第2話
「は? ねぇ、ちょっと待って。アンタ、ついに頭おかしくなった?」
サルカは、手に持っていたフラペチーノをテーブルに置きながら、半笑いで言った。俺は彼女の部屋のソファに座り込んでいたが、キレイに整った空間が妙に落ち着かなかった。壁際にはリングライトや撮影機材が並び、いかにも配信者の部屋といった雰囲気だ。
サルカはYouTuneで炎上系動画を上げているトップ配信者で、登録者は300万人を超えている。
「【炎上覚悟】〇〇を正直にぶった斬るわwww」「【ガチギレ】〇〇を論破してみたwww」などの煽り系タイトルで再生数を稼ぎ、ネットでは
「口が悪すぎる女」「煽り芸人」「炎上体質」
と散々言われているが、本人は全く気にしていない。
むしろ「炎上こそ正義」「話題になれば勝ち」が信条で、動画を出すたびにSNSのトレンドを荒らし、配信のたびにニュースサイトで記事にされるレベルの存在だ。
そんな彼女が、目の前で呆れ顔をしている。
「いや、マジで聞いてくれって! 最近ネットで話題になってるんだよ、鬼ヶ島の実在説!」
「うっそ。アンタ、ネタ切れすぎて都市伝説系に逃げる感じ?」
「だから、マジで話題になってるんだって! 俺、昨日の夜から調べまくったんだけどさ、コレ絶対ガチなやつだって!」
「へぇ? どのへんがガチなの?」
「まず、Gugleマップの座標が消されてる件! これ、オカルト系の掲示板でもずっと議論されてるんだけど、実際に俺も座標入力してみたんだよ! そしたら、最初の数秒は普通に島が見えるのに、次の瞬間には消えてるんだよ!」
「それ、普通にバグなんじゃないの?」
「バグじゃねぇ! 俺、何回も試したんだぞ!? そしたらさ、ある時いきなりエラーメッセージが出て、『この場所の詳細情報は提供されていません』って出たんだよ!」
「え、それマジでヤバいやつじゃん」
「だろ!? でさ、昨日考察系YouTune配信者の動画を10本くらい見たんだけど、その中の1本に『鬼ヶ島について知っている』っていう謎の投稿者の話が出てきたんだよ!」
「はぁ?」
「2BBSに、『俺、昔鬼ヶ島に行ったことあるけど、あそこは絶対に行っちゃいけない場所』って書き込んでるやつがいたらしくてさ……」
「何それ、都市伝説あるあるな展開じゃん」
「違うって! その書き込み、気づいたら跡形もなく消えてたんだよ! でもな、昨日の夜までは普通に読めたんだ。しかも――
そいつのID、数年前の“行方不明者スレ”にも書き込みがあったらしい。」
サルカが不気味そうに眉をひそめる。
「……それ、つまりその書き込んだヤツが行方不明になった可能性あるってこと?」
「わかんねぇ……でも、マジで怖くないか? まるで『知ったら消される』みたいな感じじゃん……」
「え、それはちょっと怖くない?」
「怖いよ! だから、俺も最初は『どうせネタだろ』って思ってたんだけどさ、鬼ヶ島関連の失踪事件って、意外と多いんだよ!」
俺は必死に画面を共有し、最近ネットで騒がれている「鬼ヶ島の噂」について説明する。
【ネットの噂①:「Gugleマップで発見された謎の島」】
・とあるユーザーが、Gugleマップの海上に『消された島』 を発見。
・座標を入力すると、一瞬だけ島が表示されるが、すぐにモザイクがかかる という報告が多数。
・まとめサイトや考察系ClipClaperが「これが鬼ヶ島では?」と騒ぎ始めている。
【ネットの噂②:「鬼ヶ島に行ったYouTune配信者が失踪」】
・2ヶ月前、あるYouTune配信者が「鬼ヶ島に行く」と宣言したのを最後に消息不明。
・その配信者のチャンネルは今も残っているが、最新動画は『鬼ヶ島へ行く』という生配信が最後。
・しかも、ニュースになっていない → 「情報統制されてるのでは?」と考察する者も。
【ネットの噂③:「鬼ヶ島の住人を撮影した動画がバズる」】
・深夜のライブ配信で、釣り人が 「人間とは思えない存在」を目撃。
・動画には、異常に大きな影のようなもの が映っており、「鬼では?」と考察される。
・動画タイトル:「ガチでヤバい奴がいた。これ何?」
「な? これ、マジでヤバいんだよ!」
「うーん……」
サルカは腕を組み、少し考え込む。
「いや、まあ、都市伝説界隈でバズってるのは分かったけどさ、アンタは何がしたいわけ?」
「決まってるだろ……リアル鬼退治だ!!」
数秒の沈黙。
サルカは一瞬ポカンとした表情を浮かべた。
「……は?」
次の瞬間、口元がピクッと震えたかと思うと、肩を震わせ始めた。
「……え、ちょっ、ヤバいって……! 何それ、本気で言ってんの!?」
サルカはソファに深くもたれかかり、肩を震わせる。
堪えきれず、ついに吹き出す。
