欲望と目標

 当時、沢目さんがアルバイトをしていたときのことだ。彼は余り選択肢のない地方で生活していたが、とあるスーパーでアルバイトをしていた。


 彼によると、そこは一応町だが、市町村合併の時にそうなっただけで、実態はただの村から何も変っていなかったらしい。


 そんな中、楽な方へ楽な方へと生きてきた沢目さんは高校を卒業してからしばらくネトゲに打ち込んでいた。しばらくの間は平気で暮らしていたのだが、そうもいかない事情が出てきた。


 高校卒業当時に親に生活は保障してやると言われたのだが、PCでネトゲをプレイしていた時は良かった。何とか親にもらうお小遣いで月額を払えていた。


 しかし少し経ってからスマホが登場した。ガチャ課金は十連約三千円、しかもピックアップが当たる保証さえ無い。そんなものに対して親に金を出してくれとは言えず、PCでのMMORPG仲間たちはプレイ中でさえソシャゲのガチャの結果を話題に出す。


 働きたくないと思っていたそうだが、ネット上でくらいは承認欲求があったので仕方なくバイトでガチャ代を集めることにした。


 そうして働き出したスーパーでは何とか覚えが悪いなりに人並みのお給金がもらえるようになった。初任給は迷うこと無くそこで売っていたプリペイドカードにまとめて突っ込んだ。


 それから帰宅してスマホを操作してチャージするとガチャを回すことにした。結果は何とかピックアップを一回だけ引くのに終わった。お金の重さを実感したのがその日だった。


 以来、スーパーで真面目にバイトをするようになった。シフトも多めに入れて、病欠の人が出たら進んで代理になった。その結果、始めは真面目にやらなくてもいいだろうと思っていたのに、いつの間にかすっかりと熱心にバイトに打ち込むようになった。


 一応バイト先での信頼は得たのだが、それでも給与の大半をガチャに費やすのは変らなかった。


 ある時からバイトでは夜勤をする人が減ってきた。時間が欲しかったので昇進や正規雇用は断っていたのだが、夜勤は時間が同じでも時給に割り増しがつく。その分昼間にネトゲをすれば良いだろうと思って夜勤に入る日を増やしていった。


 バイト仲間からはシフトに穴を開けない便利な人という認識だった。ただ、バイトリーダーを気取っていたわけではなく、お金が欲しいだけだというのは、給料日にプリペイドカードを買い込んでいたので知られていた。


 その日、いつもの様に夜勤を受けてその日も自転車で出勤していた。一応自動車なり原付なりも使えたが、お金をケチるためにそれら税金のかかるものに頼ろうとは思わなかったらしい。


 夕方を過ぎてスーパーに行き、いつも通り制服に着替えて品出しなどをしていた。


 そうして深夜が来て、清掃などをやっていたのだが、ふと異音が鳴った。チリンチリンというような音だ。始めは誰かが入ってきたのかと思ったが、そこは結構な人数が出入りするので一回ずつ音が鳴るような設定にはしていない。


 おかしいなと思いながら入り口に目をやったが誰もいない。やはり気のせいだったかと思っていると、自動ドアが誰もいないのに開いてしまった。


 気になることはなったのだが、自動ドアの仕組み上、違法改造した無線機を使っていると電波を誤認して自動ドアが開いてしまうことがあるのを知っていた。


 だからきっとそのせいだろうと思い込むようにした。例えそこが滅多にトラックの通らないところのスーパだったとしてもだ。


 勤務が終わったので帰ろうとしたときのこと、帰り道の途中には川があるのだが、そこは昔の水害で多くの人が亡くなったところだ。あんなことがあった日にそんな所を帰っていいのか悩んだが、一刻も早く帰って布団にダイブしたかったので橋を渡ることにした。


 その途中、ふと前を見ると白無垢の女が駐車場の隅の方に見えた。瞬時に『アレは関わっちゃいけない』と判断し、普段のより急ぎ足で逃げ帰った。


 それからのことだが、夜勤を頼まれたときに断りがちになった。休日の出勤くらいは別にいいが、夜の勤務は嫌な感じしかしない。


 夜勤の代理を断り続けていると、上の方の正社員に呼び出された。どうせお説教だろう、そもそもシフトを考えるのは社員の役目だろうに……と思いながら面会をすると、なんとその内容が『穴を塞いでくれているのには感謝している。申すこり時給に色を付けるから夜勤もたまにはしてくれないだろうか』と言うものだった。


 その言葉から夜勤をするとあの女を見ているのは一人じゃないんだなと察した。


 しかし……本当に夜勤を引き受けたときの時給は魅力的なものを提案された。正直に言えば時給だけで言うならとても割が良い。


 少し考えてからその提案を受けた。それから数日、夜間のカバーをしたが何も起きなかった。


 なんだ大丈夫じゃないか、そう呑気に考えていたときのこと。夜に出勤したときだ。その時レジ打ちをしていると一人の女が会計機の前で使い方が分からない様子だった。


 老人で機械が使えないというのはよく見るが、若い人には珍しいな。そう思いながらレジの人は途切れていたので使い方を説明しようとした。


 レジの前で困っている女の所へ行って後悔した。その女は古めかしい服を着ているものの、この前駐車場で見た訳のわからない女だった。


 怖くなったのだが、お客様だから極力顔に出さないようにして、操作を教えようとした。


 そのため会計機がどうして使えないのか聞くと、お金を入れても認識してくれないと言う。


 どうしてだろうと思い、1度そのままの操作をしてみてもらった。その時にお札を入れると確かに返却されてくる。お札を確認させてもらってゾクリとした。


 確かにお金ではあるのだが、それは伊藤博文の肖像が書かれた、遙か前に生産が終わったはずのお金だった。引きつった顔をしながらレジで現行のお札と交換して精算をした。


 翌日、先が見つかったわけでもなんでもないが、とにかく関わっちゃいけないものだと思いバイトを辞める旨を報告した。引き留められたので先ほどのことを話すと店長は渋い顔をして『分かった』とだけ言った。


 その月の給与が切れる前に次を探して、地元の定食屋のバイトに就いた。そこはスーパーからも離れていて、閉店の時間も深夜になることはないので安心して今も勤務しているそうだ。


 結局、あの女がなんだったのかは不明だが、きっと知らない方が良いものだろうと思い調べようとして思いとどまったのだと彼は言っていた。

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