第2話

 コンクールの結果が届いているよ、と皆川さんからメッセージを貰った。放課後の部室へと向かうけれど、誰もいない。少し待っていると、皆川さんは新聞の切り抜きを持ってきた。

「はい、肥川君」

 もう皆川さんは目を通したのだろう。僕はそれを受け取り、はやる気持ちを抑えながら指先で辿っていこうとすると、既に金賞・皆川志映と名前が大きく載っていた。それに歯がゆい思いをしながらも、僕の名前を探す。

 銀賞。名前は、ない。でも、入選なら。僕の指先は名前を一つずつ探すけれど、どこにも肥川ひがわおさむという文字はなかった。

 けれど、その事実を認められなかった。審査が間違っているんじゃないか、なんてことを考える。「なんで?」と自尊心から出た言葉を拾ったのは、皆川さんだ。

「知りたい?」

 入選すらしなかった理由を、まるで知っているかのように皆川さんは問いかけてくる。知りたいけれど、聞きたくない。そんな気持ちがせめぎ合い、どっちつかずでいると皆川さんは僕の答えを聞く前に言い切った。

「君が何かのために写真を撮っていないからだよ」

 その言葉は、何故か僕に深く突き刺さった。

「何か、って何ですか」

「肥川君は、なんのために撮影してる?」

「評価を得られなければ、意味なんてないんですよ」

「意味の話はしてないよ」

 皆川さんの声が、少しだけ冷たく感じられる。今度は僕が言い返す番だ。罵詈雑言ばりぞうごんでもなんでもいい。この人を少しでも傷つけられるなら、それできっと満足する。

「評価されてる人はいいですよね。そうやって偉そうなことを口にしても、立派だってはくが付くから」

 そう啖呵たんかを切ったのに、皆川さんは全く動じない。ああ、この人本当にカメラにしか興味無いんだ。瞬間的にそう思った。

「……君は、撮影が好きでしょう?」

 沈黙。自分が痛々しくて、恥ずかしいもののように思えた。逃げるように、部室を出ていく。でも、逃げても逃げても、皆川さんの問いが頭から離れない。

 好きに決まっている。だって、僕はずっとカメラに触れてきて。上手い写真だって撮れるのに。

 祖父が持っていた使い切りカメラが、初めて触ったものかもしれない。フィルムが無くなるまで好き勝手にいろんな物を僕は撮った。

 シャッターを切る楽しさを知ってからは、カメラや写真に魅せられ続けていた。小学生の間に貰っていたお小遣いやお年玉を貯めて、自分だけのカメラを買った時の感動はまだ真新しい出来事のように覚えている。

 新品の、僕だけのミラーレス一眼カメラ。説明書を読みこんで、分からないところは両親にしつこく聞いて、それでもダメな時はネットで調べて。

 それからも新しいカメラやレンズに出会う度、わくわくしたし、現像される写真に胸が熱くなったりしたけれど、初めてカメラを手に入れた時の楽しさを超える出来事は、まだ訪れていない。

「見て! 上手に撮れた!」

 撮った写真を見てもらうのが好きだった。中学生になってからも、その楽しさは続いた。ありとあらゆるものを撮って気が付いたのは、僕が得意とするのは風景を撮ることだと気が付いた。よく褒められるのは、人物写真よりも風景写真のほうが圧倒的だったから、きっとそうだと思った。

 そんなに好きだったものが、次第に承認欲求を得るためだけの道具になっていく。

 初めて味わったのは、自分で好きに出来るスマホを手に入れてしまった中学生の時。SNSがきっかけだった。

 友達がやってるから、という理由でインストールしたそのSNSは、今では大多数の人がやっている超有名なサービスで、僕が一番最初に驚いたのは、おすすめのフォロー画面。一覧に、初心者からプロまで色んなカメラマンがいたことだ。

 SNS上には、凄い人たちがたくさんいて。僕が気になったカメラマンの中にはフォロワー数が十万を超えてる人もいた。凄い、と思ってそのタイムラインを見に行くと、僕が圧倒されるような写真があったりもした。

 最初の憧れだけで済めばよかったのに、SNSを続けていると次第にうとましさを覚えるようになった。僕も色んな人に知られたい、とお気に入りの写真を載せてしまえば、それについたいいねに気分がよくなる。フォローまでされてしまえば、なんだか認められた気がした。

 けれど、それだけでは飽き足らず、次第に数字に踊らされるようになっていった。

「見て」

 フォロワーが増える。けれどこの写真はいいねがそんなに付かなかったから、だめだとか。この写真は僕の中ではイマイチだったけれど、思ったよりも評価がよかった、とか。

「見てよ」

 僕は次第に、ネット上の評価のためだけに写真を撮るようになっていった。肥川修を略した、ヒオ、というハンドルネームで活動を始め、色んなカメラマンをフォローした。

 その時の僕は自尊心が強すぎた。風景写真なら、そこら辺のカメラマンよりも僕の方がいい写真を撮れる。そんな傲慢ごうまんさが、SNSを始めたことで育っていった。

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