第27話一章エピローグ

 変な人だった。

 一言で言うとそれだ。


 見た目は子供、頭脳も子供っぽい。

 でも存在はどう考えても子供ではない。

 あとちょっとスケベ。

 キャパティから見たアウグという少年の印象がそれだ。


 ぶちぶちと文句を言いつつ、ベテランの冒険者や探検家ですら躊躇する暗い穴の中に嬉々として飛び込んで来た、変というかおかしな少年。


「ありがと。坊ちゃん、いえ、アウグ様……」


 半ば自殺志願者のように足止めに残り知己を得た優しき冒険者たちを逃した。

 どうせ遅かれ早かれだったのだと。

 地上で自己否定の末に衰弱死するのも、地下深くのダンジョンで力尽きることも。


 それでも深淵の闇の中で死を迎えるのは怖くて仕方がなかった。こんなことなら地上の光の中で死にたかったと激しく後悔した。


 A級ライセンスを持つ冒険者であり、それなり以上の修羅場を経験しても、その根源的な闇の恐怖には抗えない。


「ふぇ……、ぐっぅう……」

 僅かな松明の光が弱くなるのを感じながら、モンスターを帯び寄せないように声を押し殺して泣いた。


 来るはずのない断崖絶壁の岩壁から、アウグが降りて来たとき。すでにキャパティはうつろな意識の中であったので、自分の心が暗闇の恐怖に耐えかねて見せた幻想なのだと思った。


「ふーん、僕、アウグ」

 こんな深淵の地下世界で、なんでもない普通の状況のように名乗る彼を見て、大きく脱力した。

 そして理由もなく、もう大丈夫なのだと安堵した。


 地上に無事に帰ることができた今、もう死のうだなどとは思わない。

 この光あふれる地上で精一杯生きて生きて生き抜いてやる。


 世界は優しくはない。

 今までもこれからも過酷な出来事が誰にでも訪れるだろう。

 それでも自分を救ってくれた彼が彼らしく自由にのびのびと生きられることを願う。


 そんなことを願わなくても、きっと彼ならスローに人生を満喫するだろうけれど。


「坊ちゃん、変な子ですね。ほんとに12歳なんですか?」

「そのはずなんだがねぇー。最初からおかしな子だからね」


 シスターバーバラ曰く、アウグ少年は5歳の頃に突然、丸一日かけてエメラルドの宝石拾ってくるし、どこで拾ったかと聞けば川からどんぶらこと流れてきたとか言ったとか。


「宝石がそんな気軽に川から流れて来るもんかい。よしよしと抱きしめてやったら、仕方ないなぁとニコニコしながらあっさり宝石を渡して来るし、最初っからエロガキだったねぇ……」


 どこか遠い目で水タバコを吹かすシスターバーバラ。


 その見た目は出会った当初の聖女然とした清楚感は完全に消え去り、場末のやり手ババアという方がしっくりくる。

 それでも異常なほど綺麗なのが、その雰囲気と合わなくて頭が混乱してくる。


 今はボサボサの髪を一本にまとめている。

 シスター風にしていたのは、その方が相手が勝手にその価値を高く見てくれるからそうだ。


「借金の肩に身売りするつもりだったんですか?」

 キャパティが問うとシスターバーバラはフフッとと笑う。

「さあね?」


 暗い地下世界に振って湧いた自称子供のアウグも謎であれば、このシスターバーバラもなかなかの謎な人物だ。


 アウグだけでなくエメという女性からもシスターの姿はずっと変わっていないのだとか。エルフと呼ばれる妖精族ではないかとも疑ったが、耳が長いなどの特徴的なものはない。


 アウグからすれば、「シスター姿なら聖女で、強欲ババア姿なら男を喰いものにする女郎蜘蛛さ」とか言ってシスターバーバラにゲンコツを喰らっていた。


「坊ちゃんは代わりに強欲ババアを買ったー、僕の嫁だー、とか訴えてましたけど」

「……あのエロガキ」


 キャパティからすれば、その様子は言っていることはともかく、敬愛するシスターの周りではしゃぐ子供にしか見えなかった。


 アウグが幼少期から孤児院にいて母親がわりなんだとさらりとだけ聞いたが、さぞかし面倒な子供だったことだろう。


 ……今と変わらないだろうなという気もする。


「いたずらっ子みたいな笑みを浮かべずに、大人しく黙ってれば美少年なんですけどねぇ……」

 キャパティがぼやくと、そっぽを向きながらシスターバーバラも同意する。


 もっとも大人しく黙っていると、それはそれで彼らしくないとも言えた。彼はなんだかんだで、どこかいたずら好きの子坊主だ。


「どうするんですか? 坊ちゃん、多分、本気ですよ?」


 本来な年相応の若い勢いだけの言葉と言いたいところだが、アウグはその見た目にそぐわず、変なところで一般の大人よりも大人びている。心から年齢詐欺だと疑ってしまうほどに。


 そしてまた短い付き合いだが、アウグが嘘をつかないことはキャパティにも分かった。冗談みたいな存在だけど。


「……エロガキが」

 シスターバーバラは渋面な顔をしてそっぽを向いて、誤魔化した。


「シスターバーバラ〜! ここにいましたかー!」

 シスターバーバラを探していたらしいコワモテのグレックという商人(?)が走ってきた。


「アウグさ……、ええい、もういいか! アウグ様が運んでくれた大量の紫水晶と今後のことで相談させてくださいー!」


「あー、はいはい。……キャパティ、あんたにも色々手伝ってもらうよ。こき使うからね」

「ひぃ!? お手柔らかにお願いします!」

 何はともあれ忙しくなってしまいそうだ。


 結局のところ、キャパティがアウグが持ち込んだ紫水晶や商売のことがよくわからないまま、事態に巻き込まれていくことになる。


 それがこの国を揺るがす、とんでもない事態であることを……キャパティはまだ、知らなかった。

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