凍結世界の運び屋 大気も凍る世界でサイボーグ運び屋、やってます
小藪譲治
ピザ・デリバリィ
「くそったれ。おい、聞いてんのか、あばずれ!」
「ついてないっスよ!そんなもん!」
M7ライフルの銃口から.277FURYが吐き出される。サプレッサーつきの銃口と、ハンドガードにつけたセンサプローブだけ突き出した保護ケープの下から発砲しているのはさもなければ銃が破損する恐れがあるからだ。発砲するごとに体の中でずしんと音が響いた。希薄な大気は音を伝えてはいないだろう。相棒というか、弟子としての助手に怒鳴り声をかける。あっちはFN FALのアルゼンチンだったかどこかで『当時基準で』近代化したライフルをぶっ放している。真っ白な大地の、氷、いや『凍結した大気』の上で。
「がああ、くそっ」
体を勢いよく下げる。遮蔽物になっている元東京の大気の陰に隠れて、機関砲が吐き出す炎を避けて、マスクの中で湿っぽい空気を吐いた。これで小便でも漏らしてたら事だな。と考えて、そんなもんねえんだった。という事を男は思い出した。戦闘用の人間だから、排泄する器官もコンパクトになっている。
「俺にいい考えがあるッ!」
「こんな仕事請けなきゃよかったってこと以外でッ?!」
くそったれ、今でもそう思ってるよ。そう返したいのをこらえながら、いい考えを実行に移す。どるん、という駆動音が、保護ケープの中で響いた。
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ピザ屋、という職業がある。所謂ピッツェリアというわけではない。宅配ピザというわけでもない。上古、ある伝承があって、慣例的にそう呼ばれる。日本語でわかりよく言うなら『運び屋』ということだが、ピザ屋のほうがより適切だろう。なにせピザ屋になるための大学もある。むろん、日本ではなくアメリカには。
詰まるところ、日本ではピザ屋は違法である。だからアメリカよりも稼ぎがいい。その報酬に命を賭ける価値がある。
「で、そりゃいいんですけど、本当にピザ、アメリカンのパンピザ売る必要あるんすか?」
「あるに決まってるだろ」
そう話していると、メッセンジャに報告が入る。バイトからのピザバイク奪いに来たカスを殺しました。という報告とお写真。お食事中には向かないペースト状の何かである事を見るに、支給の銃器から発される炸裂弾をワンマガジンほどぶち込んだらしい。挽肉の方がまだマシだろう。
ということは警察にお呼ばれもあるかな。と思ったが、警察からは強盗犯処理の感謝状がメッセージで送られてきた。店舗信用ポイントプラス。銃器保有ライセンスの信用度ポイントがそれに伴って更新される。
「……な?」
彼らが尻を落ち着けている都市、鬼界カルデラ居住区の治安は極めて悪かった。不法居住者が山ほどいたし、不法なだけならまだしも、バカなことに食い詰めてフードデリバリーを利用できる(身体面も含めた)富裕層向け食糧を奪いに来ることもあった。
だから銃器保有が認められているのである。昔の郵便配達が拳銃を持っていたようなものだ。今は強盗の方もライフルを持っているし、事によるとライフル以上に危険な存在、軍用サイボーグであることもある。防人の街であるという事は、仲の悪いお隣さんも居て、そこから流れ者も来るという事だった。
「こうすれば信用ポイントも稼げるし」
「銃器保有ライセンスも認められやすくなる。大学出は違うっスねー」
「ピザ屋大学だけどな」
「またまたァ。アメリカ帰りの超エリートじゃないっスか、ししょー」
メッセンジャがまた鳴る。新しい仕事。偽りの『ピザ屋』ではなく『本物のピザ屋』の仕事だ。
「……断熱瓶、デュワー瓶と中身を取りにこい、ね」
てことは地上を液体を持って渡るのか。こりゃ骨だな。そう男は考え、立ち上がった。つるんとした無個性な卵型の視覚ユニットと脳と脊髄を収める保護殻が繋がれた頭部。戦闘用の生身の部分は脳と脊髄の一部だけ。ほかは人工筋肉、それもかかった電圧で伸縮するカーボンを保護フィルムで覆っただけのマットブラックの四肢。コンバットシャツと戦闘服の下は履いているが、いずれも雪上迷彩だ。目の前の女性つまり『助手』はそれよりは若干小柄だが、同じような装備。とはいえ、男とは違い、マーブル状の映像を顔にあたる視覚ユニットに流している。お気に入りのボディ・アーティストの作品らしい。
「装備を整えとけよ。依頼人に会って状況を把握したらブリーフィングに入る」
「うへ、またスか」
「都市間輸送こそがピザ屋の本領だ」
そう言って、男はマスクをつける。社交用マスク。サイボーグのノンスキンフェイス、つるんとした卵のような視覚ユニット、脳の延長である目がプリントされた素子の上に、元の人間だった時の顔をホログラム表示してくれるユニットをつける。感情を反映して表情も付けてくれる代物。スーツも着た方が良いか、と思ったが、やめた。営業先に媚びても仕方あるまい。そういう世界とは決別したのだから。ライフルを抱えて外に出る。薄暗い街区に自分たちの店のバイクを停めている光景を見て、停められてるだけこのあたりの治安はマシなんだよな、と思いだした。
自分の店の名前を大書してある赤色が目立つLEDの看板を見上げた後、足を進める。依頼人に会う必要がある。
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「えー、何を運ぶのかというと焼酎だそうです」
「バカなんスか?」
助手からノータイムで一言が飛んで来る。全くその通りとは思うものの、そうは言っても中身はまさしく人類の遺産と呼ぶにふさわしい。なにしろ。
「氷河期前の代物だからだよ」
「それ輸出禁止措置かかってねえんスか。鬼海カルデラ居住区からの」
「かかってるに決まってるだろ。だから我々にお鉢が回って来たんだ」
まあそりゃそうか、と納得した雰囲気を見せる。顔を表示していないのに表情がわかるのは、サイボーグ向けの『表向きの表示したい感情』を通知する表示があるからだ。顔がないからと言って感情までがなくなるわけではない。むろん、意図しない表現になることもあるので、所詮は補助である。そういう部分以外にも、何となくお互いのコミュニケーションによって『納得した』という雰囲気が感ぜられるからでもある。腹の底では納得していなくとも、表示はごまかせるのだが、人間の感情の検出方法というものはそういうところによらない部分が多々ある。
「現物は?」
「ビンに入ってる。で、それを気密パッケージに入れた後に減圧したデュワー瓶に入れて運ぶ体裁だな」
「タル貯蔵とかじゃないんスね」
その後、どう移動するのか、というとロケットモーターを使用して横浜付近まで飛び、その後品川までは徒歩移動。その後品川から東京特別居住区に入り、現物を引き渡して終了。というのが段取りとなる。
「横浜スか」
「まあ実弾演習で自爆するのがその近く、だからだそうだよ。良かったね、半日歩くくらいで済むよ」
「楽しいお言葉ありがとうございますっス」
つまりその中に紛れて飛んで上手い事逆噴射して着地、という事になる。むろん、反重力などという便利な代物は開発できていない。ハイパーゴリック燃料を使う古式ゆかしいロケットを使うことになる。人間ならくたばるレベルのGでも、完全にサイボーグ化されていればこそ対応が可能になる。
「準備のリストな」
「わー、お高い」
どうせクソ金持ちが依頼してるに決まってるのは分かっているが、たかだか焼酎運ぶのにどんだけ金をかけるんだ。という感想が湧き上がってくる。当たり前である。
