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 やっぱり居る。夢でも幻でもない!


 私は女の子を突き飛ばさんばかりの勢いで布団を跳ね除けて、虫みたいに這いずって壁際まで逃げた。不思議と跳ね飛ばしたはずの女の子の重みは感じなかった。


「だ、誰っ?」


「誰って、もしかしてフミちゃん、わからないの?」


 特撮ヒーローみたいなポーズで身構える私を、女の子は不思議そうにきょとんとした顔で見つめてくる。


 分かるはずないじゃない。私にこんな小さな知り合いは居ないってば。


 清々しい冬の朝、ワンルームマンションで睨み合う二十八才のラフな部屋着の女と、薄手のロングTシャツにスカートという十二月らしくない服装をした小学生くらいの女の子。はたから見れば、なんと奇妙な光景だろう。ああ、布団から飛び出たせいで寒くなってきた。


「ところで、時間大丈夫?」

「え?」


 枕元のスマートフォンを、女の子に近づかないようにコードを手繰り寄せて時間を確認する。


「えっ?!」


 画面に表示された時間は七時五十分。普段ならとっくに家を出て電車に乗りながら、今日の仕事の予定を考えて憂鬱になっている時間だ。


「嘘っ。目覚まし鳴ってなかったのに?」

「ああ、うるさかったから消しちゃった」


 なんて子だろう。憎々しげに私が睨んでも、女の子は特に悪気がある様子もなく飄々としている。


 恨み言をぶちまけたい気分ではあるが、女の子に当たったところで時間は戻らない。知らない女の子が家に上がって私の目覚ましを止めていました。なんて遅刻の言い訳が通用するはずもない。


 女の子を気にかけている余裕もなく、私は慌てて最低限の出社の準備をする。他の乗客に迷惑になるからあまりしたくはないけれど、メイクは電車の中でしよう。


「ねえねえ、どうせ遅刻なんでしょ? もう今日は休んじゃおうよ」

「ねえねえねえ、ねえってば、一緒に遊ぼう。フミちゃん」


 時折袖を引っ張り話しかけてくる女の子を、私は無視する。今は構っていられない。


 出かけに、女の子の背中を押して玄関から一緒に出る。嫌々と女の子は逃れようとしたけど、知らない女の子を一人で家に置いておくなんてできない。何が起こるかわからないし、後で親御さんから文句を言われるのも嫌だ。


「ほら、私は仕事に行くから、あなたはお家に帰りなさい。ね」

「本当に遊んでくれないの? 一日くらい休んでもいいでしょ?」

「子どもだったらそれで良いかもしれないけど、大人はそうもいかないのよ」

「むう。大人って大変なんだね。つまらないの」

「……私もそう思うわ」


 唇を尖らせる女の子と玄関の前で別れ、私は会社へと急いだ。


 あの子は誰だったのだろう?


 どうして私のことを知っていたのだろう?


 どうやって、何の目的で家の中に入ってきたのだろう?


 家の前に置いてきちゃったけど、無事に家に帰れただろうか?


 そもそも、冬休みにはまだ早いはずだけど、ちゃんと学校に行ってるのだろうか?


 いくつかの疑問が浮かんで不安にかられたのは、私と同じく会社や学校へ向かう人たちでいっぱいの電車に乗って、一息ついてからだった。

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