ドラゴン編

第28話プロローグ

 ソレは巨大怪獣であり、巨大災害でもある。


 ソレは自己の思うがままに動く。

 なぜならソレは王者だからだ。


 言葉を解することのないソレの内心を人が知ることはないが、ソレにとって人の叫びと断末魔は何よりのご馳走なのだ。


 その暴虐なる力ゆえに神として崇められたこともあった。捧げられた人身御供の嘆きを聞きながら味わう。


 共に生きるはずの仲間を人身御供として捧げてくる、この哀れで愉快な生き物を眺めるだけで愉悦を感じている、そんな気配がある。

 しばしのときはその自分勝手な行為に付き合ってやったが、それもすぐに飽きる。


 ソレはエサである人の都合で動いたりしない。結局、裏切られたと叫ぶ声を聞きながら味わうのが1番美味いとすら感じている。


 ソレにとって、大きな家に住まい超え太っていたエサの叫びが最も楽しく美味であったのは、エサとなった人たちにとっては皮肉でしかない。


 肥え太ったその人は他人を犠牲にしながら、自分は安全とでも思っていたのか。圧倒的な暴力を前に腰を抜かし、自ら以外の一切を罵り続ける滑稽な様と口に入れ咀嚼するまで、事切れる最期まで、これを己の愚かさ以外の不幸であることを叫ぶ。

 その愚かさごとソレにとっては美味であった。


 長き刻が経った。

 中にはソレを狙いエサが粗末なトゲを持って立ち向かって来たが、前足で踏み潰してやった。


 手強いソレ以外の巨体もおり、傷つくこともあったが、勝利後にその肉を喰らうのもまた悪くはなかった。

 それでもソレにとって、1番の美味は泣き叫ぶ人というエサだった。


 中にはソレを追い詰めるものも……、いや、長き刻を雌伏することで最後はソレが勝った。


 エサどもの寿命は短い。

 例外的なエサが寿命で死ねば、また美味なエサだけがわんさか生まれる。


 ソレは王者として君臨し、それなりに知恵も得たが、味覚だけは変わらなかった。

 此度も美味そうな街がそこにあり、ソレは緩やかにまっすぐとそこに向かう。ただ、己の欲望を満たすためだけに。


 幸いと言ってよいかわからないが、人々がソレの心の内を知ることはない。ただソレは本能のままに行動するモンスターでしかない。


 人はソレを闇皇龍やみこうりゅうと呼んだ。





 不敬を恐れずに断言すれば、ゴドワールド・トテモワール侯爵は自己中心的な人物である。ゴドワールにとって他人の叫びは愉悦であった。

 ゴドワールもまた人にとっての災厄とも言えた。


 上級国民。

 そんな言葉ができてゴドワールは殊更にご満悦だった。


 貴族と平民。

 それは社会制度に取り込まれた言葉で、さらに伯爵以上の地位を上位貴族と言った。


 しかし、この上級国民はそれとは大きく違った。上級国民とは、裕福で下級国民から搾取する者を示す言葉である。

 この言葉の素晴らしいのは、制度として作られた言葉ではない。奴隷の如く働く自由都市ニーホンで市民どもが自らを卑下するために生まれた言葉だと言われている。


 なんと素晴らしい!!!


 自らが奴隷であると。

 自らが下級であると。

 自らが上級者に搾取されて当然であると認めた言葉なのだ!!


 いい時代になったものだ……。


 愉悦と共にゴドワールはワインを揺らし、豪華な椅子でグラスを傾ける。

 自分が特別である。


 それを感じられるのがなによりのご馳走だ。

 それでも私兵からの報告でソレが近づいていることを知ったときは僅かに逡巡した。


 その特別を手放すのかと。


 ゴドワールは知っていた。

 ソレの存在と脅威を。

 周囲に起こる危険は十分に注意を払っていた。それこそがゴドワールを上級国民として生き残らせていたのだ。


 ゆえにすぐに考えを改める。

 この街を捨てても自分は特別である。

 王家の系譜の外れの外れに位置した貴族なれど、王都でもそれなりの暮らしはできる。


 流石にこの街の王としての暮らしには敵わないが、うまく立ち回ればもっと良い街の領地を得ることもできよう。


 ……本来ならば、ゴドワールの望みなど叶うはずもない。


 即座にゴドワールはお縄となり極刑にされ、ドラゴンの対応のために王都は右往左往することになる。


 だが、この国は違う。

 前王家を欲望と力で奪い取った現王家は、死にゆく下級国民を歯牙にもかけぬ。

 ゴドワールもまた自分本位のみでポジティブだった。


 逃げ場もなく、この街で懸命に生きる人々の生活のことなどカケラも頭になかった。むしろちょうど良いとすら思った。

 ゴドワールは懸命に生きる下々のことを思いやることはない。

 今までも、これからも。


 下級国民どもが気づいていない今ならば、自分は忠実なる手下と共に私財を持って悠々と立ち去ることができる。

 自分が逃げるための時間は下級国民が十分に稼いでくれる。


 王都にでも入りさえすれば、ゴドワールの身分ならどうとでもなる。この国の現状ならば、もっと安全で搾取できる領地を貰うことも可能だ。


 そしてそれが許されるのが上級国民というものだ。下級国民も口だけで憤慨ふんがいすることはあっても行動で上級国民を非難することはない。諦めと共に愚痴を言うだけだ。


 良い時代になったものだ。

 ゴドワールはニヤリと笑い、残ったワインを傾けた。


 だが、そのゴドワールも王都にたどり着く前に、街道で横転事故を起こし帰らぬ人となるわけだが、それはまた別のお話。

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