第9話 ジャンヌ魔女裁判の裏舞台

――人々はしばしば、自分の理解を超えた存在を「魔女」と呼んで断罪する。それが意図的な陰謀であれ、集団ヒステリーであれ、“火刑”という凄惨な終焉を演出する格好の口実となるのだ。かつて、ジャンヌとアルティの姉妹がまさにその犠牲になりかけた事件がある。後に二人が革命軍へ合流し、枢機卿リシュリューに抗う要となった裏には、こうした“魔女裁判”での深いトラウマが横たわっていた。


本章では、その当時に何が起こったのかを振り返る。裁判の舞台裏で誰がどんな思惑を抱き、姉妹を追いつめ、どのような形で救出へ向かったのか――その詳細を追うことで、現在の戦いに至るまでの伏線が明らかになる。ジャンヌはなぜ炎を恐れるのか。アルティが見る“火刑の悪夢”とは何を意味しているのか。枢機卿リシュリューはどれほど狡猾な手段を使い、民衆の恐怖を煽り、神の名を騙って自らの権威を高めようとしたのか。これらが複雑に絡み合い、姉妹の運命を狂わせようとした過去が、いま静かに浮かび上がる。


一、魔女扱いされたジャンヌとアルティ


1. 始まりは些細な違和感から


事件の発端は、それほど劇的なものではなかった。ジャンヌとアルティが幼いころから一緒に暮らしてきた地域で、突然「彼女たちは不思議な力を持っている」「死んだはずの人の声を聞いた」などという噂が立ったのだ。周囲の村人や小さな教会の神父が、「あの姉妹は普通じゃない」「異端ではないか」と騒ぎ立て、いつしか“魔女”のレッテルを貼る空気が形成されていた。

もちろん、彼女たちが炎を呼び出したわけでも、呪術を使ったわけでもない。ただ、ジャンヌがしばしば“火刑の夢”にうなされる様子を目撃され、悲鳴を上げたり、夜中に奇妙な言動を取ったという誤解が広がっていた。また、アルティがかすかに未来を予感するような発言をしたことが「占いめいている」と敬遠され、やがて“悪魔に心を売った双子姉妹”と曲解されていく。

本来なら、そこまで大事にはならなかったかもしれない。少なくとも、周囲には姉妹を慕う者も多く、「そんな馬鹿な話だ」と笑い飛ばす者もいた。だが、その“些細な違和感”をうまく利用し、姉妹を一度に葬ろうとする勢力が動き出したことで、事態は急激に悪化していったのだ。


2. 保守派の貴族と宗教関係者の思惑


当時、国内では教会勢力が権力を伸ばし始め、枢機卿リシュリューの名が少しずつ上層部で囁かれるようになっていた。リシュリュー自身はまだ表立って“国を牛耳る”とまでは言われていなかったが、一部の保守派貴族や宗教関係者がリシュリューの指示や意向を汲み取り、動いていたフシがある。彼らは「異端や魔女の存在を見せしめに処罰することで、民衆の恐怖を煽り、教会への依存度を高める」狙いを持っていたらしい。

実際、姉妹の周囲を調べるうちに、無関係な事柄までも“魔女の証拠”としてでっち上げられた。ジャンヌが騎士学校で異様な成績を収めていたことや、アルティがコックローチ家との婚約破棄騒動を起こしたことなど、さまざまなエピソードが「常人離れした行為」「悪魔の力を使って貴族を呪った」という方向に捏造されていく。

やがて、あらぬ噂は雪だるま式に膨れ上がり、姉妹が「夜な夜な悪魔を召喚している」とか「炎の精霊を操っている」などという言いがかりが公然と語られるようになる。この段階で既に、魔女裁判は“事実”を確かめるための場ではなく、“姉妹を断罪するショー”として設定されていたのだ。


二、いびつな魔女裁判の開幕


1. 証拠もないまま拘束される姉妹


ある朝、ジャンヌとアルティは突如として兵士たちに囲まれ、「おまえたちは魔女の疑いで拘束する」と宣告される。まだ寝ぼけまなこのアルティが「は? 何のこと?」と問い返す間もなく、ジャンヌが抵抗しようとすれば「抵抗は魔女の証拠だ」と糾弾される。双方ともまるで筋が通らない話だが、兵士たちは教会の命令書のようなものを持っており、簡単に撤退しそうにない。