特殊部隊投入用の弾道飛行ユニット。つまり個人用弾道ミサイルの熱光学迷彩+ステルスの代物に、着地用の噴射パック、新品の原子力電池による大気生成ユニットと盛りだくさんだ。デュワー瓶は中身が壊れないための弾道飛行時の緩衝ユニット付きで、せいぜい運べるのは焼酎の一升瓶が3本ほど。それでも、サイボーグである彼らの肩口から尻まで、1メートル超の大きさだ。これを背中に懸架する必要がある。あとは腕部に懸架されるワイヤーユニットで、固体燃料で打ちされるもの。温度を保つケープをまくり上げる必要があるので、銃器や装備類が痛むことも多いため、あくまで非常用ではある。あとは『大気』を切り出すためのチェーンソーだ。
「あと軽量防弾プレート、グラフェンでしたっけ。あれ軽いから弾あんま止まんないんスよね」
「まあ小銃弾くらいは止まるだろ。サイボーグ用の」
「車両用相手だったらどうすんスか」
「そりゃ……意味ねえじゃん。その時はデュワー瓶ごと吹っ飛んでるよ。あとそのクラスの防弾となると逆噴射時に脚折るリスクあるし、それ考えるとグラフェンプレートな」
「……そらそうっスね」
あとは例え生きてても回収してもらえないだろう。という身もふたもない一言を口にしてしまう。まあ相手は荷物に用事があるのであって、彼らの命には用がない。
「ピザ屋ってホント軽いなー、命」
「まあピザ屋になれるだけマシだと思ってくれよ」
「分かってるっスよ。それで、後は?」
「うーん、そういえば」
「そういえば?」
そう言うピザ屋の男に、助手は問いを投げる。
「グラフェンって一応炭素系だよな」
「まあそうっスけど……なんスか?」
わからないのか、と言いさして、うーむ、でも厳密に考えないといけないだろうしな、とふと考える。当たり前だが、原子力電池の崩壊熱だけを利用するのが大気生成装置なのだから、遮蔽が出来ていなければ話にならない。
「グラフェンが原子力電池に悪さして溶けたりしないかと思ってな」
「なるわけないっしょ。師匠。心配しすぎっスよ」
試しにモデル化させてみるか。と考えて、ピザ屋はAIを起動する。また計算機の時間を使うと高くつくだろ、と助手にはあきれられたが、それを無視して、モデル化させてみる。現行型の原子力電池でそういう事象が起きうるか、というと、よほど堅牢なケースにグラフェンプレートを特殊なパターンで配置しない限りは起きないし、それで何か問題が起きるとは考えられない。特にサイボーグの防弾プレートとして使う程度なら問題にならない。と返ってくる。
じゃあこれならどうだ、とデュワー瓶の中に配置した場合どうやれば大気を溶かして爆弾にできるか、などと無駄な計算をさせ続けていると、それらしいモデルはできたが、破壊力として想定されるのはせいぜい大型サイボーグの足を折る位で、素直に可塑性爆薬を持って行った方がよい。という評定まで返ってきた。一時間ほどやった結果がこれかあ。と少し落胆していると、あきれた、と言わんばかりの声で助手から冷たい一言が投げかけられる。
「満足したっスか」
師匠の金だからいいっスけど、AI使うのも計算機時間あたりで課金だからタダじゃないんスからね。とありがたいお言葉を賜った。経費で落ちるかなあ。とぼやくと、どうやって経費にするんスか。と返された。まあ仕事に関係があるかというと無いし、そりゃそうだよな。と思わず肩を落とした。もっとも、サイボーグなので、そういう感情にともなう「しぐさ」として再現されただけであるが。
そっと自分の記憶領域に保存して、こういう作業は楽しいんだがな、とつぶやいた。実行までは日がある。準備を整えなければならない。とはいえ、わざわざ地表に出てくる人間はほぼいないし、酒が高価値目標なのはまず間違いないが、とはいえ強盗してもサバくのも難しい。それの真正性を保証するのはだれか、という話になるし、食い詰め強盗がそんなものを持っていても仕方がない。今どきは酒の味そのものは分子ガストロノミーの進展である程度以上のエミュレーションが可能になっているし、完全に肉体を置換したサイボーグにはそんなものは用はない。仮想現実でいくらでもスキャンされた上等な酒が浴びるほど飲めるし、飲酒に伴う酩酊感が必要ならアルコール供給ユニットを繋げばいい。
「そういやっスけど」
「なんだ?」
詮索はマズいかもしんないですけど、依頼人は誰なんですか、と問いが投げられる。このあたりの話をしていないのは珍しい、という含みもある。
「あー、そうね。特にマズいわけじゃないんだ。考えたくないだけで」
「というと」
やだなー、とつぶやきながら、続ける。
「俺の親父」
「はあ。親父……えっ、お父さんっスか?」
「そう。何、俺木の股の間から生まれてると思われてたの」
「いや珍しくないっしょ」
まあでもじゃあ留学はできないか。と続ける。そもそも移動を制限されているのに留学まで出来るという事は、それなりの権力と同居していないといけない。
「え、でもサイボーグなんでしょ?お父様」
「違う。メトセラだ」
「……あ、うわ、ガチの金持ちじゃないっスか」
メトセラ。という四文字には、色々な意味がある。サイボーグ『ではない』という事。そうして、旧約聖書にあるメトセラのごとく長期間生きているという事。そうして。神のような権力により、バイオ合成された完璧な、シミ一つない肉体を持つ。という事だ。
「そのご子息がサイボーグになってピザ屋っスか。師匠もなかなかっスね」
「大学の専攻科をシレっと変えてたんだが、バレなくてな」
バレて呼び戻されたころには卒業済みで、メイドインアメリカのフルサイボーグになっていた。という顛末。
「えっ。メトセラなら一生親の脛ガジガジで暮らせるじゃないっスか。なんでまた。チョーもったいないっスよ」
「デカい銃ぶっ放せないでしょ?」
楽しいじゃん。デカい銃ぶっ放すの。と言ったら、心底から呆れた、という声を出された。助手は全くロマンの分からないやつである。という感覚が男にはある。
「それであんな銃っスか?」
あんな銃、と言われて、男は気色ばむ。お気に入りの銃を貶されたので、遺憾の意を表明しているというわけだ。
「M7の何が悪いんだよォ。三つの金属くっつけた薬莢で.277FURYでサイコ―じゃん。ズシンズシンくる発砲音がもうサイコーでしょ」
「サプレッサーつけてるじゃないですか。ラプア・マグナムじゃダメだったんスか?」
「だって……たいていボルトアクションじゃん。サイボーグ用の弾だとFURYより高いでしょ。お前だってFN FALのアルゼンチン版なんか使ってるじゃん」
同じ趣味だろ。と言ったところ、露骨にイヤそうな声を助手が出す。
「部品がアフターマーケットに多いし安いからスよ。地元で使ってたからっス」
「まあそれ言うなら俺だって大学時代に使ってたからさ」
「……でも弾超高いじゃないっスか。いっつも帳簿を見ながら金の小便垂れ流してるようなものって言ってるでしょ」
「ホントに金の小便垂れ流せたら良かったんだけどね」
「大儲けっスからね。恐怖、ミダスは小便から金が作れた!」
「面白そうね。学会発表したら?」
「高卒っスから」
「あ、そ」
まあ何とかごまかせた。という感覚を、ピザ屋は、男は持つ。いくら付き合いが長いとはいえ、話したくないこともあるものだ。
---
「サイボーグになったとはいえ」
「……何?」
溶かした大気で濛々たる煙が立っている。ここに人が居ますよ、と宣伝しているようなものだな、という感覚があるが、しかし見る者はそういない。空を見上げれば、真っ黒い空に星が『瞬かずに』光を注いでいた。昼になれば気温が上がって分厚い氷ならぬ大気が溶けて、雲ができ、じきに太陽が居なくなって酸素の雪と、窒素の雨とが混ざったみぞれが降る。窒素も凍っているかもしれないが、まだそこまでは気温は落ちていない。多分、おそらく。幸い今は雲がない。雪の心配をしないで済む。