「ぶはっ!! あはははは!! ねぇ待って!! アンタ、マジで鬼退治するつもりなの!? ねぇ、冗談って言ってよ!」
膝を叩きながら爆笑し、息を切らす。
「ちょ、ちょっと待って……お腹痛いって……!」
サルカは身を仰け反らせ、ソファの上でジタバタし始めた。
「令和の世で鬼退治!? いや、バズりたいやつの考えることって、やっぱ規格外すぎでしょ……!」
「笑いすぎだろ!」
「あー、もう無理無理! 腹筋崩壊したって!」
涙を拭いながら、苦しげに息を吸う。
「てかさ、鬼退治って何するの? 金棒持った鬼とタイマン? それともマジで桃投げるの?」
ようやく笑いが落ち着いてきたところで、サルカはニヤリと笑いながら肩をすくめた。
「バズると思うんだよ!」
「はい出ましたー! バズるために命かけるバカ!」
「うるせぇ! でも、もしガチで鬼がいたら、俺が“初の鬼と接触したYouTune配信者”になるんだぞ!? これ、100万再生どころじゃ済まねぇだろ!!」
「いやいや、100万再生の前に命なくなってる可能性あるんだけど?」
サルカは腕を組み、じろっと俺を見下ろす。
「でも、それくらいのインパクトがないと、俺はバズれねぇんだよ!」
「ちょ、アンタ……もしかして、マジで人生賭けてない?」
「当たり前だろ!!」
サルカは呆れたように髪をかき上げる。
「ねぇ、それで? まさかとは思うけど、私を巻き込もうとしてない?」
「……うっ」
「ほらね、ぜっっっっったいヤダから。」
バッサリ拒否された。
「なんでだよ!」
「いやいや、私は炎上系だけど、バカやって死ぬのは嫌だから!」
「くそ……! じゃあせめて拡散だけでも!」
「……はぁー」
サルカは少し考えたあと、ニヤリと笑う。
「まぁ、ネタとしては面白いし……いいよ、拡散くらいはしてあげる。」
「マジか!?」
「でもさぁ、ただ拡散するだけじゃ、面白くなくない?」
「は?」
サルカは悪魔のような笑みを浮かべた。
「動画作るわ」
「……は?」
そう言うやいなや、サルカは手元のスマホを取る。
「いや、待て待て待て!」
俺の制止も聞かず、サルカは即興で撮影を始める。
「はいみんなー! 速報でーす! ついにバカが爆誕しましたー!」
俺の顔が画面に映る。
「え、ちょっ、勝手に撮るな!」
「いいじゃんいいじゃん、みんな、こいつ見て! 登録者44人の雑魚YouTune配信者が、リアル鬼退治するらしいよ!」
スマホを揺らしながら、サルカは楽しそうに続ける。
「どうする!? これガチだったら伝説になるよね!? でもさぁ、普通に考えて無理でしょ?」
カメラに向かって、イタズラっぽくウインクする。
「みんな、このバカが鬼ヶ島から帰ってこれると思う人は高評価! 無理だと思う人はチャンネル登録!」
投稿された動画はすぐさま拡散され、Twippleのトレンドに
「#リアル鬼退治」
「#桃太郎の死亡フラグ」
がランクイン。
「ちょ、待て待て、なんかヤバいことになってないか!?」
ポンッ、ポンッ、ポンッ――。
サルカのスマホが、通知音を連続で鳴らし続ける。
俺の顔がサムネになった動画のコメント欄は、秒ごとに新しい書き込みで埋め尽くされていた。
いいねの数は跳ね上がり、リブーストの拡散が止まらない。
サルカはスマホを眺めながら、クスクスと笑った。
そして――俺の肩に手を置き、すっと顔を近づける。
耳元に、甘く、楽しそうな声が落ちる。
「ねぇ、どんな気持ち? 今、アンタの名前がバズってるよ。」
サルカの影響力で、投稿は瞬く間に拡散され、コメント欄はすでにカオス状態。
「鬼ヶ島とかガチであるわけねぇだろwww」
「いや、でもGugleマップの話は前からあったよな? 誰か座標貼れよ」
「この手のネタは大体ヤラセwww 100%フェイクwww」
「とりあえず高評価押したwww」
「もし本当に鬼とバトったら、伝説の動画になるだろwww」
「こいつ絶対途中で逃げるってwww」
「いや、マジで行ったら伝説になるだろ」
「釣り人の動画、俺も見たけど、影のやつマジで気味悪かったよな……」
「誰かリアルタイムで追う配信者いねぇの?」
「どこで配信するの? ライブ配信なら見るwww」
「オカルト好きのワイ、これ本気で期待してる」
コメント欄を見た瞬間、手汗がじっとりと滲んだ。
「……マジかよ」
だが、もう引き返せない。俺は無意識に拳を握る。
「ここでやめたら、“口だけ野郎” だよな」
バズるか、死ぬか。
いや、違う。俺はこの鬼退治で、配信史上最大の伝説を作る。
「もう後には引けねぇ!!」
ここに来て、初めて実感する。
俺は……この鬼退治に、すべてを賭けることになったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます