります」
彼女たちは膝まずいたままの低い位置でお互いに顔を見合わせた後、俺を見上げるが屹立し続ける独立勢力が目に入り、大きく目を見開きながらも赤面して再びうつむいた。
「ランド様……。どうぞ、お湯にお浸かりください。その間に私たちは体を
「わかった」
「足元にお気を付けくださいね」
この状況にのぼせ上がった俺へのメナの適切なアドバイスだ。
床は蒸気によって濡れていて冷たく感じる。
湯が足に触れる際からスロープ状に深くなっていく。足をゆっくり入れてみると、少し熱めでいい感じの温度だ。二歩程度進むと膝上くらいまでの深さに到達し、そこからは同じ深さでさらに三歩くらい進むと壁がある。
壁に背を向けてゆっくり体を沈めていくと、身体に熱がしみ込んでくる。思わず「んはぁ~~」と、深く息を吐いてしまう。
いままで川に入って泳ぐ、という意味で全身が浸かることはあっても、湯に浸かるなんてのは初めての体験だった。湯の中で手足を伸ばしてもどこにもぶつからない。お湯の感触を確かめつつ、視線をお湯からほかへ移す。
湯けむりの向こうには二人の女性が、自分の身体を布で撫でるように洗っている姿が見えた。
(あぁ、修道院の知人に別れを告げることなくここまで来てしまったなぁ……。着いた先のこの屋敷は、物心つく前に放逐された所なんだよな……、これからここに住み着くことになるんだろう。……エバンやルーシィアといったここで出会う人たちは、俺にとって初対面でそれは相手も一緒なんだよな。その初対面の俺にこうまでしてくれるのは、次期当主になるとされているからだ。それを忘れてはいけない。今も、これからも、この先ずっと……だ。街中を通過したときに感じた先祖が紡いだ歴史の重みと、当主としてのこれからへの不安……、やっていけるのかなぁ……)
そんなことを漠然と考えているうちに、視界の中の二人に動きがありこちらに近寄ってくる。湯に入ってくる様子はなく、左右に分かれて湯の
思案している間、視線は二人を捕らえたまま、癖である顎に親指、唇に人差し指の中節部を口に手を当てるポーズをとっていた。
それが、彼女たちにはガン見ポーズと捕らえられたようで、ルーシィアは少し視線を落として言う。
「そんなにじっくり見られますと、さすがに恥ずかしいです……」
「んぁ!ごめん、考え事をしていた」
「何をお考えでしたのでしょうか?」
メナは、恥ずかしそうにしながら言う。
「そんなことよりも、そこで何をしている?」
「旦那様が温まれて、お出になられるのをお待ちしています」
「気持ちいいぞ。君たちもはいってくるといい」
「そんな……、恐れ多いです。お湯で身体を拭わせていただいただけで十分でございます」
「こんなの一人で使うだけだなんてもったいない。いいから、入っておいで」
二人は顔を見合わせて「それでは、失礼いたします」と、言って入ってくる。お湯が揺れるが波立てないようこちらに近づいてくる。俺の左右に移動するとゆっくりと腰を下ろし湯に浸かる。
「それで先ほどは、何をお考えだったのでしょう?」
メナは上目遣いっぽく俺を見て先ほどの問いを繰り返す。
「どうして、君たちがこうまでしてくれるのかと……。答えは出ていて、俺が次期当主となるからだ。だとしても、いま、受けているこの献身はおかしい。父上や兄上たちもこのような献身を受けていたのか?」
「いえ、そうであったとは聞かされておりません」
「ではなぜ?」
ルーシィアの回答に、純粋な疑問を投げかける。
「メナは、私の巻き添えなのでお許しください」
「えっ、ええっ!そうだったんですかぁ!?」
「ごめんね、メナ」
メナに申し訳なさそうに謝ると、ルーシィアは話を続ける。
「私は、第四か五世代目のハーフドワーフです。十歳になる頃に両親を喪い、路頭に迷っていたところを、ソニア様に救っていただきました。当時、アイル様のお世話係は足りていたのですが、ニナ様がご懐妊され、お生まれになる御子のお世話係を教育する、という名目でお仕事をいただきました」
「つまり、俺の世話係だったのか」
「はい、お生まれになってから、数年に亘って御身の近くでお世話させていただきました。しかし……、修道院へと移されてしまい……。御母上のニナ様だけでなく、ソニア様もお嘆きになられておりました。そういう私も、喪失感というのでしょうか……。深く悲しかったです」
「そうか、ルーシィアも幼い頃の俺を知る者なのだな」
「不謹慎なのですが、ランド様がご帰還くださったことが嬉しくて、このような過剰な奉仕となってしまいました。私一人では、勇気がなかったのでメナを巻き込んでしまった次第で……」
話しながらルーシィアは、嬉し涙を浮かべたり、恥ずかしがったり、反省したりとコロコロ表情を変えた。その様を見て俺は大きく笑った。
「ありがとう。ルーシィア。ここに来て一人ぼっちだと感じてたんだよ。けど、少しでも俺を知ってくれていて、寄り添ってくれる人がいると心強いよ。この過剰な献身も俺を思っての事って聞くと嬉しいし……、アハハ、一人の男としても嬉しいから、嫌でなければこれからもお願いしたいくらいだよ」
余裕が出てきたからなのか、ルーシィアを視界に捉えながら語るように話す。すると、ルーシィアは「あっ、ハイ……」と、返事をして赤らめた顔をそむけた。
「それで、巻き添えのメナは、これを聴いて、もう、一緒に入ってくれないのかな?」
今度は、メナを視界の内に入れニヤニヤしながら聞いてみた。
「ランド様がお望みなら……」
「そのランド様はお望みなんだけどね。無理矢理そうしたいと思わないから、メナの気持ちで決めていいからね」
「ハイ……」
メナは視線はそのままに、鼻くらいまで湯に浸かって照れていた
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