第2話 アーカサス辺境伯爵家②
物心ついてから初めて乗る馬車、想像していたのと違って小刻みに時に激しく揺れる車内、乗り心地は決して良いものではない。車窓から望む景色には邑が小さく見え、その向こう側には魔物が多く生息している森に高い山が見える。その魔境に飲み込まれそうに見える邑に、多くの知人たちを残してその地を離れる自分がいる。
流れる景色に飽きてきた頃、馬車の室内に視点を移すと、正面に座っているエバンとルーシィアの二人がこちらを見ていた。
ルーシィアという侍女は、ロングの赤毛と赤い瞳が印象的だ。パッと見はヒュームに見えるが、ドワーフの血が入っているのだろう、あごの下から首あたりに髪と同色の短い体毛が見受けられる。同い年くらいに見えてはいるが、きっと、年上なのだろう。
冴えない老エルフと、かわいらしい顏の若いハーフドワーフ。このまま、この二人を目の前にして、ただ、座っているのも気まずい。沈黙に堪え切れずエバンに話しかけてみる。
「さて、伯爵家での出来事を聞かせてもらえますか?」
「はい、その前にですが、ランド様、我々に対して丁寧な言葉使いは無用でございます。伯爵家の御当主とおなりになるので、徐々にで構いませんからお改めください」
「はい、そうで……いや、そうか。それじゃぁ、まずは、普段通りにさせてもらうよ」
「ひとまず、それでよろしいかと。修正すべき点があれば教示させていただきます」
「よろしく頼むよ。それで、何があったのかな?」
エバンは、少し言いづらそうに視線を落とした後、再度、真っ直ぐこちらを見て話し始める。
「……四日前のことです。御父上であられる当主がお亡くなりになられました。周囲の者の目撃情報と典医の診断から死因は、卒中であると診断されました」
「そうか、父の死因については、分かった……それで、そのあとは?」
俺の反応に唖然とした表情をする二人。彼らの目には、父の死に無関心であるように映っただろう。事実、本当に関心が無い。
「はい、御父上の葬儀を執り行うにあたり、喪主を決める必要がありました」
「当然だな。順当に、長兄がなるものではないのか?」
「通例ではそうなのですが、ここで家族構成が問題となります。御父上には正妻ソニア様と第二夫人ニナ様という、二人の奥様を迎えておられます。ソニア様の出自は皇国公爵家でニナ様の出自は皇国子爵家なのです」
(うっ、王国の権力的な話になるのか?めんどくさそうだなぁ)
「長男ニール様と四男で末子でもあるランド様の御母上はニナ様で、次男アラン様と三男アイル様の御母上がソニア様といったご兄弟の構成です」
「ほう、俺は第二夫人の子ということか……」
(なるほど、四男で子爵出の第二夫人の子ともなれば、継承することはまずありえない。だから、『将来の禍根を断つために、俺は修道院に入れられた』ということなのか……)
「はい、そうです。それでも、通例では長男が継ぐものなのですが、ニール様とアラン様は出生日が十日しか違っていないことで、生前の伯爵様が後継ぎを正式に決めておられませんでした。それに加えて母方の出自のことが、お二方の対立を招く結果となってしまいました。幼少の頃こそ、切磋琢磨しておられましたが、年を重ねるごとにいがみ合うことが多くなりました」
「何か、きっかけみたいな事は……。ん、まぁ、それは……いいや。母たちと兄弟の関係は理解した。で?喪主の件で何があった?」
(別に兄たちがいがみ合うことの詳細を聞いてもしょうがないな……)
そう、途中で気付いて、俺が戻ることになったであろう本題に話を戻すことにした。
「喪主をお務めになられることは、辺境伯爵家を継承することを周囲に知らせることなります。ニール様も、アラン様も、継承権を争う姿勢を隠そうとせず、一触即発の状態をなだめて話し合いの場を設けました。その場には、私と軍事面トップの司令官、行政トップの大臣が立ち合い、ソニア様、ニナ様、ニール様、アラン様の間で話し合いで決めるはずでした」
