まともなお金

 海野さんは最近奇妙な出来事があったらしい。彼によると『恨みを買うようなことはするもんじゃない』だそうだ。


 海野さんは割と最近まで素行があまり良くなかったという。バイクを飛ばしたり警備の甘い店で盗みをしたりと世間から疎まれるようなことを続けていた。


 ソレが変ったきっかけは盗んだ本を売っていた新古書店が、頻繁に発売日すぐに真新しい本を売りに来る彼を怪しんで買い取りを辞めたことに始まる。


 本が売れなくなったのを皮切りにあっという間に遊ぶ金が無くなっていった。おそらくその新古書店はきっかけで、そこが辞めるならと彼がコソコソ盗みを働いて売り払っていた店舗で買い取り不可となった。


 そうなってから切り替えたのがフリマアプリだった。コソコソと個人に売りつけていたのだが、思ったより売れることに味をしめて、なんだあんなところで売らなくても良かったじゃないかと調子に乗っていた。


 売れているウチは調子がよく、羽振りが良かったそうだが、あそこは何か怪しいことをしているのではないかと疑われるようになった。


 しかし尻尾を掴まれることがなかったので徐々に気が大きくなってきた。定期的にアプリでの配送のために箱を人に買わせていたのが、自分でも買い込むようになった。


 そうしてしばらく後のことだ。その当時大人気のコミックスが出たので早速盗んで売り払おうとした。シュリンクに巻かれた本をそのまままとめて盗み、そのまま写真を撮影して売りに出した。


 その時は調子がよかったのでシュリンクが巻かれたままの本をそのまま出品しても、どうせ誰も気にしないとそのまま撮影して出品した。


 早速買い手がついて、ソレを梱包してコンビニで発送した。その時は楽な商売だと世の中を舐めきっていたという。


 しかし、数日後に問題は起きた。アプリ内での自分の評価に一番悪いというポイントがついた。誰でも見られる部分なので一つでもつくと大きくマイナスになる。購入者に連絡を取ってなにか不手際があったのかと聞くととんでもない答えが返ってきた。


『新品同様という評価を信じて買ったのに、本の途中に赤黒いシミがついていた』


 そういう内容の評価がされており、同様の回答が購入者から帰ってきた。自分が盗んだものだということも無視して、なんて雑な検品をする本屋なんだと憤慨しつつ、量が量なのでこのまま家に置くのも邪魔だったため、一冊ずつシュリンクを剥いて内容を確認していった。


 そうするとなんと全部のマンガに赤黒いシミがあった。荒っぽい生活を送っていた彼はその色をよく見ていた。ある時は殴ったり殴られたりしたときに、ある時はバイクで走っていて転んだ仲間が、そんな連中が出していた血の色だった。


 怖くなったのだが、これだけの量の本を処分しなければならないという困ったことになった。どうにか片付けようと、捨てるのはリスクだと考え、遠めのところにある古紙回収ボックスに投函することにした。


 そこが監視カメラのない警備の甘い場所だとは知っている。だから深夜に大きめのリュックに本を詰め込んでバイクを走らせ、回収ボックスのある少し離れた場所に行き着いた。


 急いでバイクを降りて回収コーナーにリュックの中身をひっくり返して逃げ帰ろうとした。運良く警備もされていなかったのでバイクに乗って大急ぎで逃げ出した。


 それがマズかったのだろう、非常識なスピードで走るのはいつものことだったが、その時は、いつもの様に限度を理解した上では知っているのではなく、ただ単に何も考えずスロットルを全開にした。


 飛び出したバイクは道路を走り抜けていく。あの本を処分出来て爽快な気分でスピードを上げていった。その時交差点で体に衝撃が走った。ただ、その時は何が起きたか分からず、意識が消えて目が覚めたら病院のベッドの上だった。


 夜にバイクで走り出すのはいつものことだったので、無謀運転の末の事故ということで処理されたのだが、どうにも納得のいかないことがある。確かに結構なスピードを出していた。だから事故を起こしても仕方ないのかもしれない。


 ただ……あの時はしっかり交差点の信号を確認していて、青だったのを見て交差点に入ったのだが、交差点に入った直後に青信号が黄色を飛ばして赤になっていた。こんなことを言っても信じてもらえるわけでもないので黙っていたが、警察の調べによるとこちらの信号無視で間違いないと言われてしまった。


 そうしてバイクを降りて素行も改善した。小銭のために死にかけるようなことを何度もしたくはない。それも大いにあるのだが、何より不気味だったのは新品の本に血のようなシミのついていたことと、それを捨てた途端に事故に遭ったのが偶然だとは思えない。


「だからね、俺は危ない橋を渡るのは辞めたんですよ。世間の目は厳しいですけどね、それでも理屈に合わないことは起きないのできっと真面目になって正解だったんでしょうね」


 彼はそう言って話を終えた。無論、偶然で済む話なのかもしれないが、偶然がそこまで重なるのだろうかとは思った。彼はまともな職業で稼ぐ金額は高いものではないが、クリーンな金というのはそう言うものなのだと無理矢理納得しているそうだ。

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