クラブ活動参加者

  倉田さんに起きた出来事だそうだ。彼はかなり前、まだ小学校に入った頃に体験したことが忘れられないと言う。


 彼によると『昔のことだから思い違いかも知れませんし、そうであって欲しいとは思っています』とのことだ。


 その頃、小学校ではクラブ活動があった。彼は科学部に入っていて、活動内容は雑誌の付録についてくるキットのようなものを理科室にあるものだけで再現しているようなものだった。当時は魔法のように思えたが、ある程度勉強をすると科学的には当たり前の実験だったことを覚えている。


 ある時のことだ、その日の活動は写真を撮るというものだった。写真といってもデジタルカメラではなくフィルムカメラがほとんどだった時代に、ピンホールカメラという小さな穴を開けた箱で撮影するカメラの実験をするということになっていた。


 当日、みんなで工作をしてカメラを作っていった。こんな単純な方法で本当に写真が写るのかというほどシンプルな仕組みで、基本は箱に穴を開けただけだ。小さな穴から光が入ると……と教員はその理屈を説明してくれたが、当時の小学生にはとてもこれで写真が撮れるとは思えないような代物だった。


 都合良く……と言うべきだろうか、その日は屋外に日光が降り注いでいて、仕組みとしてある程度の光量が必要なそのカメラで撮影するにはぴったりの状況だった。


 クラブの全員で校庭に出てそれぞれが思い思いに写真を撮っていった。一枚限りしか撮影出来ないのだが、その分真剣に良い写真を撮ろうとしていた。


 みんなが撮影を終えたところで理科室に帰ってカメラを先生に手渡す。現像には暗室が必要なので自分がやっておくと言われ、カメラには詳しくなかったが一般家庭で現像したという話は聞かなかったのでそう言うものだと思っていた。


 それから翌週のクラブ活動の日のこと。先生は部員が集まっている理科室に重い顔をして入ってきた。いかにも気分が悪いといった表情だ。機嫌が悪いとは違う、嫌なことがあったあとのような表情といった方が正解だろうか?


 入ってくるなり部員のみんなに説明をした。


 曰く『カメラなんだが、現像の途中で光が入って真っ黒になってしまった』ということだ。当時はカメラに詳しいわけではなかったが、カメラにフィルムを入れ、途中で裏蓋を開けてはならないことは知っている。


 先生だってミスをするだろうと諦め気味に納得していたのだが、一部の生徒は納得がいかないようで先生に食ってかかっていた。


 先生も始めは謝っていたのだが、余りにしつこかったため、責めてくる生徒に『じゃあ見せてやろう』と言い、数人のしつこい生徒を連れて理科準備室へと入っていった。


 それから甲高い悲鳴が聞こえてピタリそれが止まり、準備室から出てきた生徒たちは、皆口を噤んで何があったかは答えなかったが、表情は泣きそうだったので何かあったのだろうと察した。


 ただ、同じ目に遭いたいとは思っていないのでその事は部員たちのタブーとなった。


 時は流れて小学校の同窓会が開かれるような年になったときのことだ。小学校の集まりだったのだが、あの時の科学の先生がいないなと話をしていると、当時の部員が『亡くなったんだよ。知らなかったのか……?』と言う。


 詳しく事情を聞こうとしたのだが、さえない表情のまま答えようとしない。何か知っている風なので教えてくれと何回か言うと『関係あるかは知らないが……』と前置きをして話してくれた。


 あの時のピンホールカメラの一件のことだ。あの時先生に食ってかかったのだが、そのあと準備室に連れて行かれて現像された写真を見たのだという。失敗などしてはおらず、全ての写真がきちんと撮られて現像まで行われていた。


 なんで見せないんだと先生に言ったそうだが、その時の返答は言葉ではなく写真を指さしていた。そこには写真の中に一人の生徒が映り込んでいた。誰なのかは分からない、ただ見てはいけないもののような気がした。そもそもクラブにそんな子は居なかった。では誰が映ったのだろう?


 不思議に思いながら他の写真も見たが、全てにその子が映っていた。自分の写真にも写っていて、撮影したときには絶対にいなかったと知っている。何かの拍子に映り込んだのか疑問だった。


 しかしこれだけならまだ何かの間違いの可能性もあるだろうと思ったのだが、至って真剣そうな相手を見ているととてもそんなことは言えない雰囲気だった。


 それに何より……かつて担当してくれていた先生が亡くなっているという事実を考えると余り関わりたくもなかった。先生はPCの授業も担当していたので当時でまだ三十程度、いくら大人とは言え、年齢を考えると亡くなるのは早い気もする。


「なあ……その写ってたって子に心当たりはないのか?」


「ないね、全く無い。そもそもさ……」


 少し躊躇って彼は話す。


「そのガキがさ、着てる服なんだが、俺も見たことは無いんだけど、戦時中あたりっていうのかな……そのくらいの時代に来ていそうな服なんだよな、生きてる人間が着ると思うか?」


 沈黙が流れた後、ヤツはビールを頼んで飲み干した。「これ以上は忘れよう、飲もうぜ」と言って飲み始めたのでそこでそれ以上は聞けなかった。


 今となってはもうなにも分からないのだが、その写真に写っていた謎の子供が誰だったのかは分からない。ただ、自分の通っていた小学校の付近で空襲があったなどという話は聞いていないので戦中世代なのかどうかも話に聞くかぎりのことでしかない。


 語り終えてから彼は言う。


「まあ先生にゃ悪いけど、他の誰かが死んだりはしていないのがせめてもの救いですかね。あんな真剣に話されると追求出来ませんよ」


 そう言って彼も酒をあおった。余り思い出したくも無いことを聞いてしまったようなので多少謝礼に色を付けておいた。

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