願いと呪い
新堂さんは今、体の不調に悩んでいる。問題はソレを解決する方法が思いつかないことだそうだ。彼の不調の原因だというものには数ヶ月前にさかのぼる。
エアコンの効いた部屋で仕事をしていたときのことだ。突然の寒気が襲ってきた。まだ肌寒い時期だったが、しっかり厚めに着込んでいるのにいきなり寒くなるはずがない。
エアコンが間違えて冷風を吐き出したのかと業務用エアコンの方を見ると顔に温風が当たってきた。どうやらエアコンが故障したわけではないらしい。
どこから寒さが吹き込んでいるのだろうと気になったのだが、目の前のPCで捌かなければならないメールがある。一通一通メールチェックをしてテンプレートを改変して返信していく。
それを続けていたところ、いつの間にか温かくなったので先ほどのことは気のせいだったと気にしないことにした。何かがあるのだろうが、知らぬが仏と言う言葉もあるし、お賃金をもらうために働いている会社のことをそこまで調べ上げるつもりにもならない。
その日は帰宅したのだが、その途中の寒さの方があの室内での冷え方の方が辛い気がした。何でこの寒いのに余計に寒くなるのか不思議だ。
その日はそれだけのことが起きたのだが、翌日、目が覚めると妙に寒い。体を見ると汗でぐっしょりと服が濡れている。間違いなく冬で、暖房をかけず寝ていた。そんな状態でここまで汗をかくだろうか?
不思議に思いつつ急いでシャワーを浴びて会社へ急いだ。シャワーの時間分遅くなったものの何とか間に合った。
それから時折同様の怪現象が起きるようになった。症状は様々だが、突然体調がおかしな事になる。流石におかしいと思ったので人間ドックで検査結果を詳しく聞いたが、同年代にしては健康な方の結果が出ていると言われただけに終わる。
しかし体調が悪いのは変らない。夜にトイレに頻繁に起きるようになったり、大した力仕事もしていないのに腰が痛くなったりと変ったことは多くあった。
そんなある日、休日に家でぼんやりとしていた。自分が健康体だと思っていないのは自分だけなのか? そう思うと無性に悲しくなった。
その時、スマホが音を立てたので見ると実家からの電話だった。気が紛れるかと電話に出ると両親がカメラで通話のリクエストを送ってきた。二人ともいつの間にかスマホに機種を変えたらしい。
今はどうしているだとか、大丈夫なのかと詮索されたのだが、『ぼちぼちやってるよ』と虚勢を張った。その時に電話の間、両親は始終ニコニコしていたので、息子の顔が見れたからかと思ったのだが、よく考えると今の顔はとても長子がよさそうには視えない。近くにあったタブレットを持ってきて暗い画面に自分の顔が映るのを見たが、お世辞にも健康的とは言えない。
その時、ぽろっと向こうが手にしていたスマホが落ちて慌てて拾い上げていた。それから『頑張れよ、なに気にするな、いざとなったらウチで雇ってやる』と父親が言って電話が切れた。
しかし問題はその言葉などではない。先ほどスマホを取り落としたときに部屋の中が一瞬見えた。
手に持っていると見えない位置に自分の写真が飾ってあり、その上によく分からない文字で何かが書かれたお札が貼ってあった。それを見た途端急に吐き気を覚えてトイレに胃液を出した。
アレは一体なんなんだ? 恐怖が襲ってくるのに耐えながら、必死に思いだした。思い出せうる限りでPCから画像を検索して見つけようとした。するとまったく同じではないのだが、それは呪いの札として一部で儀礼的に使われているのだと出てきた。
呪い? なんで? 頭の中を疑問が駆け巡った。そこに至ってようやく気が付いた。あの時最後に父親が自分の跡を継げばいいと言っていた。
昔の思い出が洪水のように蘇ってきた。そう言えば父は故郷で料理屋をやっており、結構な評判の良さだった。ただ、当の自分は向いてないからと早々に諦め普通に大学に進学し、料理とは何の関係も内職に就いている。
大学の学部を決めたときに父親の落胆は激しいものだったのを覚えている。それでも学費は出してもらったのだからきっと受け入れてくれたのだと思っていた。
まさか自分の親が跡継ぎにするために呪いをかけた? そう考えると寒気がする。呪い自体より人の心というものが余りにも怖かった。
急いで有休を取らせてくれと頼み込んだところ「体調不良か?」と聞かれた。有休の理由を聞くのはアウトだったはずだが『分かるんですか?』と思わず返してしまった。すると上長は『お前最近青白い顔してたからな。しっかり健康になって戻ってこい』と言い、申請はあっさり通った。
それから急いで強力なお守りが作れるとその地区で噂の神社に行き、金は積んでいいから一番強力なお守りをくれと言った。自分でも無理なお願いをしたと思っていたが、神主が出てきて、こちらを一目見るなり、お守りは渡せるがその前に祓わせてくれと言われ、それをすぐに受け入れしばしの祈祷を受けた。
それからしっかりとした袋に入ったお守りをもらって帰り、体調が悪くて余り快適に寝ていなかったものがあっさりと眠気がやって来た。久しぶりに心から『眠い』という感覚を思い出してプツンと糸が切れるように寝てしまった。
目が覚めたのは朝焼けが見える時間帯で、記憶には無かったがしっかり布団をかぶって毛布をかぶせた中で寝ていたらしい。
ベッドから出ても汗一つかいてない。爽快な朝に感動しながら出社すると、有休を受けてくれた上長が『見違えたな、じゃあ今日からしっかり頼む、昨日の分もな』と言われた。久しぶりに集中して仕事をした気がする。その日はいつもより効率よく働けて、そのまま帰宅することになった。
その日、両親からの電話が来たが、スマホをサイレントモードにして見ない振りをした。かなり長い間鳴らそうとしていたようだが、こちらが出ないのに諦めたのか、それ以来両親とは疎遠となっている。
以上が新堂さんの体験したことだ。今でも両親とは没交渉だが、時折メールで父親が年のせいで体の不調を訴えてくる。呪い返しをしたわけでも無いし関係無いのだろうが、関わるとまた何かありそうなので今でも関わりは出来るだけ減らしているそうだ。
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