第3話 アーカサス辺境伯爵家③

 エバンに連れられて屋敷内に入っていくと、休む間もなく大部屋に通される。その部屋は、外光をカーテンで抑えることで少し暗くなっており、温度操作の生活魔法を使っているようで、外気に比べて少し寒くなっていた。床には簡易的な祭壇が設けられていて、四つの棺が安置されていた。我々の入室と同時に、数名の執事が丁寧にそれぞれの棺の蓋を開けていく。


「長時間の移動でお疲れの所、申し訳ございませんが、お亡くなりになられたご家族との対面をお願いいたします」


 そう言って、エバンは中央の棺に向かって進んで行くのでついて行く。


「御父上、ダルン=アーカサス伯爵様でございます」


 そう紹介されて棺の横から故人の顔を拝見する。正直、父の顔など覚えていない。初めて見るに等しい、生気のない初老を迎えた人物に対し、込み上げてくる感情などなかった。


 それでも、俺は棺の脇に膝をつき、右手を左胸の鼓動が一番感じられるところに置いてから、左手を故人の喉の下あたりに置く。静かに呼吸を吐いて目を閉じ『貴方の魂が、信奉する神の御手によりすくわれ、清められ、輪廻の輪に戻されんことを……』と、心の中で念じた。そして、左手に神魔力をめると、部屋全体を照らすほどの光がてのひらから溢れた。


 これは『鎮魂刻標エングレイビングの術』と、呼ばれている修道院で教わった故人に対する所作だった。神ヤーラスティアラが統括するいずれかの神によって、来世に転生できるよう、故人をしのぶ人たちが神魔力でしるしをつけて、見つけてもらいやすくする、という鎮魂の祈りだった。


 俺の祈りで溢れ出た神魔力を目の当りにした使用人たちは驚いた。万事に落ち着き払っていると思っていた、執事のエバンやアルスでさえも「おぉ!!」、「これほどとは!」と、声を上げてしまうほどであった。


 早々に、父への祈りが終わり、その場から立つとエバンはその隣にある棺へ誘導する。


「御母上、ニナ様でございます」


 そこには細身の女性が横たわっていた。俺を生んでくれた女性ということだろう。それでもやはり、特別な感情はなかった。刺されて血にまみれていたと聞かされていたが、その顔と体は何事もなかったかのように、きれいに整えられていた。


 この細い身体で俺でない実の我が子を守って果てた。彼女に対しても鎮魂の所作と祈りを捧げる。


 次いで長兄ニール、次兄アランに対しても、同様の鎮魂の所作と祈りを捧げる。


 ニールの首には、綺麗な刺繍が施された高級そうな布が巻かれ、そこにある傷を覆い隠していた。また、アランの頭部は木型きがたのような物で固定されていてもなお、不自然な傾きを見せている。


 淡々と、四名に対して祈り終えると、エバンが静かに話しかけてくる。


「お疲れ様でございました。皆さまもランド様の神魔力を感じられ、さぞ、ご満足いただけたことでしょう」


「そうかな……、あんな状態でも俺の事など、覚えてるものなのだろうか」


「……では、こちらへ」


 エバンは答えることを避け、棺の安置されている部屋からの移動を促してくる。俺は振り返ることもなくその部屋を出て行った。




 亡くなった家族との対面を終えて別室に移動する。先ほどと違って窓の無い部屋だった。灯りの生活魔法によって部屋全体が明るくなっているようだ。


 ここで、このあとの予定を執事のアルスから聞かされる。


「この後、湯浴みをして頂き、御召物を替えさせていただきます。次いで、御夕食を召し上がって頂いたあと、夜中一分目前に政務責任者と軍事責任者にお会い頂きます。以上が本日の執務予定となります」


