秘密の依頼
夏野篠虫
「……あ、どうも、直接お会いするのは初めてですね。ええっと――村田様、でいいですか?
ああ失礼いたしました、マスクをしてらっしゃいますが、事前に頂いたお写真よりお綺麗だったもので。もしお嫌でなければぜひ握手を……ありがとうございます。素直に応じていただいて助かります。
どうぞそちらにお座りください」
一つの街に5店舗はあるような良くも悪くも特徴のない喫茶店で男は女性と合流した。平日の午後、それなりに混雑する店内。先に入店していた男は普通のスーツ姿をしている。大学生風の女性は他人から見ても緊張が伝わってくるような挙動不審で席に着いた。
女性を安心させるよう、落ち着き払った紳士らしい雰囲気で話し始めた。
「緊張しなくて大丈夫ですよ。どうぞ好きなものを頼んでください、早めに着いてしまったので私の分は先に頼んでしまいましたが。もちろんここの代金は奢りますので。
――では飲み物が届くまで少し、話をしたいのですがよろしいですか? ありがとうございます。
村田様は言いにくいことをどうしても相手に伝えたい時、どうやって伝えますか。諦めてしまいこんでしまいますか? 難しいと諦めてしまいますか?
……なるほど。気持ちは大変よくわかります。誰かに自分の気持ちを伝えて、それを自分の思った通り100パーセント理解して貰えることなんて、そもそもないですよね。私自身も村田様のことを完全には理解できないですし。誰も心の中は見えないし触れないから当然なんですが。
でも伝えたいんですよね。言い方・伝え方の方法なんて表面的な技術ではなく、確実に相手の中へ自分の思いを伝えたい。そのために色々調べて私の元へたどり着いた。怪しいと思いながら必要な個人的情報や写真を提供していただいた。そして今日は精一杯勇気を出して来て下さった。感謝しかないです。村田様と事前にやり取りさせていただく中であなたの思いはしっかり私には届きました。あとは私があなたをお手伝いする番です。
と、飲み物が来ましたね」
女性は届いたアイスココアを遠慮がちに啜り、合わせるように男もホットコーヒーを口にした。しばしの沈黙。破ったのはやはり男だった。
「では。そろそろ本題に入りましょうか。といっても再確認のようなものと具体的な方法について、あと少しの注意点を述べるだけですが。
村田様の思いですが、『友人の彼氏に好きと伝えて結ばれたい』でお間違いないですか? ……はい。言いにくいことを直接お伺いしてすみません。でも一番大切な部分なので改めて意思確認が必要なんです……お答えいただきありがとうございます。
重々承知のうえで私にご相談いただいているわけですが、村田様の思いの実現は、失礼ながら社会的倫理を逸脱しています。それを叶えるためには相応の代償が必要になり、それは説明通りすでに頂いております。金銭ではありません、村田様とご友人と想い人様の個人情報、生年月日や住所や簡単な生い立ちですね。
情報ともう一つ私の方法に必要なものがありますが、その前に方法って何なのか気になりますよね。そこまで馴染みのないものではありません。言ってしまえば、そうですね、占いでしょうか。情報から運勢を読み、その人の相性に合わせたアドバイスを送る。私にできるのは占いと同じような成功への後押しだけです。ただし、占いと違うのは絶対に成功するところです。私もこの活動を始めて長いですが、効果が出なかったことは一度もありません。なのでご安心を。
それでもう一つの必要なもの、ですが……こちらももう、済んでいます。
心当たりがないですか? 無理もありません。
私の方法は依頼者様と私の肌が直接触れる必要があります。これは私の念と依頼者様の思念を繋げる作業なので部位はどこでもいいのですが、まぁ最も触りやすい所が自然でスムーズに行えて便利なので、私はいつも初めに握手を求めています。
実はこの要素2つが揃った時点で私の方法は終わっています。既に効果が発動しているのです。村田様にも変化がありませんか? 想い人から連絡がきたりしてませんか。即効性があると評判なのですが。
……何も感じない? 変ですね。きちんと発動してますよ。噓ではありません。目に見える形ではないので信じられないかもしれませんが、確かに成功してます。術は動き出しています。
もしも原因があるとすれば――申し訳ありませんが、村田様から頂いた情報に誤りがあった場合が考えられます。改めて送っていただいた情報、村田様ご自身のものでお間違いないですか?
……ええはい。そうですか……なるほど。正直におっしゃって頂いてありがとうございます。ご自身のものではなく架空の人物の情報をお伝え頂いたと。
村田様に私からお伝えしなくてはいけないことがございます。元々最後にお教えするつもりの注意事項がありましたので丁度よかったです。私の方法は情報と肌の接触が必要とお伝えしましたね。ご友人や想い人様の情報は術に必要ですが、最も必要なのは依頼者様の情報と接触なのです。私の術は依頼者様である村田様を通してご友人と想い人様に繋がります。したがってそこの間の要素に手違いがあれば術は正常に作動しません。それどころか反動が負の力となって使用者に返ってきてしまいます」
「……私ですか? ご心配なく。私は慣れてますのできちんと対策をしております。反動は私ではなく村田様に返ってくるよう整えてありますから。
なんでって、そうおっしゃられても。私は本業の傍ら、過去の経験と似たような境遇の人々を手助けするボランティアでこの活動をしているだけなので。多大なリスクまで背負えるほど人生を安売りしておりません。私にも家族がおりますので」
「……どうなるか、ですか。さぁそればかりは私にも予想ができかねます。依頼内容と真逆のことが起きるのは間違いないと思います。つまりご友人と村田様の想い人との仲は悪くなるどころかより強固になり、村田様とお二人の関係性は最悪のものとなって切れるでしょう。そして術の反動は倍になって返ってきます。恐らく事故か病気か、身内に御不幸が訪れるかもしれませんね。あまり悲観しないでください、軽ければ全治数週間の怪我で済みますよ。
さて、私にできることはもうなくなってしまいました。突然のことでしばらくお一人になりたいでしょうから、私は一足先に失礼いたします。お会計は済ませておきますね。
あ、最後につまらない豆知識ですが。
占いは”まじない”とも言いますが、元々は呪いと書いたんですよ。”まじない”と”のろい”は同じなんです。良ければ覚えておいてください。
お幸せに」
秘密の依頼 夏野篠虫 @sinomu-natuno
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