結局、二人は混乱のうちに連行され、薄暗い留置所のような場所へ放り込まれる。この時点ではまだ正式な裁判というより、「まず身体検査をして魔女の刻印がないか調べる」という名目での拘束だったが、周囲の雰囲気は既に「魔女であることを確定している」かのようだった。留置所の外では民衆が冷ややかな目を向け、ある者は「悪魔に魂を売った魔女を火あぶりにせよ!」と罵声を浴びせる。これまで姉妹に好意的だったはずの人までが掌を返して非難するのを見て、アルティは呆然とするしかなかった。

ジャンヌは憤りをこらえながら、剣の届かない状況でどうにか打開策を探ろうとするが、拘束されている以上、何の手も打てない。さらに火刑への恐怖が激しく胸を締めつけ、息苦しさに苦しむ夜が続いた。これが悪夢か現実か――その境目が曖昧になるほど、彼女の心は摩耗していく。


2. 集団ヒステリーのかたち


魔女裁判では、正式な審理が始まる前に“予備審問”や“公開尋問”という段階が設けられる。そこでは告発側が姉妹の“魔女性”を示すと称して、民衆に向けて扇情的なスピーチを行ったり、捏造した証言を次々に出したりする。一方の姉妹は、弁護の機会をほとんど与えられないまま「黙秘は認められない」と責められ、下手に口を開けば「魔女の言葉には悪魔のささやきが混じっている」と攻撃されるという悪循環に陥る。

こうした集団ヒステリーのような雰囲気は、一人の有能な扇動者がいれば簡単に拡散する。実際、裏でリシュリューの影響力が見え隠れし、裁判を統括する司祭たちも“教皇バンシー”よりリシュリューの指示を優先しているように見受けられた。当時、妖精教皇のバンシーはまだリシュリューの闇を深く知らず、教会内部で何が進んでいるかを十分把握しきれていなかった――という背景がのちに示唆されるが、ともかく姉妹にとってはあまりにも不利な構図が出来上がっていた。


三、裁判に潜むリシュリューの策略


1. 恐怖を煽るほど人々は神に縋る


のちに明らかになる事実として、枢機卿リシュリューは「魔女の存在を大々的に取り上げて処罰するほど、人々は教会や神へ強く帰依する」と読んでいたらしい。魔術や悪魔の恐怖を煽るほど、信徒は“神の代理人”を自称するリシュリューを頼り、それを受けてリシュリューがタッチベルや洗脳の普及をさらに加速させる――そうした目論見が見え隠れしていた。

当時はまだタッチベルが本格普及する以前だったが、リシュリューはすでに一部の宣教師を使って洗脳実験を進めており、民衆の恐怖心や集団パニックが“操作”しやすい土壌であることを知っていた。つまり、魔女裁判は“集団ヒステリー”を誘導し、教会の権威を強化するためのプロパガンダとして利用されていた節がある。

ジャンヌとアルティは、その犠牲者となった形だ。リシュリューにとっては彼女たちを本当に処刑するかどうかは二の次であり、火刑台にかけられるその瞬間まで、「魔女」という見世物によって民衆の恐怖を高めてくれればそれで目的は果たされる。実に陰湿で悪辣なやり口だが、姉妹はまだ自分たちがその標的になっていることを自覚していない。


2. 形だけの弁護と洗脳兵の圧力


裁判では一応、弁護側の声を聞く体裁が取られていた。しかし、当時は洗脳兵らしき怪しい兵士が法廷の周囲を固め、弁護団に圧力をかける状況があったという。オーギャストや乱世らが後で調べたところによれば、暗に「魔女を弁護するなら、おまえも異端として糾弾されるぞ」と脅される者が多かったらしい。

それでも一部の正義感ある法学者や若い役人が声を上げようとしたが、証拠が乏しいために有効な反証を提出できない。姉妹の“転生じみた言動”がそのまま悪魔との契約とみなされ、それを覆すには“科学的根拠”か“魔術的証明”が必要になるが、いずれにせよ裁判官たちはまともに取り合わない。

さらに、アルティがかつてコックローチ家との婚約破棄をしたこと、ジャンヌが火刑の記憶を夢に見ることなど、私的なエピソードまで根こそぎ穿り返され、「おまえたちの血脈は呪われている」「火刑に処すのが相応しい」と面白おかしく煽られる。有無を言わせず“悪魔認定”が進むこの異様な空気に、姉妹は戦意すら喪失しそうになる。


四、ドゥッガーニと革命軍の介入


1. 革命軍にも伝わった非常事態


姉妹が魔女裁判にかけられているという噂は、やがて革命軍の耳にも届いた。まだ“ランドセル革命”が本格化する前夜ともいえる時期だったが、ドゥッガーニら一部の仲間は既に奴隷解放や貴族打倒に向けて動き始めていた。彼らはジャンヌやアルティの人となりを少しだけ知る機会があり、“魔女”などという言いがかりには到底納得できないと感じたのだ。

