赤い服の少女
沼田さんはまだ幼稚園児だった頃の記憶があるのだという。ただ、当時の記憶が他の人の覚えていることと合わなかったのだそうだ。
「あれは……小学校の連中が集まったときのことです。当時は保育園に行っていない連中はほとんど同じ幼稚園に通っていたんですよ」
当時は、幼稚園では自由に遊んでいた。絵本を読んだり友人と小いけれど外で遊んだりもしていた。そこまでは一致しているのだが、その時に『そういえばあの時に俺らと一緒に遊んでた女の子って誰だったっけ?』その質問に誰もが困惑をしていた。
「何言ってんだ? 今思うとむさ苦しいが男だけで遊んでたろ?」
確かにほとんど男子だけで集合していたという記憶はある。しかしその中に一人女子が混じっていた記憶が色濃く残っている。その子は真っ赤な服を着ていたので印象が強く記憶している。
しかしその場の全員が首をかしげていて、そんな子はいなかったと言う。おかしい、自分の記憶だけが他の人と食い違っている。ただ食い違っているだけならともかく、何故か女の子がいるといったことだけが違うのがおかしい。
それ以外の記憶は覚えている全員と同じなのに、その子が居たというところだけは皆が否定する。自分が一体何を覚えていたのか記憶が曖昧になっているらしい。
そこで一人が『それって可愛い子だったの?』と言いだした。幼稚園児をそう言う目で見るなと思ったが、ともかく、その子のことを思い出そうとしてみた。しかしどうしてもその子の顔が思い出せない。服や体型、手足があったことは思い出せるのに顔だけに靄がかかっているように思い出すことが出来なかった。
釈然とはしないながらも、その同窓会はそれで終わった。そもそも保育園から来た者も居たので幼稚園のことをハッキリ全員が覚えているわけでもない。そう言うものなのだろうと諦めることにして、帰宅をしてから酒を飲んだ。
意識が曖昧になっていき、視界がぼやけていく中でふと少女のような声がしたような気がした。
翌朝のことだ。相変わらず納得はしていなかったが、年に一回も集まるかどうかの仲間の記憶違いなんて十分あることだと、無理矢理納得し、二日酔いで痛い頭を抑えながら出勤の準備をした。
いつも通り仕事をこなして帰宅することになったのだが、もう夜も遅いのでライトをつけて車を走らせた。その時に幼稚園の脇を通るのだが、通りがかったとき、視線が幼稚園の敷地の隅にある赤い何かをとらえた。形も何も分からなかったが、色だけは間違いなくあの時の少女の着ていた服の色だった。
我慢ならずその晩幼稚園が同じだった友人に連絡を取って先ほど自分が見たことを話した。すると返ってきた反応は『は?』と言うものだった。
必死に説明したのだが『今何時だと思ってんだ?』と言う。こっちは切羽詰まってるんだよといったところで向こうが行ってきたことにゾクリとした。
「そういう意味じゃなくってさ、今、夜だろ? お前が見たって言ってるその赤いものだっけ? 良く考えて見ろよ、蛍光ベストを着ているわけでもないのにどうして真っ暗な幼稚園の敷地の中でそんなものが見えるんだよ? 太陽だってとっくに沈んでたんだろ?」
そう言われて気が付いた。よく考えると幼稚園の敷地の中に見えたのはその赤色一つだけで、暗くなっている中で滑り台もブランコも見えていなかった。ただあの赤色だけがハッキリと目に映っていたのだ。
「なあ……本当にみんな覚えてないのか? 鬼ごっこでもかくれんぼでも毎回あの子がいた記憶があるんだが?」
「こんな事言いたくないけどさあ、よく考えて見ろよ、その子が居たとして鬼ごっこにせよかくれんぼにせよ、最終的にはその子が捕まったり見つかったりしているのは間違いないだろ? お前らとそう言う遊びをしたのは覚えてるが、全員捕まった時でもそんな子なんて居なかったぞ」
言われてみれば確かにそうだ。片隅に立っていただけなどならどうとでも誤魔化せるが、ハッキリ全員が集まらなければ終わらない遊びでその子のことを誰も覚えていないというのはおかしい。
「じゃあ……俺が覚えているのは一体誰なんだ?」
そこで少し沈黙が流れて友人から返答が来た。
「あんまりこういうこと言いたくないけどさ、お祓いにでも行ってみたらどうだ。それで何も憑いていなかったら構わないし、ただの覚え違いってことに出来るだろ?」
そう言われて納得しがたい提案を承諾し電話を切る。そして布団に入った。
その晩の夢の中、少女が夢の中で泣いていた。あの時の少女のようだが相変わらず顔は見えない。記憶の中と寸分違わぬ姿でその子は泣いていた。顔が視えないはずなのに、何故か雰囲気で泣いていると分かった。
翌日、近くの神社に行こうとしたのだが、どうにも体が重かった。ベッドから置きたくないなと思いながらも無理矢理やる気を出して朝食にはゼリードリンクを飲んで神社に行った。
笑われるかとか、くだらないと言われる可能性は考えていたが、神社に入ると本殿の前に神主が立っていた。理由は分からなかったが、近づくとこちらに向いて『随分なものを連れて参られましたね』と言われた。
それから説明をされたのだが、その少女は記憶に住み着く人の念であり、記憶を間借りしているだけなので害は無いのだが、自分が危機的なことになると記憶をかき乱したりもするらしい。
そこで心付けを渡してお祓いを受けた。お祓いの間中少女の泣き声がして心が痛んだが、それが終わるともう少女の声は思い出せない。
「これでいいでしょう。あの少女はあなたの中から出ていきました」
そう言われ、本当に記憶に出てこなくなり、すっかり気分良く帰ったのだが、少女がいたのがおかしいと言われていた記憶だけが残っており、今回話してくれたことは、そのお祓いを勧めてきた方からどんな記憶を話していたか聞き出した内容も含まれているそうだ。
「少女が何か害をなしたわけでもないんですが、私は冷たい人間なんでしょうかね?」
彼のその問いに私は答えられなかった。
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