「話し合いにならなかった……と?」
エバンは苦い顔をしてうなずくと、しばらく、沈黙した後に話をつづけた。
「はい、お方々が対話の席に着かれてすぐのことでした。突然、アラン様がテーブルを飛び越えてニール様に襲い掛かり、ニナ様がニール様を
「それが一瞬で起きたと……?」
「はい、ニール様の首からも鮮血が噴き出し、その様を目の当たりにされたソニア様が、錯乱状態になってしまいました。立ち会っていた我らが近寄り、床にいらっしゃった御三方を引き離した時には、ニナ様は失血で、アラン様の首はあらぬ方向を向いており、共にお亡くなりになっておりました。ニール様も息も絶え絶えの御様子で、呼びかけに応じられることもなく、間も無くお亡くなりになられました」
「……壮絶だな。それで、彼らが亡くなったことで、俺の存在が浮かび上がったということか」
「お言葉の通りでございます」
俺は腕を組みながら左手の指で顎を摘まむ動作をとる。考える時の癖のようなものだ。
(正直、ここまで聞かされても家族の情が湧いてこない。まるで、物語を聞かされているようだ)
今後の事について、いろいろ思案を巡らし、無口になっていたことだろう。正面を漠然と見ていたのだがエバンとルーシィアは、俺の次の発言を待つためだろうか、口を出すことなく落ち着かない様子で背筋を伸ばして侍していた。
「経緯については承知した。修道院にいた俺には、領主のする役目なんて何も解からないぞ?それでもいいのか?」
「代々の御当主が築いてこられた統治組織がありますので、なるべく早く理解していただければ問題ございません」
「なるべく早くか……」
「はい、わたくし共も全力でサポートさせていただきます」
「ふぅ~~。分かった。了解した」
その後、移動し続ける馬車の中で、エバンからアーカサス辺境伯爵家について、思いつく範囲で質問して諸事に対しての知識を得ていく。
時刻は、日中九分目を過ぎた頃だろう。陽はだいぶ傾いてきたが、この時期は夜中一分目手前くらいまで明るい。修道院を出てから何度かの休息と、二度の魔物の襲撃を受けたが、長い時間をかけてようやく領主館の在る城塞都市アーカサスに入っていく。
城門で一時停車した後、都市内部の大通りを進んで行く。初めて見ると言って過言ではない、車内から見える街並みにも懐かしさの欠片もなかった。
夕方だからだろうか、人の姿は少なく、目に見える都市の景色は活気が無いように見える。
「この規模の都市にしては、人が少ないな」
「ご領主が逝去されたことは、住民にも発表されております。彼らも自主的に喪に服しているようです」
そう言われてみれば、少ない人影であるにもかかわらず、屋敷の方向に向かってだろう右手を左胸に当て祈る人をチラホラ見かける。
「父は、それほど慕われていたのか?」
「御父上だけでなく、歴代の辺境伯爵様が人民に寄り添った良い統治をされてきた結果でしょう」
「そうか……」
ふいに、俺の両肩に伯爵家の歴史がのしかかってきたような錯覚にとらわれた。
人々が祈りを捧げていた方向、街から少し外れた場所に立派な屋敷が見える。馬車はそこに向かっているようだ。
きちんと舗装がされているようで、都市に入ってからは馬車の揺れが気にならなくなった。それでも、今までの長旅のせいで体のあちこちが痛い。もう少しの我慢だと自分に言い聞かせて、馬車から街並みを観察することにした。
ようやく到着して馬車を降り身体を
エバンが「こちらへどうぞ」と、建物の方に歩き出す。左右にはきれいに整えられた庭があり、正面の本館のほかにも見える範囲で二つの建物が見える。
(なんてとこに来ちゃったんだ!ここでこの小汚い修道服も場違い感が……)
目の前を行くエバンは、気後れしている俺を気にすることもなく歩いていた。
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