「裁判とは名ばかりだ。奴らは姉妹を吊るし上げる気満々じゃねえか。あの二人が命を落とす前に、俺たちが何とかしてやらなきゃ」

ドゥッガーニが荒々しく拳を握りしめる。この時点でまだオーギャストやエンジゾルらは十分な組織力を持っていないが、それでも数人で突入し、姉妹を奪還する作戦を立案する。おそらく教会や兵士と衝突するだろうが、放っておけば無実の人間が“魔女”として処刑されるという理不尽を看過できないという思いだった。

しかし、簡単なことではない。裁判は町の中心部の広場で行われ、軍と教会の監視が厳重。姉妹が今どこに拘束されているかもすぐには分からない。さらに、洗脳兵が混ざっている可能性もあり、力任せに突撃すれば逆に返り討ちに遭う恐れがある。ドゥッガーニはかつてない苛立ちを覚えながら、仲間と策を練り、時機をうかがう。


2. 火刑執行直前の緊迫


いよいよ姉妹の判決が下される日が近づく。法廷は「ジャンヌとアルティは悪魔と契約した魔女である」「火刑台で償わせるほかない」という形式的な宣告を下し、広場に組み上げられた火刑台へ二人が連行される段取りとなった。

ジャンヌは炎への極度の恐怖から精神的に限界が近く、アルティは「こんな馬鹿な……こんなところで死にたくないよ」と涙をこぼす。周りを囲む民衆の中には「かわいそうに」「本当に魔女なのか?」とひそひそ話す者もいれば、「魔女を燃やせ! 悪魔退散!」と熱狂する者もいる。完璧に分断された群集の様子は、まるで見世物小屋のように狂気を帯びていた。

そして、火刑執行当日の朝。焚火用の薪が積み上げられ、姉妹は手足を縛られて台に据えられる。あとは神父の声が響き、「邪悪を滅し、神の清浄を保つために」と声高に叫べば、火に点火されるだろう。恐怖で足が震え、心臓が張り裂けそうになるジャンヌ。アルティが必死に励ますが、彼女自身も半狂乱に陥りかけている。このままでは二人とも炎に呑まれてしまう……そう思われた刹那、突如広場に異変が起こった。


五、救出劇:革命軍の奇襲


1. 突如として炎が起こるか、あるいは阻止するか


まさに火刑が執行されようとしたそのとき、広場の一角に激しい叫び声と衝撃が走った。ドゥッガーニら革命軍のメンバーが、少数精鋭で侵入してきたのだ。視線が一斉にそちらへ向かう。彼らは数人しかいないが、群衆と兵士の目を引きつけるには十分な騒ぎを起こしている。

「ふざけるな! 無実の人間を燃やしてたまるか!」

ドゥッガーニの豪胆な怒声が響き、彼は真っ先に兵士の列を殴り崩しながら前進する。民衆が悲鳴を上げ、広場が混乱に包まれる。洗脳兵が対抗しようとするが、ドゥッガーニはその強靭な腕力を発揮し、幾人も弾き飛ばす。仲間の一人が火刑台へ向かい、縄を切るべく奔走する。ジャンヌとアルティは突然の出来事に呆然とするが、「助けに来た! 早く逃げるんだ!」という声を聞いてようやく現実に気づき、目を潤ませる。

火刑の火がまだ点火されていないのは不幸中の幸い。しかし、司祭や兵士が「魔女を逃がすな!」と殺気だって詰め寄ってくる。ドゥッガーニは姉妹を守るように立ちはだかり、殴り合いに発展する。洗脳兵はタッチベルのカメラを使おうとするが、人混みで上手く撮影できない。さらに、革命軍が混乱を誘うために発煙筒のような簡易道具を焚き、視界を悪くしているのが効果的だ。


2. 姉妹の救出と逃走


短時間の激しい格闘の末、姉妹の縄は切断される。アルティは足腰が震えて動けないが、ドゥッガーニが「立て! ここで倒れて火炙りになるのか!」と激昂し、力づくで抱え起こす。ジャンヌは炎を見た瞬間に一度意識を飛ばしかけたが、仲間の必死の呼びかけでかろうじて踏みとどまる。

こうして二人は革命軍に守られながら、混乱の中を掻い潜って広場を離脱。兵士たちが追撃しようとするも、既に革命軍側が周到に用意していた抜け道を使って姿を消した後だった。民衆の中には「魔女が逃げたぞ!」「あれは本当に悪魔の力かもしれん」と騒ぐ者もいれば、「なにかおかしい、この裁判自体が罠だったんじゃないか」と疑問を抱く者も。こうして広場はさらなる混沌に陥り、魔女裁判は“失敗”のかたちで幕を閉じる。


