第2話

すると三十分ほど歩くと急に視界が開けて、数件の家が見えた。

「ありがとうございます。これで帰れます」

俺はうれしさのあまりに老人に背を向け歩き出したが、ふと気が付き立ち止まった。

老人の名前すら聞いていないのだ。

振り返る。

「すみません。……」

そこに老人はいなかった。

山のすぐ横だ。

俺は老人が山にはいったのだと思った。

老人にいた場所に立ち、山を眺めた。

しかし誰もいない。

けっこう探したが、やはり老人はいなかった。

――なんで?

不思議に思ったが、家が目の前にあるのだ。

俺は一番近くの家の呼び鈴を押した。

「はーい」

中から中年男が出てきた。俺は道に迷ったことを告げた。

「それはお困りでしょう。なんなら私が送って差し上げますよ」

「ああっ、ありがとうございます」

そう答えた俺は、男に聞いてみた。

あの老人は、この人里の住人かもしれないと思ったからだ。

「左目に大きな傷のある者ですか。バツ印の。そんな人は知りませんね」

あてが外れた俺ががっかりしていると、中年男は少し考えてから言った。

「もしかして、いや、そんなはずは」

「なんですか?」

「いやいや、もしかしたらと思ったんですが。そんなことあるはずがないですね。いくらなんでも」

「なにがですか」

男は再び考えてから言った。

「そうですね。とりあえずついて来てください。すぐそこですから」

中年男が歩き出す。

俺はついていった。

しばらく歩くと男は立ち止まり、何かを指さした。

「あれですけど。まさかねえ」

男の指さす先に、地蔵がいた。

俺は地蔵を見た。

その地蔵の左目には老人と全く同じ、クロスする二本の大きな傷があったのだ。



       終

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導く人 ツヨシ @kunkunkonkon

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