第2話 平凡な日々
毎朝6時になると、労働の時間を知らせる音楽がスピーカーから流れてくる。
それは単調な旋律に乗せられて、イヤでも僕たちの耳に入る。
生まれてから毎日、もう何回聴かされたんだろう。
家を出て周りを見渡せば、みんな目を伏せたまま作業場へ向かう準備をしている。
誰とも何も話さず、無表情のまま歩く人たちの顔のほとんどは生気がない。
疲れているのか具合が悪いのか、動けなくなって道端に倒れ込んでいる人や、足を引きずるようにして歩く老人も多い。
ガリガリに痩せて骨張った身体、どんよりと曇った目。
それが、第5区の囚人たちの姿だ。
そんないつもの光景を見渡しながら作業場に向かって歩いていると、いつの間にか隣にキラが現れた。
「おい」と気だるげな声で、僕の肩にポンと手を置く。
おはよう、キラ……と返事をする間もなく、何かが目の前に飛んできた。
「うわっ、おっと!」
慌てて受け止めたそれは、小さな赤い木の実。
「昨日の作業中、森林でこっそり採ってきた。バレないうちにさっさと口に入れろ」
キラが耳元でボソリと囁く。
「いいの? キラは食べた?」
僕が尋ねると、キラは肩をすくめて頷いた。
「俺はもう食った。それよりお前、昨日の配給のスープ食ってないだろ」
「ギクッ……なぜそれを……?」
僕は思わず足を止めてしまう。
どうしてこの人は、こうもまあ僕のことをよく見ているんだろう。
「そこで倒れてた新入りのジジイに全部あげてるとこを見てた。ったく、どうしてお前はすぐ人助けするんだ」
キラは呆れたような、でもどこか諦めたような口調で捲し立ててくる。
「人助けに理由なんている?」
「どうせすぐ死ぬ老いぼれだろ」
「僕たちの大切な同志だよ。そんなこと言わないで」
自分でも子どもっぽい返事だとは思う。
でも、どうしてもそれ以外の言葉が見つからない。
そんな僕に、キラは短くため息を吐く。
「あのなあ……配給なんて一日一回のお湯みたいなスープだけなんだから、普通はみんな人にあげる余裕なんてないんだよ」
キラの言うことは正しい。そう、いつだってキラは正しいんだ。
でも、でも――。
「でも最近ここに来たばかりの人だったし、なんだか項垂れてて可哀想だったんだもん……僕らはほら、生まれたときからずっとここにいるんだから、空腹にも慣れてるでしょ?」
そう言うと、キラはまた呆れたようにため息をついて、眉をひそめた。
「いやそういう問題じゃねえから」
♔♔♔
僕はカシア・ツァイ、16歳。
この第5強制区画の中で生まれ育った、永久収容者だ。
「永久収容者」っていうのは、死ぬまでここから出られない身分のこと。
どうやら僕の父さん(会ったことも見たこともない)は、僕が生まれる前に重大な罪を犯したらしい。
それで母さんは、お腹の中にいた僕と一緒に、連座制でここに送られてきたんだ。
僕が4歳のときに死んだ母さんの記憶は、今でも鮮明に残っている。
いつもニコニコ笑っていて、ちょっとお茶目で、気づけば自分そっちのけで人助けばかりしているような人だった。
「おい、そろそろ作業場に行かねえと。昼までのノルマが終わらなくなるぞ」
母さんのことをぼんやり考えていると、キラの声が飛んでくる。
視線を上げると、彼が腕を組んでじれったそうに僕を見ていた。
「あ、うん、待って……!」
そう言って、慌てて木の実を口に放り込む。少しの甘さと渋味が広がり、空腹感が少し満たされるのを感じた。
「待ってよ、キラ!」
そう。キラはいつだって正しくて、強くて、それでいて誰よりも優しい。
僕は急いでキラの方に駆け寄り、満面の笑みで言った。
「あのね、実はちょこっとだけお腹空いてたの。だから助かった、ありがとう!」
キラは「はいはい」と肩をすくめ、そっぽを向きながら答えた。よく見ると、少し耳が赤くなっている。
それを隠すように、耳を指でいじりながらこちらに背を向ける彼はあまりにも不器用で、でもその不器用さすらも何だか愛おしい。
僕はそんなことを考えながら、ニマニマとキラの顔を覗き込む。
「ふふ。キラは本当に優しいねえ」
「……るっせぇな……優しくないわ別に」
「だってさぁ、なんだかんだ今だって、僕が木の実を飲み込むまで待っててくれてるでしょ?」
「……はぁ?鈍間なバカのことなんて、誰が待っててやるかよ」
キラはそう言うやいなや、耳を赤くしたままいきなり全速力で走り出した。
「えっ、ちょ、ちょっとお! だから待ってよ、キラってば!」
僕はなかなか噛みきれない木の実の皮をゴクリと飲み込んでから、慌ててキラを追いかける。口の中にほんのりと残った、わずかな甘みを味わいながら。
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