隣のお堂

 上村さんがまだ幼い頃に体験した奇妙な出来事だそうだ。彼女によると理不尽極まりないことなのだそうだ。


「ひっどい話ですよ、なんで私がこんな目に遭うんでしょうね……」


 昔のこと、小学生に通っていた時期に町の中で奇妙なお祭りが行われていたのだそうだ。ただ、その祭りが奇妙なものだった。


 決まりとして祭りの主役は男の子供なのだが、男女平等だ云々と言っても実際にさせられることを考えると男女平等よりよほどマシだと思う。


 その祭りは町の男児を集めて、その中でも体力に自信があり、実際に良い成績を出す子供を集めて何かのお堂に閉じ込めるのだ。期間は三日、それ自体はお堂にトイレも水道もあるし、食事も毎食運ばれてきて何もしなくていいと言う。


 ただ、そのお祭りに参加するのはみんな気が進まないようだった。理由はその祭りに選ばれて出てきたとき、全員が酷く怯えていて、数日間はまともに話が出来ないほどらしい。


 問題は、そのお堂なのだが自宅の隣にある。そんなことが毎年起きるのだから気味の悪いものの隣に家なんて建てて……と文句の一つも言いたくなる。


 それでも、幼稚園の頃は夜早く寝るものと思っていたので、そのお祭りのことは知っていた。しかし、そのお堂が寺でも神社でもなんでもないものだとは知っていた。


 そんなことを毎年やっているなんて何を考えているのだろうと小学校に入ってから、隣のお堂を見る度に気が滅入っていた。


 気にしなかったのは小学校に上がるまでだった。小学校に入ってから自分の部屋がもらえたので割と自由に夜更かしができるようになった。


 その祭りの間の期間、二年生になった頃にたまたま一日夜遅くまで起きていた。気に入っていたマンガを読んでいたのだが、もう寝ようと思ったところで悲鳴が聞こえた。窓の外から聞こえているので恐る恐るカーテンの隙間から覗いてみた。


 外には何もなく、窓の隅の方にお堂が少しだけ見えていた。『これはどうしようもないものだ』と思って布団をかぶって必死に寝た。何も起きないように祈っていたが、実際に部屋の方では何も起きていない。ただ、最終日にそのお堂から出てきた男子たちが死んだ魚のような目をしているのを見てしまった。


 嫌なものを見たとは思ったが、その時は祭りの最終日だったので無視を決め込んだ。どうせ選ばれるのは男子なのだから関係無い。選ばれた子たちには気の毒だが、大人のきっと深く考えたであろう行事に口を挟む気にもならなかった。


 翌年にはどうしても気分が悪くなる出来事があった。その年は買ってもらったスマホでゲームをしていた。課金出来ないようにされているので、基本無料のアプリをプレイすることになり、その手のゲームのお約束として『金をかけないなら時間をかけろ』というシステムのゲームだった。


 しかも当然運営としては課金者が優先なので頑張ってプレイしようが大金をかけたプレイヤーには潰されてしまう。仕方なく無料石でガチャを回し、深夜までゲームをスタミナがたまる度にプレイしていた。


 周回も基本貼り付くことになるので、周回イベントの時は必死に時間をかけた。課金すれば買えるアイテムをドロップさせるのに心血を注ぎ、何とか上位陣と良い勝負まで持ち込めるようになった。


 だからその日は……夜更かしをした。深夜のこと、隣のお堂から毎年聞いている悲鳴が上がった。ちょうどゲームのスタミナが尽きたところだったので、興味半分で窓からお堂を見てみることにした。


 結論としてはそれは後悔するだけのことになる。お堂はまだ灯りが点いていた。その年はついにそれを見てしまった。お堂の中にはカーテン越しなのでハッキリとは見えないのだが、頭に角の生えた人のような影が映った。


 鬼だ、その言葉が真っ先に浮かんだのだが、まさか幽霊を見たなどと言っても誰も信じてはくれない。お堂の中の人といえば出てきても話にならない。この不気味な何かは見なかったことにする他ない。


 翌年、その年はお祭り期間を事前に調べておき、食事を食べると大急ぎでシャワーを浴びて布団をかぶって意識が無くなるまで寝ていた。


 おかげでその年の『何か』は見えなかったものの、早くに寝たせいで早朝に目が覚めた。朝日が差し込んでいたのでカーテンを開けるとお堂から男児たちが出てきているのを見た。


 とても気味が悪いの一言だ。あんな気持ちの悪いものに耐えた子供には賛辞を与えたいが、出来ることなら関わりたくはない。もしもお堂の隣に住んでいなかったら決して気にしない……いや、きっと無視しただろう。


 あの中には何が居るのか? 好奇心はあったが、気にしないようにと忘れるように頑張った。


 そして次の祭りの日、その年で父親の転勤と一緒に転校することが決まっていたので、最後くらいはと思って祭りの夜に部屋の灯りを消して隣のお堂を監視していた。


 出来るだけ目立たないように時を使っていたのだが、向こうはこちらの存在すら気づいていないのかもしれない。


 なかなか悲鳴が上がらないなと思いながら、コソコソ観察していると、その町の有力者が一人、お堂の玄関に立っていた。


 それから少しして子供の大きな悲鳴が聞こえた。その年は窓にカーテンが掛かっているのは相変わらずだったが、その閉め方が甘く、わずかに隙間が見えた。


 そこをじっと見ていると、鬼の面を付けたさっき玄関に立っていた人が恐ろしい面をつけてこちらを見てきた。怖くなって大急ぎでベッドに駆け込んで寝た。もしかしたら気絶だったのかもしれないが、とにかくそれで意識は途切れた。


 アレがなんだったのかは分からないし、何故あんなことをしているのかも、何が目的でしているのかも分からない。ただ、あの男がお堂の前に立っているときに、嫌らしい笑みを浮かべてニタニタしていたあの顔の方が鬼の面より恐ろしいなと思う。

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