第4話

 サルカがリビングのドアを押し開けると、その後ろから男が無言で入ってきた。

 男は足を止め、室内を一瞥する。


「……意外と整頓されてるな」


 男がぼそりと呟く。


「片付けたんだよ、動画に映るからね」


 サルカは軽く肩をすくめると、親指で部屋の中央を指した。


「つーか、ほら、そっち」


 促されるまま、男は特に反応を見せることもなく、俺の正面に向かって歩き、静かに椅子に腰を下ろした。


「コーヒーはブラックでいいよね?」


 サルカがそう言いながら、キッチンの方へ向かう。

 俺は一瞬「え?」と思ったが、すぐに気づく。どうやらこいつ、当然のように客用のコーヒーを用意するつもりらしい。俺には出してないだろおい。


 しばらくして、サルカがマグカップを手に戻ってきた。

 湯気の立つブラックコーヒーをテーブルに置くと、男は何も言わず、それを手に取る。


 一瞬、じっと俺の方を見たあと、無言で口に運んだ。

 その仕草は妙に落ち着いていて、どこか俺とは緊張感のレベルが違うように思えた。


「……君が桃太郎か?」


 静かで、低い声。

 目が合った瞬間、背筋に軽い緊張が走る。


「え、えっと……お前は?」


「鷹宮レン。考察系ClipClaperをやってる」


 その名前を聞いた瞬間、俺は思わず身を乗り出した。


「……え、お前って、もしかして『都市伝説徹底考察シリーズ』の?」


 男——レンは、薄く微笑んでスマホを弄りながら答えた。


「そうだ。見てるのか?」


「見てる見てる! てか、鬼ヶ島の考察動画も見たぞ! マジで面白かった!」


 思わず前のめりになる。考察系の動画は正直そこまで熱心に見るタイプじゃなかったが、レンの動画は別だった。

 無駄のない語り口、的確な情報整理、そして「もしかすると本当にあるかも……?」と思わせる演出。

 都市伝説をただの噂話で終わらせず、しっかりとロジックで解き明かしていくスタイルが、俺のような「バズるネタを探してるやつ」にとってはめちゃくちゃ参考になる。


「鬼ヶ島の座標の話とか、あの“消える島”の考察、めっちゃワクワクしたわ!」


 俺が興奮気味に言うと、レンは静かにコーヒーを口に運び、淡々と答えた。


「へぇ、光栄だな」


 感情がこもっているのかいないのか分からない声色。それでも、どこか楽しんでいるようにも見えた。


 ふっと沈黙が落ちる。


 サルカがスマホをいじる音だけが、微かに部屋に響いた。レンはカップを置き、指先で軽く縁をなぞる。ほんのわずかに目を細め、俺の顔をじっと見る。


「……で、君は本気で鬼ヶ島に行くつもりか?」


 鋭い問いかけに、俺は一瞬たじろいだ。

 けど——もう引き返すつもりはねぇ。


「当たり前だろ! 俺はこの鬼退治でバズる!」


 そう言い切ると、レンは薄く笑った。


「……バカだな」


「は?」


 レンは短く息を吐き、コーヒーを一口飲む。


「バカだが、悪くない」


 レンはスマホの画面をスワイプし、指先でトレンドのハッシュタグを弾く。


「リアル鬼退治、Twippleトレンド3位。サルカの動画は再生数80万超え。44人の雑魚YouTunerが、リアル鬼退治を宣言。そのネタを、登録者300万人の炎上系が拾った。そして、考察界隈が騒ぎ始めた」


 レンは画面を軽くスワイプしながら、淡々と続ける。


「この流れ……狙ったものか、それとも偶然か」


 レンはスマホの画面をスワイプしながら、ちらりと俺の顔をうかがう。

 無表情のままだが、その目には、何かを探るような光が宿っていた。


 試されている。そう直感した俺は、思わず姿勢を正し、口を開く。


「……偶然っちゃ偶然だけど、俺は本気でバズるつもりだぜ?」


「ふーん……」


 レンはコーヒーを一口飲んでから、スマホを置いた。


「分かった。この話、俺も乗る」


「マジで!?」


「考察系として、これは放っておけないネタだからな。俺の視点で徹底的に調べる。お前の“リアル鬼退治”が本物になるかどうか——な」


 その言葉が頭に入った瞬間、全身に熱が走った。


「マジで!? よっしゃあ!!」


 興奮で思わず立ち上がる。息が荒くなり、指先がじんわりと熱を帯びる。

 胸の奥が強く締めつけられるような感覚に、思わず拳を握った。

 考察系のトップランカー、鷹宮レンが乗る。これはもう、伝説を作る流れしかねぇだろ!!


 だが、ここでふと気づいた。


「……いや、ちょっと待て」


「どうした?」


「そもそも鬼ヶ島って、どうやって行くんだ?」


 ピタリと沈黙が落ちる。

 確かに、鬼ヶ島に行くのが前提で話を進めてたけど……そもそもそんな島、本当にあるのか?