六、裁判の結末と後遺症


1. 枢機卿リシュリューの苦笑


後から分かったことだが、リシュリューはこの結果に対してさほど動揺もしなかったという。そもそも火刑そのものが目的ではなく、“魔女裁判”という見世物によって民衆の恐怖や好奇心を煽り、“教会の権威”を示すのが狙いだった。姉妹が逃げたとしても、「邪悪な魔女が逃亡した」という形で新たな恐怖を創り出すことができるのだ。

実際、後日「魔女はまだ潜んでいる」「神の庇護を求めよう」といった空気が高まり、リシュリューに与する教会派が力を得る場面も散見された。要するに、姉妹が助かったからといって、リシュリューの闇が後退したわけではなかった。むしろ彼は内心で「次はもっと巧妙な手を打てばいい」と余裕すら漂わせたとされる。


2. ジャンヌとアルティの心に刻まれた火刑トラウマ


一方、姉妹は革命軍の拠点へ身を寄せることになった。助かったことへの安堵と、死の寸前まで追い込まれた恐怖が入り混じり、二人とも精神的に深い傷を負った。特にジャンヌは炎を見ると動悸が止まらなくなるほどの“火刑トラウマ”を強め、アルティも夜な夜な悪夢を見て魘されるようになる。

しかし、この一件で彼女たちははっきりと自覚した――**「自分たちを陥れたのは、単なる迷信や集団ヒステリーだけではなく、その背後にリシュリューの影があるらしい」**ということ。地元の教会や貴族の動きにリシュリューの名が囁かれ、洗脳兵やタッチベルの存在が絡んでいることを、一部の革命軍が突き止めたからだ。だからこそ、ただ恨みや恐怖に沈むのではなく、“リシュリューと戦う側につく”という行動原理を得たとも言える。


ジャンヌは自分の火刑の記憶――それが転生じみた体験とどう繋がるかは分からないが――を封じ込めるかのように“新たな力”を模索し、アルティは姉と同じ苦しみを共有しながらも、「誰にもこんな不条理を押しつけられない世界を作りたい」と意気を高める。

この経験を経て、二人は本格的に革命軍へ合流し、洗脳を阻止しようと奔走するようになった。それが結果的に、後の物語におけるジャンヌの勇猛さやアルティの行動力へと繋がっていく。とはいえ、焼き付いた火刑台の恐怖は根強く、いつも心の奥で彼女たちを揺さぶり続けるのだ。


七、裁判の裏に見えたChatOPTの影


1. オーギャストや乱世の法的調査


この魔女裁判が進行していた頃、オーギャストや乱世らはまだ十分な権力や兵力を持っていなかったが、ChatOPTを使って「魔女裁判における法的根拠の盲点」を探っていた。たとえば、旧来の“異端審問”の手続きを調べると、多くの矛盾や恣意的な運用が浮かび上がることが分かる。

ChatOPTはこの時点で「法制度上、本来ならば証人尋問や証拠開示が必須である」「悪魔との契約の成立を証明する証拠がない限り、有罪判決は不当だ」などといった形でアドバイスを提示していたという。だが、現実問題として裁判所にそれを持ち込んでも、“集団ヒステリー”と“教会権力”の前では通用しないことが多い。

つまり、魔女裁判の理不尽さは法や技術の問題というより、社会心理や宗教的権威による圧力が強いという点にあった。オーギャストが「この裁判は最初から不公正だ」と弁護団に警告しても、誰も聞き入れず、かえって「魔女の共犯」と見なされるリスクを恐れて逃げ腰になった。こうして制度上の正論が埋もれ、暴走を許してしまったのが現実だった。


2. ChatOPTが示す皮肉


結局、制度や論理では救えず、最後は革命軍による強引な救出作戦に頼らざるを得なかった。これは、ある意味でChatOPTの限界を示すエピソードでもある。どれほど優れた知識や技術があっても、社会的な風潮や集団心理が歪むと、まともな裁きが成り立たないのだ。

後にオーギャストは振り返って言う。「魔女裁判そのものが、リシュリューの扇動による“洗脳”の先駆けだったのかもしれない。タッチベルのような機械がなくても、人心を操作する方法は幾らでもあるからね」と。まさに、魔女裁判は洗脳の初期形態とも言える“恐怖政治”の一端だったわけだ。