地球は、そういう星になっていた。月だけが見たことのある、白い顔。酸素も凍る。破局的な全球凍結。
それでも、人間は死んでいなかった。地熱のあるところ、つまりエネルギーのある所に、縋り付くように生きている。
原子力電池ユニットを接続し、チェーンソーをオンラインにする。外から見れば音もなく凍った大気を切り出し、原子力電池の熱を利用する大気生成ユニットに放り込んでいく。
「都会の空気を吸えば高く飛べると思ってた、とかいう言葉があったそうだが」
「はい?」
「そいつらより圧倒的に高度の高いところを移動してるんだな、俺たち。横浜の空気はうま……うわ、なんか臭う気がするな」
「まあ都会の空気なんか汚いもんっスよ」
フィルターちゃんと掃除しないからですよ。というありがたい一言を賜りつつ、歩みを進める。ここから半日程度の工程だが、実際にはそうもいかない。あちこちにクレバスが走っているし、昼間の酸素と窒素が昇華していく間、無事にすごせる場所を探す必要もある。
白い大地の上を歩く。人類が大地の上を歩いていた時に吸っていた大気の上を。
「そういやよ」
「なんスか?」
「今夏だって知ってたか」
「そりゃ日の出までにビバークしないとっスからね。夏はクソっス。移動できる時間へるじゃないっスか」
「そうだな」
自国情報を表示させる。あと4時間ほどで日が昇る。5時までがタイムリミットだ。
「放棄された軍施設があと1時間ほどで見えるはずだ」
「埋もれてるんじゃないスか」
否定はしないけどな。と言いながら、足元に気を付けろ、と警告を発する。雪庇を歩いてたら真っ逆さまだぞ。という一言。雪が固まっている場所の厄介なところは、安定的な大地のように見える事がある。そういう見分け方や探査方法などを教育する必要があり、高度な科学知識が要求されるのが『ピザ屋』が大学課程にある理由でもある。水先案内人としてのコンボイの先導役にもなるのだから、当然ではあるが。
「しかし今回は山賊に会わないな」
「山賊スか。山もないのに山賊ってのも変っスよね」
「賊ってだけだと街中の強盗と区別がつかないからな」
「クソカスなのは同じじゃないスか。食い詰め軍人の可能性もあるっスけど」
「あーね」
そう応じながら、歩みを進める。とはいえ、警戒をいくらしても探知されるときは探知されるものだ。当たり前ながら、かつての地球では熱は欺瞞できたかもしれないが、大気のない今の地球では隠しようがない。見える範囲に入れば私はここです、と大声で叫んで歩いているようなものである。
つまり、叫んで歩いている二人は、そんな会話をしているうちに、夜に入ってみぞれが降り注ぎ始めた時に、山賊に行き当たったのである。メトセラの荷物を運んでいるピザ屋が居る。そういう情報にだけひきつけられた、とんでもないバカが。
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「酒なんて奪いに来るだなんて!」
「とんでもない大馬鹿じゃないっスか!」
機銃掃射に頭が上げられない。センサプローブだけを上に出しているが、四脚型の戦闘ボット。3人乗りのそれである。旧時代の戦車の砲塔そっくりの四角い鋳造の装甲ににょっきりと生えた主砲。それの四隅にヤケクソのようにつけた、装甲付きの四本の脚。雪上迷彩のそれがリモコン機銃をぶっ放しまくっている。雪は残念ながら降っていない。
考えがある、という事で、風前の灯火同然の建物の裏に隠れて、時折助手だけが射撃を行っている。表面で爆発があるのは、サイボーグ用の炸薬入りの弾だからだ。残念ながら、装甲を持ったまともな相手に通用する道具は持ち歩けなかったからだ。高いからでもある。
「お前のグラフェンプレート出せッ!」
「はあっ?!師匠、なんで……!」