「そうか、まだ、何も知らないので、至らないところが多くあると思う。よろしく頼むよ」


「はい、お任せください。では、ルーシィア、御無礼の無いよう」


「承知いたしました。ランド様、こちらへ」


 アルスに指示されたルーシィアは、奥の部屋へと俺を誘導していく。


 奥の部屋に通じる扉をルーシィアが開けて中に入る。するとそこには、彼女と同じ衣服を纏った娘が居て、頭を下げた姿勢で出迎えてくれた。


「彼女は私と同じく、ランド様付きの侍女でメナと申します。メナ、ランド様にご挨拶を……」


 紹介されたメナという侍女は、緊張しているのだろう、身を固くしてぎこちなく姿勢を正すと、少し恥ずかしそうな面持ちでこちらを見た。


「お初にお目にかかります。ランド様の側付き侍女メナと申します。精一杯、務めさせて頂きます」


「ああ、よろしく頼むよ。俺もここに来たばかりでね。何も分からず緊張してるから、君と一緒に緊張を解いていけるといいね」


「はい、お気遣いくださり、ありがとうございます」


 俺の肩より少し高めの背丈だろうか、くすんだ銀髪でくせ毛の髪型の彼女は、ニッコリとほほ笑えんだ。


「それでは、メナ。これから一緒に、ランド様の緊張も解いて差し上げましょう。では、ランド様こちらへ……」


(ん、何を言っているんだ?)と、思いながらも二人に連れられて、更に奥の部屋に行く。そこは少し湿った熱気が漂うところで、浴場の前室だった。


「それでは、失礼いたします」


 ルーシィアがそう言うと、メナも同じことを小声で戸惑いながら言う。すると、二人は近くに寄ってきて俺の修道着を脱がせていく。


「ん!んん!?」


 突然のことに慌て驚いているうちに、シンプルな構造の修道着を二人は手早く脱がせて俺を丸裸にする。


「準備してから参りますので、先に浴室へおすすみください」


 少し顔を赤らめたルーシィアが、俺の目を見て強めの声で言ってくる。


「え!?あ?あぁ……。分かった」


 そう答えたが、彼女の勢いに押され、よく解からずに浴場へと歩いていく。




 浴室には湯けむりが漂っていて、身体にまとわり付いてくる水蒸気はわずかに熱気を帯びていた。パッと見で十歩から十五歩四方の空間で、生活魔法によって適度な明るさが確保されている。この空間の奥には湯が張られた場所が見える。このお湯も水と火の生活魔法で作り出しているのだろう。


 湯浴みができる量の湯を創り出せるとは、生活魔法の術者といえども相当の使い手だと想像できる。しかし、何とも贅沢な空間だろう。


(修道院では布と水桶で体を拭くだけだったのに……、今までの当たり前が壊されていくなぁ……)


 俺が浴場に入室して呆気にとらわれている内に、背後に人の気配がして「お待たせいたしました」と、声を掛けられる。背後にいる彼女たちは、一体、どんな姿をしているのかと想像すると、振り返ることも返事をすることもできずに直立してしまう。


 赤毛の頭が俺の右横を背後からスルリと通り抜けると、右手を取られ湯が張られている方へいざなわれる。


 自然と……でもないが、目がルーシィアの左乳房と、その先端にある突起を捉えて凝視してしまう。大きめなそれは歩調に合わせて上下に揺れている。


 数歩進んだ所で歩みが止まり、ルーシィアの乳房から顔に視線を移すと、赤らめた顔で俺を見ていた。恥ずかしくなって逆の方向に顔を逸らすと、その先にはメナの裸体が目に入り、こちら側でも目のやり場に困ってしまう。


 ルーシィアは俺の目線よりちょっと低い背丈で、少ししっかりした体形をしているが、女性らしい体のラインが美しい。湯気にあてられたロングの赤髪は、灯りと相まって赤さを増しているように見える。また、先ほどガン見してしまった胸は、両手で少し余るくらいの大きさだろうか、先ほどの揺れから柔らか過ぎない感じがする。それと、馬車で見えた首元の体毛は、短く首全体を覆っているようだ。


 メナは俺の肩より少し高めの背丈で、抱き寄せたらすべてを包み込めそうだ。細身ではあるがいい肉付きの体形をしている。頭髪は、初見のくすんだ銀髪というより白っぽい、何か羊毛に近いモコモコ感がある。視界に入っている胸は、両手でしっかり包み込めるだろう。


 二人の身体をマジマジと見ていると、胸の内に湧き上がる欲情に気づく。それと同時に、こちらを見つめる二人の視線に、緊張の度合いが一層高まり視線を逸らす。


「あ……不躾ですまない」


「よろしいのですよ。ご遠慮なくご覧になってください。まずは、お身体をお流しいたします……」


 ルーシィアは、そう言うとメナと一緒に、お湯で髪を流したり、お湯に浸した布で俺を拭いたりしてくれる。二人の奉仕をただ見ているだけでも背徳感をおぼえる。だが、それに反して股間の独立勢力は(これでもか!)というほどに存在を主張している。


 彼女たちもソレを意識しているのは間違いない。だが、仕事として奉仕してくれているので、独立勢力以外は自制するように堪え、湯けむりの粒子を見抜き数えるかのように、ただただ、虚空をみつめていた。

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