第3話 最初の敵がハードすぎる

 俺が自堕落な生活への決意を強めていると、ナビが唐突に声を上げた。


「あっ、そういえば初期アイテムをお渡しするのを忘れてました! いやぁ、これがないと始まらないんですよねー」


 懐からナビが取り出したのは、緑色の小さな旗だった。

 しかも、安っぽさが全開の粗末な旗である。


 俺は拍子抜けと同時にガッカリした。

 初期アイテムというワードに抱いた期待を返してほしい。


 そもそも旗というチョイスが意味不明だ。

 仮に上等なものだったとしても、持て余すのは目に見えている。


 少なくとも、異世界の森で役立つ代物ではあるまい。


 こちらの不満を気にもせず、ナビは説明を始めた。


「これはランドフラッグと言って、設置した箇所を中心に支配領域を生成してくれます」


「支配領域?」


 俺がオウム返しに問うと、ナビは身ぶり手ぶりを交えて答えてくれた。


「支配領域とは、菊池さんだけの絶対的な安全地帯です。領域内の設定を弄って、快適な空間を作ることができますよ。詳細はざっくりと省きますが、すごく便利な能力です」


「それは素晴らしいな」


 安全地帯。快適な空間。

 なんて素敵な響きだ。

 喉から手が出るほど欲しいものである。


 そんな安全地帯をこの旗の効果で造れるのか。

 前言撤回、こいつは最高の初期アイテムだ。


 プラスチック製の旗を握って喜びつつ、俺はふとナビを見やる。


 このジャージ娘はやや鬱陶しいテンションだが、サポート係としては信頼できそうだ。

 説明は的確で分かりやすく、おかげで当面の方針も決まりつつあった。


 彼女がいなかったら、何もできずに困り果てていただろう。

 本当にありがたい話である。


 俺の視線から考えを悟ったのか、ナビは会心のドヤ顔を披露した。


「むふふ、どうやら私の有能ぶりに気付いてしまったようですね……!」


「色々説明してもらってるからなぁ。感謝してるよ」


「なっ、ななな! 素直に肯定されたら照れちゃうじゃないですかっ」


 自分から振ってきたくせに、どうして頬を赤らめるのか。

 なんともよく分からないヤツだ。


 髪をくしゃくしゃと掻くナビの姿に、俺は呆れて肩をすくめる。


 その時、背後で凄まじい音が鳴って地面が揺れた。

 同時に発生した風圧によって、俺は大きくよろめいて倒れる。


「いきなり何なんだ!?」


 まるで近くに隕石でも落下したかのような衝撃だ。

 慌てる俺は、這いつくばった状態で後ろを確認する。

 そして硬直した。


 木々を薙ぎ倒して鎮座する朱い巨体。

 陽光を受けて輝く表面は、無数の鱗に覆われている。


 そのフォルムを一言で説明するなら、翼の生えたトカゲだろう。

 長い尻尾が地面を叩き、牙の生え揃った口からは恐ろしい唸り声が漏れる。


 爬虫類を彷彿とさせる縦長の瞳はエメラルド色で、獰猛な殺気を湛えて俺の睨んでいる。


 ――スローライフ一日目、凶暴そうなドラゴンと出会いました。

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