「大気を切り出す!爆発物がないなら、作るしかねえッ!」
それを聞いて、笑いの発作を助手が起こす。グラフェンプレートを投げつけると同時に、デュワー瓶の中にある酒の保護ケースを受け取り、ザックに放り込む。落着時に使ったブースターハーネスを捨てなくてよかった。心底から思う。
「経費にできるじゃないっスか!計算経費!」
「おうよッ!俺は天才だからなッ!」
「素敵!抱いて!」
機銃のマーチとともに、そんな馬鹿な話をしつつ、計算結果に基づいて、デュワー瓶の中にグラフェンプレートを貼り付けていく。大気を切り出し、ごん、ごん、と入れていき、そうして。
「ああ、くそ!」
原子力電池ユニットから、核物質のユニットを取り出して、デュワー瓶の中に放り込み、急いで封をする。つまり大気はサイボーグ用の体内の物しか使えない状態になったということだ。5分。5分しかない。
「援護!」
「ハイっス!」
FN FALに100発ドラムマガジンを叩きこんだのを見て、即座に男は駆け出す。デュワー瓶を背負うのをやめたから、いかなサイボーグとはいえ、重心の関係で走りにくい。音が伝わらないが、足元の氷がはじけ飛び、死神が歩み寄ってくるようにも見える。それを何とか避け。ワイヤーを発する。火を噴きながら進んでいくそのワイヤーが、敵の脚部にかかる。計算が正しくあってくれ、そう思いながらブースターを吹き上げ、デュワー瓶を投げ。脚部の周りをぐるぐるとまわり、デュワー瓶を締め上げる。頼む。頼む。頼む。そう念じているうち。ワイヤーが限界になる。チェーンソーで断ち切り。がりがりと地面を削りながら着地。
機銃の爆ぜる音が、聞こえたような気がした。大気などないのだから、伝わるはずのない音。体をよじる。酸素の青い雪が、降ったのを感じる。視覚センサの端にとらえる。無我夢中で走る。爆発で擱座した四脚の上に飛び上がって天井にあるハッチをこじ開けて。マガジンが空になるまで、トリガーをひいた。
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「ふむ……確かに」
そういって、父の顔を見る。決別した時と同じままの、メトセラに鳴る前の、おそらく一番若々しかったころの顔。正直、サイボーグになって以来、人間の顔は同じように見えるが、力強い眉と、こちらを見透かすような鋭い目だけは忘れようもない。確かに父だ。肉体の方は、メトセラらしく、完璧そのもの。スーツの上からでも、ギリシャの大理石彫刻のラオコーン像のごとき肉体をしているのがわかる。この男が最後にラオコーンのような苦悶の表情を浮かべたのはいつだったのだろうか。
「それでは」
「戻っては来ないか」
その声とともに、チューブがせりあがってくる。培養液につけられた、脳だけがないギリシャの大理石彫刻のような肉体のそれ。炭素系、つまりメトセラたる肉体。機械工学、サイバネティック・オーガニズムテクノロジーの粋を凝らした今の肉体とは違う、バイオテクノロジーの結晶。かつての自分の顔が、確かにそこについている。
「いいえ。報酬を振り込んでいただければお暇します」
アンタと俺はそれだけの関係だろう。そう暗に言いながら、男は振り込みを確認して、踵を返す。男は、ピザ屋は一度も振り返らなかった。
決定的に違う、二つの価値観が、全球凍結した地球の上で産まれた。バイオテクノロジーの結晶たるメトセラたる事を選ぶ、生体であることを尊ぶ価値観。男は、サイバネティック・オーガニズムテクノロジーの結晶、母のくれた肉を捨て、疑似的な両親殺しを選んだのだから、振り返る必要もなかった。
-了-
凍結世界の運び屋 大気も凍る世界でサイボーグ運び屋、やってます 小藪譲治 @mibkai
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