八、火刑トラウマが現在の戦いに及ぼす影響


1. ジャンヌの炎恐怖症


ジャンヌは革命軍に身を置きながらも、炎を見ると異様に怯えることが多い。彼女が本気を出せるのは剣の戦闘や白兵戦であり、火や爆薬を使った戦術にはどうしても腰が引けてしまう。それも、過去の魔女裁判が大きく影響している。実際、姉妹が火刑台で感じたあの焼けつくような恐怖は、彼女を半ばトラウマ状態に追い込んだのだ。

そして、このトラウマを抱えたまま、ジャンヌは枢機卿リシュリューとの最終的な対決に臨むことになる。自分の心を縛る恐怖をどう克服すればいいのか――それが彼女の人生の大きなテーマでもある。今はまだ結論を得られず、夜な夜な悪夢を見ては目を覚まし、「私なんかが本当に騎士でいられるのか」と自問自答する日々だ。


2. アルティの悪夢と復讐心


アルティも同様に火刑の夢を見続け、時には「世間への強い怒り」を抱く瞬間がある。あれだけ無実を訴えたのに、誰も信用してくれなかった――それが彼女の心に深い爪痕を残した。彼女の場合、ジャンヌのような“騎士道”が根底にあるわけではなく、どちらかというと「家族を守りたい」「姉を守りたい」という形で衝動的に行動しがちだ。

その衝動が場合によっては、敵への無謀な復讐に結びつくリスクもある。実際、チャバネ・G・コックローチとの件で味わった理不尽な扱いや、魔女裁判の火刑台への恐怖が合わさり、アルティは感情を爆発させる場面がしばしば見られる。うまく制御できればいいが、時として仲間を巻き込みかねない危うさがあるのだ。


九、魔女裁判の教訓:集団ヒステリーと洗脳


最終的に、この魔女裁判は“姉妹が逃亡した”という形で終わったが、その結末がリシュリューの暗躍を止めることにはならなかった。むしろ、“魔女”が未だ野放しだという風説を利用し、より一層民衆の不安や教会依存が高められた可能性が高い。そこで育まれた“恐怖の土壌”を、リシュリューはタッチベルを広めるために活用していくことになる。

この出来事が今の戦いに及ぼす意味は大きい。ジャンヌやアルティの火刑トラウマが、洗脳との戦いにおいて精神的に影響を及ぼしているし、一方で革命軍にとっては「理不尽な集団ヒステリー」の危険を再認識するきっかけにもなった。どれほど正論や知識があっても、“恐怖”と“権威”が組み合わされば、容易に人々の感情を操作できる――それを防ぐには、情報公開や地道な啓蒙、そして強い意志を持ったリーダーが必要なのだと痛感させられる。


結び:過去の爪痕、未来への導火線


こうして、**「ジャンヌ魔女裁判」**という過去の事件は、姉妹にとって深い心の傷と、革命軍がリシュリューと対峙する確固たる動機を生む出来事として位置づけられる。もしこの裁判で姉妹が処刑されていたら、ランドセル革命自体が始まらなかったかもしれないし、あるいはリシュリューがよりスムーズに洗脳を完成させていたかもしれない。

当時、まだ自覚の足りなかったバンシー教皇も、裏で何が起こっているかを把握していなかったため、救いの手を差し伸べることはできなかった。しかし今、バンシーは心を迷わせつつも、枢機卿に反抗する道を少しずつ模索している。ジャンヌやアルティが経験した“魔女裁判”の理不尽を、もはや看過できないと思い始めているのだ。

姉妹はこの先、革命軍の一員として洗脳と戦いながらも、炎への恐怖や集団ヒステリーを目の当たりにし、何度も過去のトラウマに苛まれるだろう。それでも立ち上がり、剣を振るい、あるいは仲間と力を合わせる。すべては、二度と“理不尽な火刑台”を生まないため。人々が恐怖に支配されない世界を作るため。その信念が、二人を前へと突き動かしている。

「私たちは魔女なんかじゃない。だけど、もし魔女呼ばわりされるなら、それでもいい。今度は私たちが、この国を苦しめる悪魔を倒す“魔女”になってやる――」

いつか、ジャンヌがアルティにそう言ったのは、半ば冗談で、半ば本気だった。魔女裁判を乗り越えた姉妹だからこそ、誰よりも“炎”と“恐怖”の痛みに敏感なのだ。そして、その痛みが“ランドセル革命”の焔を燃え上がらせる導火線にもなるのだろう。いまはまだ小さな火種かもしれないが、それがやがて大きな炎となり、枢機卿リシュリューに対抗する力を秘めている――そこに、この外伝の核心がある。


(第9話・了)

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