第6話 出逢い①
カシアside
母さんの死から12年後――――現在。
朝の空気はいつもと変わらないはずなのに、今日はなんだか妙な緊張感が漂っている。
伐採作業をしている僕たちの背後で、正門が開く重い音が響いたからだ。
「また新しい囚人が来たのか……」
「配給の取り分が減らされなければいいが……」
周りの囚人たちがそんなことをひそひそ話している。
誰もが顔を曇らせているけれど、僕はとにかく興味津々でウキウキだった。
「ねえねえ、外の人が来るなんて久しぶりじゃない? キラ!」
隣で斧を振るっていたキラに声をかけると、彼はぶっきらぼうに肩をすくめる。
「ふん。ここは政治犯が最後に行き着く場所とも言われてるくらいだし、どうせまた別の収容所から移動してきただけじゃねえの?」
キラの返答に少しだけ肩透かしを食らいつつ、僕は護送車から降りてくる人影を観察する。
……うーん、ここからだとあんまりよく見えないや。
でも、もし同い年くらいの子だったら友達になりたいなあ。なんて話しかけようかな。
最初はいろいろ戸惑うだろうし、助けてあげなくっちゃ!
僕はそんなことを考えながら、つい手を止めて護送車の方をじっと見つめてしまう。
その瞬間、鋭い声が響いた。
「おいそこ! 労働に集中しろ!」
振り返ると、保衛官が目を光らせて僕を睨んでいる。
僕は慌てて斧を手に取り、目の前の木に向かって振り下ろした。
「ったく……お前は人のことよりまず自分のことをどうにかしろ」
キラが低い声でぼやく。
「ご、ごめん……でも、どうしても気になっちゃって」
僕が小声で答えると、キラは小さくため息をついた。
「気になったところで、どうせ俺らには関係ねえんだから」
そう言いながらも、キラの目もちらりと護送車の方へ向いているのを、僕は見逃さなかった。
そんなキラの横顔を見つつ、僕もまたこっそり護送車の方に目を向ける。
――新しい何かが始まりそうな、そんな気がしてならなかった。
すると突然、護送車の停まっている正門の方から、僕の名前が呼ばれる声が響いた。
「労働13班、カシア・ツァイ! こちらへ来い!」
保衛官の低くて威圧的な声が、空気を引き裂くように響き渡る。
周りの囚人たちは僕に一斉に視線を向け、僕の背中には冷たい汗が流れた。
や、やばい……一応手は動かしてたはずだけど……さすがにちょっと、チラチラ見すぎちゃったかな…………。
慌てて斧を木に立てかけて、心配そうな顔のキラに目配せすると、急いで正門へ駆け寄る。
「お待たせいたしました、保衛官さま」
息を切らしながらそう告げると、保衛官は僕を一瞥して短く命じた。
「護送車の裏に回れ」
な、何なんだ……?
不安と緊張が胸を締めつける。
言われた通り護送車の裏手に回ると、そこには予想だにしない光景があった。
一人の女性が、車両にもたれかかって座り込んでいる。
彼女はまるで倒れる寸前のように、体を丸めて肩を上下させていた。
顔色は驚くほど青白く、額にはじっとりと汗が滲んでいる。
黒髪をきっちり一つに束ねているものの、ところどころ乱れていて、見るからに体調が悪そうだ。
ひと目見た瞬間、僕の胸がザワついた。
この人、誰かに似ている。
この雰囲気といい、肌の色といい、シルエットといい……。
「……母さん?」
無意識のうちに、口から言葉がこぼれ落ちる。
女性はその声に反応し、顔をゆっくりと上げる。
そして、バチッと目が合った。
――――まるで、油断しているとそのまま吸い込まれてしまうんじゃないか。
思わずそんな錯覚をしてしまうくらい、彼女の目は澄んでいる。
その瞳の奥は、まるで星屑が散りばめられているように、キラキラと輝いて見えた。
一瞬、時が止まったように感じた。
この第5区で、こんなに真っ直ぐな目をした人に出会うのは、生まれて初めてのことだった。
……その数秒後、僕は我に返る。
ぼ、僕ったら、一体何を口走っているんだ…………母さんはもういないのに。
自分の口走った言葉に、思わず顔が熱くなる。
「ご、ごごごめんなさい、何でもないです……!」
慌てて俯きながらモゴモゴと謝る僕を、彼女はキョトンとした表情で見ていた。
でも、しばらくすると、口元をふわりと緩め、クスクスと笑い始める。
「ごめんね、君のお母さんじゃなくて」
……その笑い声は、不思議なほど優しくて温かかった。
まるで鈴の音のような響きの声色で、でも、なんだか――
少し独特な話し方のようにも感じた。
まあひとまず、目の前のお姉さんが笑顔を見せてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。
さっきまで具合が悪そうに見えたから、とりあえずは安心だ。
しかしその瞬間、隣に立っていた保衛官が淡々と告げる。
「この女は、今日からこの第5区に入る囚人だ。お前の家の隣に住むことになったから、案内してやれ」
僕はすぐに元気よく返事をした。
「分かりました! 任せてください!」
そう言って振り返ると、まだ座り込んでいる彼女の姿が目に入る。
僕はしゃがみ込んで、彼女に手を差し出した。
「お姉さん、大丈夫? 荷物は僕が持ってあげるから、まず僕に掴まって、ゆっくり立ってみて」
お姉さんはすっごく疲れた顔をしているけど、僕の言葉に小さく頷き、再びにっこりと微笑んだ。
その笑顔はとても優しくて、綺麗で、やっぱりどこか母さんに似てる気がしてならない。
彼女が僕の差し出した手をそっと握った。
その手は思った以上に細くて冷たい。
けれど、握り返す力は意外にもしっかりとしていた。
「ありがとう」
かすれた声で彼女が言う。
「全然平気だよ。時間はあるし、ゆっくり歩こ!」
僕は左手に彼女の荷物を持ち、右手で彼女を支えるようにして立ち上がる。
そして彼女の歩幅に合わせながら、住宅街に向かってゆっくりと歩き出した。
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