第2話 チュートリアルが始まった

 涼やかな風が頬を撫でる。

 意識を取り戻した俺は、さっそく立ち上がった。


「ふむ、ここが異世界か……」


 周囲は鬱蒼とした木々に覆われていた。

 どうやらここは森の中らしい。


 その手の知識さえあれば、ちょっとしたキャンプができそうだ。

 生憎とインドア派の俺には厳しい話だが。


「ったく、どうせなら町からのスタートが良かったなぁ」


 いきなり遭難とはさすがに笑えない。

 これでは快適な暮らし以前の問題である。


 ちなみに現在の俺の恰好は、白シャツにスラックスと革靴だ。

 見事にクールビズ時の出勤みたいになっている。

 割と本気で勘弁してほしい。


 俺が早くも途方に暮れていると、近くの茂みがガサガサと音を立てた。


 まさか、野生動物か!


 丸腰で狼やら猪やら熊に襲われればイチコロだ。

 武器を持っていたとしてもイチコロだろう。

 現代っ子の俺に抗う術などない。


 俺はビビりながらも身構えた。

 いつでも逃げられるように心の準備はしておく。


 数秒後、茂みから大きな影が飛び出した。


「がおー」


「うおっ!?」


「じゃじゃーん! ちょっとサプライズっぽい演出をしてみましたけど、どうでした? 楽しんでもらえました?」


 現れたのは、茶髪ボブカットの女だった。

 驚いて硬直する俺に、ぐいぐいと詰め寄ってくる。

 ちょっとウザいテンションだ。


 女の年齢は二十歳くらいか。

 服装はなぜか小豆色のジャージで、靴は上履きである。

 ファンタジーというより学生感がすごい。


 ちなみに顔は可愛い。

 やや小柄な身長でスタイルも良さそうだ。


 ただ、ファーストコンタクトが最悪だったせいで、あまり好感は抱けそうにない。

 この状況で驚かしちゃ駄目だよ。

 俺の心臓が死んでしまう。


「で、君は誰なのさ」


「私ですか! 私は菊池さんのサポート係に任命されましたナビと申します!」


 そういえば神様がサポート係が云々と言ってた気がする。

 果たしてこの子で大丈夫だろうか。

 既に不安しかない。


 そんな気持ちが顔に出ていたらしく、ナビは頬を膨らませて俺を見る。


「むむっ、さては私を信頼していませんね?」


「否定はできないかな」


「なんと。菊池さんは私の有能さに気付いていないんですねぇ」


 ナビは口元に手を当ててニヨニヨと笑う。

 こういうところに不信感を覚えているのだが、それを指摘していいのやら。


 とりあえず話を進めたかったので、俺は彼女のペースに乗ってやる。


「じゃあサポート係として、どんなことができるんだい?」


「そうですねぇ、まずはこの世界の知識をインプットしているので解説役になれますっ」


 ドドン! と効果音の出そうな雰囲気で宣言するナビ。

 この上なく得意気な顔をしている。


 解説役はシンプルに心強いね。

 俺はこの世界について何も知らない。

 色々と教えてもらえるのは普通にありがたい。


 俺がパチパチと拍手すると、さらに調子づいたナビはアピールを続ける。


「さらに! 菊池さんのチート能力の使い方も説明できます!」


「ほう、そりゃすごい」


「しかも! このナイスなビジュアルで癒しも提供できちゃいます!」


「あぁ……うん」


「なんでそこだけ冷めるんですかっ」


 ナビがぷりぷりと怒りだす。


 だって、そんな風に自信満々に言われても困るよ。

 ここで変に食い付くのも気持ち悪いだろうし。


 正直、異性として考えた場合、ナビの性格は微妙に苦手だ。

 気の許せる友人とするならまだ良さげだけどね。


「ごめんごめん、異世界に来たばかりで癒してもらう余裕がないんだ。とりあえずチートの使い方を教えてもらえるかな」


 俺は頭を下げて謝りながら頼む。


 ナビとのやり取りで忘れそうになるが、ここは未開の森の中だ。

 さっさと対策を打たねば、落ち着くことすらままならない。


 こちらの真剣さが伝わったのか、ナビは機嫌を直して頷いた。


「もちろんです。それが私の役目ですからね! ではまず、額に意識を集中させてください!」


「了解」


 言われた通りにしてみると、視界に半透明のウィンドウが表示された。

 いくつもの項目が分かれて並んでいる。

 なんだかゲームのメニュー画面みたいだ。


「次に、クラフトという欄を選択してください。念じてもいいですし、指でタップしても反応しますよー」


「ほほう」


 確かにメニューの項目の中に”クラフト”の文字があった。

 俺はそこを押すようなイメージをしてみる。


 すぐにウィンドウが切り替わり、何かの一覧のようなものが表示された。

 ただし、今は何も記載されていない。


「菊池さんのチート能力をざっくり説明しますと、造物主の権能です。対応するレシピと材料を揃えれば、何でも一瞬で作れちゃいます。能力を使う際は、このクラフト画面でレシピを選択してくださいね」


「でも、この一覧にはレシピなんて載ってないぞ。真っ白だ」


「その通り! というわけで、次はレシピの入手方法についての説明です。さっきのメニュー画面に戻って、今度は実績という欄に進んでください」


 同じ要領で操作して、実績とやらの画面を開いてみた。

 さっきのクラフト画面とは対照的に、何やらずらっと文章が並んでいる。


 『領域内の住民を三人以上にする』とか『ゴブリンを五匹倒す』とか、そんな感じの内容だ。


 ふむ、よく分からん。

 早々に思考を放棄した俺は、ナビに説明を求める。


「実績とは、菊池さんに課せられた小目的みたいなものですねー。別に強制だったり義務とかではないですが、クリアしていくと新しいレシピや能力が取得できます」


「つまりチートを発揮するためには、実績解除でレシピを集めて、クラフトを活用することになるのか」


「ご名答ですー! 今後、クリア条件の難しい実績もどんどん出てきますので、ちょっとしたゲームとして楽しめると思いますよ」


 そう言ってナビは、ふんすと胸を張る。


 正直、ちょっと面倒な仕様だなぁとは思うが、こればかりは仕方あるまい。


 俺が目指すのは悠々自適なスローライフ。

 理想を実現するためにも、今は踏ん張らなければ。

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