「Gugleマップには正式に載ってねぇし、普通の船じゃ行けねぇよな?」


「ああ。鬼ヶ島の座標は不明。Gugleマップで一瞬だけ映るが、すぐに消える」


「なんでそんなミステリアスなことになってんだよ……」


 俺は頭を抱えた。

 だが、そこでサルカがスマホをいじりながら、クスクスと笑い出す。


「ま、そういうのは金さえあれば解決するでしょ」


「……金?」


「ほら、こういうのに詳しいヤツに頼めばいいじゃん。“裏ルート”で」


 サルカはTwippleのDM画面を見せつける。

 そこには、あるユーザーとのやり取りが表示されていた。


 ──@Kivisar:「お前、“例の島” に行く方法、知りたくはないか?」


 ──@Saruka_Fire:「は? そりゃ知りたいに決まってんじゃんw で、どうやんの?」


 ──@Kivisar:「簡単な話さ。金を払えば、行ける。」


 ──@Saruka_Fire:「うわーw そっち系かよw いくら?」


 ──@Kivisar:「20万」


 ──@Saruka_Fire:「たっっっっかwww てか、それで本当に行けんの?」


 ──@Kivisar:「もちろん。今まで何人も送り出してる。」


 ──@Saruka_Fire:「へぇ~w で、その“送り出した”やつらって、ちゃんと帰ってきてんの?」


 ──@Kivisar:「……さぁな。」


 画面を見た瞬間、俺は思わず声を上げた。


「いや、ちょっと待て!! そこが一番大事なとこだろ!!」


 ソファから身を乗り出し、サルカのスマホを覗き込む。


「“さぁな”って何だよ!? それ、全員行ったきりってことか!? つーか、その“裏ルート”って、具体的に何なんだよ……!?」


「さあ? でも、この人、マジで“消えた島”について詳しいみたいよ」


 サルカはスマホの画面をスクロールしながら、ある画像を俺たちに見せた。

 それは、夜の海を背景に、ボロボロの木造船が浮かんでいる写真だった。

 そして、その画像には、たった一言だけ書かれていた。


 ──「この船で行ける」


 背筋にゾワッと悪寒が走る。


「……なぁ、これって、本当に大丈夫なんだよな?」


 サルカはスマホを弄りながら、軽く肩をすくめる。


「さあ? 私は別に行かないし?」


「は!? お前……」


 思わず顔をしかめる俺をよそに、サルカはニヤニヤしながらスマホを掲げる。


「前にも言ったでしょ? 私はバズらせるだけ」


 ニヤリと笑い、指先で画面をトントンと叩く。


「でも、ヤバそうな感じはするよね~? 伝説の島に、ボロ船で向かうとかさ。ちょっとワクワクしない?」


「ワクワクっていうか、怖すぎてドキドキなんだけど!? 心臓に悪いタイプのドキドキだよ!!」


 思わずスマホを指差しながら声を上げる。


「だいたい“伝説の島にボロ船で向かう”って、お前、ホラー映画の予告か!? フラグ立ちすぎだろ!!」


 そう言いながら腕を組んで落ち着こうとするが、指先が妙に冷えているのが分かる。

 スマホの画面に映る**「この船で行ける」**の文字が、じわじわと胸に圧をかけてくるようで、背筋に嫌な汗が滲んだ。


「しかも20万とか高すぎだろ!! こんなボロ船に!? 何にそんなかかるんだよ!?」


「まぁ、仕方ないんじゃね? 普通に行けない島なんだから」


「いや、でも20万は高すぎるだろ……」


「そうか? 鬼ヶ島に行く方法が手に入るなら、むしろ安いかもしれないぞ?」


 レンが淡々と呟く。


「君が100万再生いけば、余裕でペイできる額だろ?」


「ぐっ……」


 確かに、バズれば20万なんてすぐ回収できる。

 でも、俺はそもそも金がない! 収益化すらできてねぇんだぞ!?


 一瞬、迷いがよぎる。

 ……いや、もう決めたんだろ。


 サルカの動画が拡散され、Twippleのトレンドには**#リアル鬼退治**の文字が並ぶ。

 たった数時間前まで、俺は登録者44人の無名配信者だった。

 それが今、バズるための“最大のチャンス”を掴んでいる。


 ここでやめる? 冗談じゃねぇ。


 炎上上等、死ぬ気でバズるって決めたんだ。だったら、もう迷う理由なんてどこにもない。


「……買うぞ」


 スマホを握りしめ、画面をタップする指に力を込める。

 鬼ヶ島行きのチケット、20万円。

 数字を見た瞬間、胃のあたりがキュッと縮こまるのを感じた。


 それでも、迷いなく購入ボタンを押す。

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バズれ!伝説の配信者 桃太郎 むー社長 @MuPresident

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